マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―

秋原かざや

五十四話 復帰

 ジョナサンと槙原が共闘し、破壊した飛翔体の残骸から得たAIを回収し、情報解析室が懸命に解析している中で、ジョナサンはその解析結果を待ちながら射撃場訓練場にいた。
 魔導課の状態は非常に厳しい状態であったのは言うまでもない。訓練場の休憩室でホログラムモニターから写る女性ニュースキャスターと現場の映像が淡々と現状を伝えている。


「現場では今も救出活動が続いており、消防隊、警察が救助に当たっています。なお、今回の事件について警視庁からの情報公開は伏せており、多数で批判が上がっています……」


 射撃場で設置されている的が風を受けて揺れる。それは向かい風でもなく追い風でもなく弾丸による的に穴を開ける為の風。
 ジョナサンはその的が見え、奥で先客が撃っているのが分かった。ジョナサンは先客の元に近づいて、射撃を見つめる。数発撃ち終わったのを確認した。
 槙原は防音用ヘッドセットを取り外し、溜息を深くついている。


「終わったか。槙原……」


 ジョナサンはそう声をかけ、槙原の顔を見つめていた。彼は神妙な顔つきでいる。


「ジョナサン、俺はあの時、何もできなかった……自分にもあんたみたいに能力があれば……」


 槙原の言葉にジョナサンは痛感しつつも、煙草をくわえながら言った。


「能力だけが全てじゃない。槙原には俺達にはない能力ってやつがあるはずだ。お前は魔導課である以上、仲間だ……。能力を持っていないからって気にするもんじゃない」


 ポケットからライターを取り出し、火をつけようと仕掛けた時、槙原はジョナサンの行動を止める。


「火気厳禁だぞ」


「すまねぇ」


 槙原に止められた彼はライターと咥えていた煙草を元のケースにしまう。それと同時にジョナサンの腕時計からホログラムが表示された。ホログラムに写っているのは情報解析室研究班の捜査員だった。


『失礼します。依頼されていた情報解析が終了しました』


「本当か!」


 槙原もそれに反応した。


「結果は?」


『飛翔体のAIに備わっていた飛行ブラックボックスを解析しました。遠隔操作で米国のアルカトラズ島から発進されたものと間違いありません』


 そう言いながら、映像の捜査員はアルカトラズ島での映像と飛翔体が飛んだ映像を彼らに表示した。


「米国か……」


 2人の反応に対して、研究員はそのまま自分の報告を続ける。


『ですが遠隔操作の発信源は、米国ではなく東京都の地下で、現在は廃線され、使われていない駅からのものと断定できました』


 槙原は研究員に訊く。


「それはどこだ?」


『現在は使われていない旧国会議事堂前です』


 槙原は、捜査員の言葉を聞いて、愕然としている。
 その隣で、つらつらとホログラム映像と一緒に表示された翻訳英語を読み取ったジョナサンは、槙原に訊いた。


「旧国会議事堂?」


 槙原は眉間にしわを寄せ苦悩の表情をしている。


『老朽化の為に現在は取り壊しが決まっていたが日本のシンボルとして文化遺産登録された建物だ。あそこは現在立ち入り禁止状態になっている。そこか。それじゃ誰も気づかないわけか……』


 槙原の言葉に対して捜査員は、付け加えた。


『おそらくですが、現在使われていない議事堂の地下シェルターの可能性が高いでしょう』


 ホログラムの映像に旧国会議事堂内部が写しだされ、立体映像で表示されている。


 槙原はその言葉を聞き、ジョナサンに告げた。


「新垣達に連絡しよう」


 ジョナサンは今にも動こうと準備をしに部屋を出ようとする槙原を止める。


「おい、待て。槙原。待てって!」


 落ち着いた口調でジョナサンは彼に言った。


「待て。現時点で俺たち魔導課の動ける人間が少ない。俺も完全に動けるってわけがない。もう少し待つんだ。それより、本国からの積み荷は届いてるか?」


 捜査員は、ジョナサンの問いに答える。


『ええ。ミスターレイン。あなた宛ての積み荷が届いてますよ』


 さらに深く、それについてジョナサンは訊いた。


「送り主は確認したか?」


 捜査員は首を縦に振り、答えた。


『ええ、あなたの言う通り、マイケル・アームストロングからの贈り物と……』


「そうか。今すぐ取りに行く。槙原、一緒に来てくれ」


 ホログラムを閉じて、先に訓練場を後にする。


「あ、ああ」


 首をかしげる槙原を連れ、ジョナサンはすぐに研究班の元へ向かった。研究班の部屋に木製の木箱が2つ置かれている。
 2人はエレベーターに乗り研究班のオフィスがある8階のボタンを押す。エレベーターはゆっくりと起動し上昇し始めた。
 8階へ向く間に槙原は、彼にさっきの会話に出ていた言葉について訊いてみる。


「積み荷って一体なんだ?」


 ジョナサンはその問いに対して軽くにやつきながら返した。


「まぁ、開けてからのお楽しみってやつだ。能見の奴もつれてこなくちゃな」


 エレベーターの機械音声が階数を告げる。


『8階です』


 エレベーターの自動ドアがゆっくりと開いた。2人は降り、研究班のオフィスへと入った。2人が入ったのを確認した映像に出ていた捜査員が、2人に告げる。


「ああ、どうも。ご苦労様です。ミスターレイン。あなた宛ての積み荷が届いています」


 そう言われた彼は、首を縦に軽く振り、木箱の元へ。槙原も後に続いて木箱の付近に立つ。


「なんだそれ?」


 ジョナサンは近くの用具棚からバールを取り出し、木箱を開ける。木箱の蓋はゆっくりと取り外されていく。
 蓋を開けられた箱の中には、1本の液体の入った注射用弾丸それを装填して使う注射銃。その上に白い紙が添えられていた。


                     -Don't use too much of the prototype  A-






「試作品を使いすぎるなよ? おい、これ……」


 と槙原は試作品の薬品に対して疑心を持ちながら、ジョナサンに顔を向ける。それに対し槙原の疑念を持った表情を見る事無くジョナサンは淡々と注射銃を取り出し、薬品液体が入った弾丸を装填し始めた。


「試作品の強化修復剤だ……豚の膀胱から抽出したコラーゲンを利用した細胞外マトリックスと呼ばれる成分とips細胞を組み合わせたものだ。本国では、指を切断した時によく使われる薬の1つなんだ。腕の修復に役立てばと思ってあっちで作製してもらったわけさ。早速、使ってみるとしようや」


 そう言い、カッターシャツの袖をまくり、左腕を出す。薄ピンクのあざだらけ傷だらけ絆創膏だらけの肌に向けて医療用アルコールをガーゼに染み込ませ、自分の腕に塗り始める。
 近くの椅子に座って、注射銃を右手で取った。


 一連の行動を見ながらも見知らぬ薬品を投薬しようとする1外国人の姿を見て、心配になっている。


「本当に大丈夫なのか?」


 軽いジョークでジョナサンは心配している彼に返す。


「いつもこいつの針だけは苦手なんだよな……。お前も苦手だろ?」


 そう呟きながら、ジョナサンは一気に針を、腕に近づけて、ひと呼吸して、針を刺し注射銃のトリガーを引いた。液体は針に向けて注がれていき一気に減っていく。
 少し痛みが伴うのか、苦悶表情でジョナサンは痛みに耐える。
 それが数秒間続く。装填された弾丸内の液体が無くなったのを確認し、トリガーから指を離し、針を取り除く。


「見てろよ……」


 とジョナサンは言った後で、槙原に注射を打った腕を見せた。腕はまだ何も起きていない。


「何も起きていないじゃないか」


 それを言った瞬間、ジョナサンの腕から青い血管が浮き始めた。それはお湯を沸騰させているかのように。


「何だ何だ!?」 


 槙原は彼の腕の違和感に気味悪く感じ、後ずさりした。2人の行動がやけに目についた研究室の捜査員達が野次馬になってみている。
 1分経った後で、腕から発する沸騰みたいな行動は終わり、さっきまでピンクの肌に写っていた青い線が、静かに沈んでいった。
 ジョナサンは立ち上がり、絆創膏を外していく。外したところを見ると綺麗なピンクの肌に戻っていた。


 「ほらな……。どうだ? 綺麗な腕に元通りだ! 流石! マイクの奴だ! 本国の薬に限るな!」


 ジョナサンの凄いリアクションに対して、捜査員たちと槙原は腕を組み、黙ってみていた。
 それに対して場違いな空気が出ていると判断したジョナサンは、咳払いする。咳払いをした後、捜査員たちは元のやっていた仕事へと向き始めていく。槙原だけ、ジョナサンと少し距離を置いて腕を組んだままでいる。気味悪さと驚きと疑心はすでに吹き飛んでいた。
 軽く笑みを作って、ジョナサンは場を仕切り直す。


「……さてと、私の時間は置いといて、もう一つ同じ箱がもう一つ」


「ああ、あるな」


「これは、同じ注射が入ってあるんだが、ちょっとした特別製でな」


 槙原は少し呆れがかかった反応をし、組んでいた両腕を外し、腰に手を当てている。


「ほぅ。特別製ねぇ。それでその特別製の訳の分からない薬は誰に使うんだ?」


「いるだろ。1人」


 ジョナサンが答えた1人という数。槙原は少し寒気を感じた。不安と恐怖に似た何かを感じている。


「その1人は誰なんだ?」


「槙原。いるだろ? ピッタリな実験体が……」


 彼はその言葉を聞いて、1人、浮かんだ。


「あ」


 急いで、研究班のオフィスを飛び出し、槙原は魔導課の捜査員室に向かう。


「あの人だ」


 その間に、ジョナサンはもう1つの注射銃を取り出し、準備を始めている。
 槙原は、魔導課の職員室に入り、植物となりながらも蔓でキーボードを叩き、報道されている商業ビルでのテロ攻防の報告と分析を行っている能見を見た。


「あら?」


「能見さん、ちょっと来てください!!」


 蔓でペンと紙で表示している。


『え!? えっ!!?』


 植物化している能見を槙原はキャリーにのせて、そのまま情報解析室へと運び、ジョナサンの元へと連れてくる。
 能見は訳も分からず、ジョナサンと槙原に訊いた。


『これは一体!?』


 蔓が持っている紙の文字に対して、ジョナサンは言葉で返す。


「あんたを治す」


『えっ?』


「じゃ、皆頼む」


「はい」


 数名の捜査員達と槙原は、能見の持つ蔓を押さえる。


『えっ、ちょ……。えっ……えええええええ!!?』


 注射銃を持つジョナサンは神妙な表情で蔓の根幹に向けて、注射銃の針をゆっくりと刺し、トリガーを引いた。液体はそのまま、根に向けて吸われていく。
 激痛が出ているのか、蔓は波をを打つように捜査員達に鞭のように動き回る。


「痛てて!!」


「こらえて能見さん!!」


「もうすぐで終わる!!」


 と液体を入れた後で蔓が暴れだし、ジョナサンを解析室の壁に叩き投げた。


「おわっ!?」


 そのまま壁に叩きつけられた後、ジョナサンは床に倒れた。持っていた注射銃ははずされ、液体は無くなっていた。
 捜査員達も暴れる蔓でそれぞれの所に吹き飛ばされていた。残ったのは槙原だが、力むなしく彼はテーブルに向けて投げられ、机上を滑り込むように倒れた。


「あああああああ」


「痛っ……くそっ。投げる事ないじゃねぇかよ。全く」


 ジョナサンはゆっくりと立ち上がり、注射を打たれた彼女を見つめると、痙攣なのか、蔓が暴れだし、人間が近づけない状態になっている。
 槙原も立ち上がり、ジョナサンの所にゆっくり近づいた。


「これで大丈夫なのか?」


「ああ。おそらくな」


「おそらくか」


「ああ。おそらくだ」


「ちなみに何を打ち込んだんだ?」


 ジョナサンはジョークを交えて告げた。


「俺と同じ薬品に葉緑体細胞と鉄分、ヘモグロビンと10種のハーブとスパイスだよ」


 そのジョークを隣で左から右へと聞き流した後で、槙原はふと思った事を訊いてみる。


「ところでこれはうちの国で認可されてる薬品なのか?」


 ジョナサンは槙原の問いに対して即答だった。


「勿論。未認可だ。当たり前だろ」


「未認可か」


 槙原は腕を組んで軽い笑顔でいた。内心、諦めもあり、結果上の後の祭りにどうでもよくなっていた。


 蔓が暴れ始めて1分。それまで植物みたいな異様な体に変化が訪れる。それまで裸の女性が浮き彫りだった植物が、植物の部分が戻り始め人間の姿として形成。それまで緑一色だった能見の姿から肌色を取り戻し始めていた。
 それから2時間後、能見は目を開ける。開けた先に写るのは、真白い天井。病室の天井。


「!!!」


 能見は急いで起き上がった。目に写ったのは病室の鏡。そこには自分の姿も写っていた。入院用の服と自分の綺麗な顔。そして自分の手と肌を確認した。


「戻ってる? でも何で?」


 能見は不思議に思い、首をかしげていたが。自分の体が元に戻っている事に嬉しさを感じていた。



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