マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―

秋原かざや

二十四話 依頼

「あぁ、ったく……」
 国崎は長いため息を吐いて、落ちていた小さな瓦礫の欠片を蹴り飛ばす。
「かったるい……」
『そう仰られましても、亮平様。傭兵、というよりも『便利屋』である御身としては、選り好みをできるご立場ではございませんよ」
 ボヤく国崎の隣で、瓦礫の山を掻き分けるフィグネリア。
「だからって、ロケットペンダントの捜索だなんて、俺がやる必要もないだろ」
『亮平様の能力アギトは瓦礫を除ける際や、届かないものを取る際にはお役立ちになられますよ』
「それは別に俺じゃなくても……」
『前金も頂きましたし、労力に対して割の好い仕事でしたので。それに、亮平様にご確認を取らせていただいた覚えがございますが』
「そうだったか?」
 国崎は不満そうな顔で首を傾げながら、瓦礫を漁る。
『最近、お忙しいようでしたのでお忘れになっていらっしゃったのかと』
「黒島の件を色々と嗅ぎ回っていたからなぁ」
 瓦礫の山を崩しながら、肩を回す国崎。そして、ふと思い出したように、
「そういえば、魔導課あいつらは何をやってるんだろうな」
『魔導課の方々でしたら、今は訓練を行っていらっしゃると聞きましたが』
「訓練? 何の訓練だ?」
『新しい殲滅用ロボットの試作機の性能テストを兼ねた実践訓練、とメールの文面には示されておりました』
 フィグネリアがそう告げるのを聞いて、国崎は思わず失笑した。
「バカだな。そんな話を提案したやつは」
 そして余裕綽々の顔で
「確かに機械も高性能化してきているかもしれない。だがな、ただの警察官ならともかく、魔導課を相手取るなんてな」
 と、まるで自慢するかのように鼻高々に話す国崎。
 その姿を見て、フィグネリアは微笑ましげに笑う『表情を作った』。
『魔導課の皆さんを本当に信用なさっていらっしゃるのですね』
「そんなんじゃねえよ」
 国崎は照れ臭そうに不機嫌を取り繕った。
「ただあいつらの技量を客観的に推し量ってみると、あいつらを打ち負かす機械なんて、少なくとも今の技術では開発不可能だろう」
『しかし、殲滅用ロボットの開発者はヨシオカ・インダストリーズという有名な会社ですとか』
「『ヨシオカ』……? 聞き覚えのある名だな」
『社長の吉岡久嗣は黒島逸彦との知り合いのようですが』
「そうだったな。……いい想像はあまりできないな」
 国崎が瓦礫の山から、ロケットを見つけ出したのは、次の瞬間だった。








 今日の依頼を全てこなした後、彼はソファに座りながら、キーボードを爪弾くように叩いていた。
「吉岡久嗣。ヨシオカ・インダストリーズの現CEO。大学時代に黒島逸彦とサークルと志を同じくし、数々の賞を受ける……か」
 ディスプレイに映っていたのは、吉岡の情報だった。
「そのヨシオカ・インダストリーズは軍事にも手を出しているとかいうネガティブな噂も存在する」
 文面を読み上げて、国崎は渋面を見せた。
「扱っているのは、機械全般。中でもアンドロイドは日本のシェアの六十パーセントを誇る」
 彼は少しの間沈黙して、キーボードに指を走らせた。
「……」
 そしてディスプレイに表示された画像を睨みつけて、再び沈黙を蟠らせた。
 表示されていた画像は雑事用アンドロイドのものだった。
 そのアンドロイドはある事件を機に、製造が中止されている。
「『マシンナーズ・パンデミック』」
 彼が口にしたそれは国崎の姉である早苗、そしてクラスメイトの美咲が殺されたあの忌まわしい事故……否、事件。
 その際に動作不良を起こし、人間を大量殺戮した機械の一つである。
 そして二人を殺戮した機械もこの型なのだ。
「……こういうことは、あまり考えたくないが」
 国崎は唇を噛んで、机に拳を打ち付けた。
 その時、国崎の元に、カップを乗せたトレイを持ったフィグネリアが現れた。
 フィグネリアは口をつぐんだまま、カップにコーヒーを注いだ。
「フィグネリア。ヨシオカ・インダストリーズの情報を調べておいてくれ」
『畏まりました』
 フィグネリアが頭を下げるのを見て、国崎はカップに口をつけた。
 フィグネリアは大きなため息を吐く国崎を心配そうに見つめていた。








 黒島逸彦はディスプレイに映し出される映像を眺めながら、「ふむ」と唸った。
「実弾を使っても、やはり歯が立たないか。曲がりなりにも警察から選び出された鋭兵というだけあるといったところか」
 黒島はそう言って、映像を停止させた。
 彼が見ていたのは、ロボット視点からの映像。そこに映っていたのは魔導課の面々の戦う姿だった。
「まあ、この件は彼に任せるとしようか」
 黒島は静かに笑みを漏らした。
 それとほぼ同時に、扉がノックされる音が聞こえた。
 彼はディスプレイに表示されていたウィンドウを閉じて、
「入りたまえ」
 彼が告げると、扉が開かれて、頭を下げる影が現れた。
「失礼します」
「どうした。赤羽あかば女史よ」
 入室したのは髪を短く切り揃えた目の鋭い女性だった。
 凛とした、怜悧そうな若い女性だ。
「先日の資料が完成いたしました」
「どれ、見せてはくれないか?」
「はい。畏まりました」
 その声とほぼ同時に、黒島のディスプレイにメールの通知があった。
 彼はそのメールに添付されたファイルを開き、軽く目を通すと、
「……成る程。ご苦労だった」
 と、赤羽と呼んだ女性に退室を促した。
 彼女が頭を下げて、
「失礼しました」
 と部屋を後にしたのを確認して、すぐに彼女のメールを削除した。
「……泳がせてみるのも、ありか」
 嘯いて、黒島は口角を上げた。








 洗い矢と呼ばれる道具に布を取り付けて、銃口に突っ込む。
 国崎はその時、銃の手入れをしていた。
 彼の戦い方は銃を殆ど使わないものではあるが、全く使わないわけではない。
 使う機会が少ないとはいえ、銃は手入れをしなければ、すぐに使い物にならなくなる。
 それくらいの知識は彼にもあった。
『失礼します。亮平様』
 ドアの奥からフィグネリアの声が聞こえる。
 彼はフィグネリア自らが、こうして自分の作業中に入室をしてくる場面は滅多にないと知っている。
 つまり、ただならぬ事情がある、ということだ。
「何があった」
 それ故、彼は作業を途中で済ませ、扉を開けてフィグネリアを招き入れた。
『依頼のメールが届いたのですが』
「どういった内容だ?」
『警察庁を襲撃していただきたい、と記されております』
 フィグネリアの言葉を聞いて、国崎は緊張感を走らせる。
 彼は確かに警察庁を襲撃したことはあったが、それは依頼でなく、話をつけるための行動だ。
「何のために……だ?」
 彼は即座には首を振らなかった。
 高月の一件もあるので、警察の全てを信用したわけではないからだ。
『理由は記されておりません』
 国崎は眉を顰めて、
「断っておけ」
 と言おうと口を開いた。
 その時。
『報酬は、黒島逸彦の情報、とございますが』
 国崎の表情に動揺が走る。
「……詳細は?」
『不明ですが、黒島の腕を手術した際のものであろうカルテが共に送られてきましたので信用はできるかと』
 国崎は頬杖をついて、考え込んだ。
 このメールの信憑性は低いものの、真実であったとき、黒島との距離はぐっと近くなる。
「差出人は……?」
『レッド、とありますが』
 国崎は考え込むように俯いたまま、
「……」
 目をつぶって思いつめていた。



コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品