マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―

秋原かざや

十六話 後悔の追跡

 何故走っているのか。
 何故ここまで必死になっているのか。
 国崎は自らの行動が理解できていなかった。
 それでも彼はその足を止めなかった。
 『何のために』と思う心に抗って、そして『助けたい』という心に従って、行動を起こしていた。
『亮平様。冷静に』
「俺は至って冷静だよ!」
 声が荒らいでいる事に気付きながらも、彼はそれを認めなかった。認めたくなかった。己が感情的になっている事を。
 『自分の所為で』――。
 国崎は自己嫌悪の螺旋に陥っていた。
 もし、あの時に頷いていれば――。
 もし、あの時に声を掛けていれば――。
 もし、あの時――
 国崎はそれが『たられば』の『if』でしかない事に気付いて、さらなる自己嫌悪に陥る。そんな彼の目には一筋の光も窺えなかった。
「そうだよ。もしあの時、早苗を助けられていたならば。もし美咲の元にもっと早く辿りつけていたならば」
『亮平様。しっかりしてください』
 フィグネリアの黄色いとは言い難い声で国崎は我に返った。
「ああ、フィグネリア……。すまない」
 彼はそう言って立ち止まり、頭を押さえた。
『そこまでお急ぎになるのでしたら、何か乗り物に乗ってこれば良かったですのに』
 フィグネリアは落ち着いた声で亮平の傍についた。
『亮平様は直情的すぎます。それは亮平様の長所でありますが、それは短所と表裏一体です』
 亮平は息を整えながら、フィグネリアの話を黙って聞いていた。
『その危うさはいつか亮平様ご自身の身を滅ぼしかねませんよ』
「……それでも」
 彼は俯いたままそう言って、
「俺はあの二人の死を忘れられない。復讐を果たすまでは幾ら危険であろうとも突き進む」
 亮平はフィグネリアに目をやった。
「復讐を果たすまでは、俺は死なない」
 亮平のその目には輝きが戻っていた。
『では、井伊総監の元まで急ぎましょうか』
 フィグネリアは淡く微笑んだ。






「ここは……」
 朦朧とした意識でA-Sは目を覚ました。
 ぐるりと見渡そうとして、自らが拘束されている事に気づいた。
 A-Sはその身をよじらせようとするが、それさえ叶わない。
「く……」と短く唸って、A-Sは自らの体に目をやった。
 案の定、拘束具で厳重に自身の体が椅子に縛りつけられているのを、A-Sは確認した。


 どうやらしくじってしまったようだ。


 A-Sは拘束具の緩みがないか確認しながら、冷静に推測した。


「僕が追憶に念を注ぎすぎたから……」


 自嘲気味にそう呟いて、A-Sは確認の作業の手を止めた。
 どうやら拘束具に緩みはない。お手本のような綺麗な縛り方だ。


 過去に思いを巡らせたところで……


「戻らないんだ。覆水盆に返らず……なんだ」


 終わったことだ。忘れるべきだ。
 脳が訴えるが、心はそれを拒んだ。
 忘れるべきだとしても忘れられない。
 全ては終わった事だとしても……


「可能性があるなら……」


 そう嘯いたところで、不意に部屋に光が差した。
 A-Sは眩しさに目を細めながら、光の先を睨みつけた。
 しばらくすると、明るさに目が慣れてきて扉の奥に人影があるのが視認できた。体躯のシルエットを見て察するに、おそらく男性だろう。少なくとも成人はしているほどの。


「こんにちは」
「……誰だ?」


 A-Sの元に人影は歩み寄った。そして顎をつい、と上げさせる。
 ぼやけていた視界も、この時には既に鮮明になっていた。
 その男の顔は美しいとは言えない。だが醜いわけではない。
 男を見て受ける印象は『不幸』の一言に尽きる。
 細い体つき。か細い声。痩せ切った顔。そして無骨な眼鏡。
 男のそれはどこか『不幸』の象徴とも言える死神を連想させた。


「美しい……。僕の手でその顔を歪めさせてやりたいほどだ……」


 男はにやりと満足そうに笑って手を離した。


「しかしそれでは人質としての利用価値が下がってしまうからな……」
「!! まさか、黒島逸彦か?」


 男は眼鏡のレンズの奥の目を、にやりと細めた。


「見知ってくれているとは嬉しいね」
「ああ、手配書に顔写真と名前が記されていたのを見たよ。傭兵の頃にね」


 A-Sはそう言って、黒島を睨みつけた。


「この災禍を引き起こした張本人とされる人物だろう?」
「ほう。僕はそうとされているのか。強ち間違ってはいないが」


 黒島は『成る程』と言い出しそうな顔で頷いた。


「『強ち間違ってはいない』?」


 A-Sはその言葉に妙な違和感を感じて、鸚鵡おうむ返しに唱えた。
 しかし黒島は空惚そらとぼけた。


「言葉の綾さ。気にしないでくれ」


 そう言って彼はA-Sと目線を合わせるようにしゃがみこんだ。


「君は大人しくしてくれないか」


 黒島はA-Sの瞳を見つめて、和やかに、不穏な言葉を囁いた。




「五体満足で 帰りたければ、ね」










「ああ、もうあいつは!」
 新垣は自動車――この時代では見ることさえ珍しくなった――を乱暴に走らせながら、声を荒らげた。
「また無茶しやがって!」
「無茶してるのは君だってそうじゃない」
 助手席に腰を下ろしている能見は新垣の運転の荒っぽさを見て、そう言った。
「勝手にGPSの位置情報の受信機を持って、警察のバイクで飛ばしていくなんて。もうこれは犯罪じゃないんですか?」
「うん。法に引っかかっているわ」


 能見は苦笑いをしながら頷いた。


「でも国崎を捕まえてしまえば、ロボットの侵攻に拍車がかかってしまうでしょうね。彼のロボットの破壊成績は優秀だから」
「そこが問題ですよね。そもそも捕らえたところで、牢屋の中で黙っているやつだとは思えませんしね」


 新垣はそう言って、スピードを緩めることなく、ハンドルを捻った。タイヤが悲鳴を上げているが、能見は聞かなかった事にした。


「しかし、遠くまで運ばれましたね。郊外の廃墟ですか」
「恐らく、警察に何らかの要求を飲ませるための誘拐でしょう」
「しかし誰が何のために……」


 新垣は首を捻った。


「まず誘拐という人質を取るという行為をとったという事はつまり犯人は人間でしょうね」
「なるほど。……しかし、警察に喧嘩を売る人間なんているでしょうか?」
「情報がどこからか漏洩していたのかもしれないわ。警察内にロボットがもういないとは限らないでしょう」
「確かに警察がばたばたしだした途端に今回の事件と来ましたからね」


 新垣はそう言って眉根を顰めた。


「警察に喧嘩を売るということは相当な数のロボット兵を揃えているのでしょう」
「戦闘は必至かしらね」
「では行きましょうか」


 新垣は車を停めて、降車して警察のバイクを見つけてため息をついた。


「やっぱり先に着いていやがったか」


 呆れる新垣の背後から防弾服を荷台から取り出してきた能見の足音が聞こえた。


「はい、これ。早く装備して」


 新垣は防弾服を受け取り、それに袖を通しながら眼前の廃墟を見上げた。
 見てくれに関しては他の廃墟とほとんど大差のない建物だ。
 奇妙な事と言えば、それは音。
 その妙な静けさはこれから戦場と化す場所とは到底思えない。
 防弾服を着用し終えた新垣は出入り口を見て呟いた。


「嫌な予感がする……」と。



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