マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―

秋原かざや

十五話 五者面談

「失礼します、お茶をお持ちしました」
 新垣がドアを叩くと中から返事が聞こえた。それを確認した新垣はガチャ、とノブを回して中に入った。
「それにしても、本当にすまないな。こんな奥まで来てもらって」
「……二度はないぞ」
 中には現警視総監である井伊 明仁さんと新垣の師匠である久我原 勲、そしてここまで久我原を案内してきた樋川勝がソファに向かい合うようにして座っていた。樋川は井伊さんの前でガチガチに固まっていた。当然だ、つい最近自衛隊に入ったような一兵卒が会えるような人じゃないからだ。
 新垣は3人の前にお茶をおくとそそくさと退散しようと一礼して下がろうとしたが、井伊に止められた。
「新垣、お前にも話があるんだ。ちょっとこっちに座れ」
 井伊が横のスペースを指しながら手招きしている。新垣は首をかしげながら席に座った。
「……何ですか?」
「いや、この樋川くんがな、久我原の一番弟子に一目会いたい、って言っていたらしくてな」
「いっ! いやっ、自分は会いたいとは一言も!」
『でも、私から聞いた時、興味深々で色々聞いてきたのは事実ですよね』
 久我原と樋川が座っているソファの後ろから狼型のアンドロイドーー叢雲が顔を出した。久我原は困ったような顔になりながら言った。
「……俺は弟子なんかをとったつもりは更々ないんだが」
『換金所での交渉術、依頼の内容の判別方法、盗賊のあしらい方などなど……師弟関係と言われても申し分ないほど新垣様には色々と教えてらっしゃいましたよね』
「だそうですよ、師匠?」
 新垣のニッコリとした笑みから久我原は苦々しい表情をしながら視線をそらした。
「で、樋川さんは俺に何を聞きたいんですか?」
 新垣から話を振られた樋川は観念したようで、ボソボソと話し出した。
「あ、あの……新垣さんは傭兵業界で『プロミネンス』って二つ名で呼ばれてるんですよね。自分と同じくらいの歳なのに、どうしてそんな二つ名がついたのかな、って……」
「……それか……」
 新垣の表情が一気に暗くなる。それを見た叢雲はコロコロと笑い始めた。
『新垣様が勲様の元から離れてすぐに起こした事件がきっかけですよね?』
「じ、事件!?」
 樋川は驚いたように新垣を見て言った。
「ま、まさか、新垣さんって札付き……」
「んなわけあるか」
「そんなやつ警察で雇わないよ」
「そんなやつのアドレス、誰が教えるか」
 新垣・井伊・久我原からのトリプル否定に樋川は安心したようで、ほっと胸をなでおろした。
「その事件についてはニュースにもなってるんだけど……それを見てからの方が早いかな」
 井伊がリモコンを操作するとウィーン、という稼働音をたてながらスクリーンが下りてきた。そしてスクリーンにニュースが流れ始めた。


「昨日未明、ギガロポリスイスタンブールを襲った機械兵の集団は現地の軍隊、及び傭兵の活躍で死亡者が出ないまま殲滅した、という発表が国連より発表されました……」
 井伊はここで映像の再生を止めた。
「このニュースを樋川くんは知ってるかな?」
「は、はい。この時はどこのチャンネルつけてもこの話題でしたから……」
「この殲滅がたった1人のウェイカーの活躍によるものだった、というのは?」
「え?」
「そのウェイカーが、この新垣くんだ」
 樋川は信じられない物を見るように新垣を見る。新垣は師匠と呼んでいる久我原に負けず劣らずの苦々しい表情になった。


---


「へぇー、そんな理由だったんですか」
 新垣から現在「イスタンブールの太陽」と呼ばれるようになった経緯を聞いた樋川は納得したように頷いた。
「……リミッター突破したのは後にも先にもあれだけで……もう二度と突破する気は無いです。もうあんな目にあう気はさらさら……」
 苦々しい表情を崩さないまま、新垣は椅子の背に体重を任せた。井伊は不思議そうに新垣に問いかける。
「リミッター突破というのは、頻繁に起こるものなんじゃないのか?」
「天然物は養殖物よりもリミッター突破まで余裕があるんですよ……」
「そうですねー。師匠に修行に付き合ってもらった5日間で俺、20回ぐらいリミッター突破してますもん」
「5日前?」
 樋川の話を聞いた井伊の目が険しくなる。
「俺の所には『昨日到着した』って報告受けてるんだけど……どういうことだかわかる所だけでいいから説明してもらえるかな?」
 井伊が笑顔でズイッ、と樋川に迫る。樋川の顔が青くなり、冷や汗が大量に流れ出した瞬間、奥にある書斎机からけたたましい音が鳴り始めた。しかし朝の警報とはまた違う音だった。
「超特大の高級肉を置いたら、別のやつが食いついたか……読みが甘かったな……」
「高級肉?」
 険しい顔になりながら立ち上がった井伊の姿を新垣はキョトンとしながら目で追う。
「……新垣。確か君は国崎のアドレスを知ってるんだよな」
「……あ、正確に言えばフィグネリアのアドレスですけど……どうしたんですか?」
「俺の名義で今すぐメールを送ってくれ。『君の説得にむかったA-Sが何者かに攫われた』と」
「エース?」
 聞き馴染みの無い単語に新垣は首をかしげる。警報を鳴らす機械を止めた井伊は新垣の方をむいて言った。
「アルファベットのAとSでA-Sだ。魔導課に特別協力捜査員として所属してくれているウェイカーだ」
「……なんだその長ったらしい役職は」
 久我原が呆れたように言う。新垣も同じような感想を抱いているのか、軽くため息をついて言った。
「そんな役職についてる人がいるなら紹介してくださいよ……」
「だって、本人が『馴れ合うつもりはない』って紹介するのを固辞しちゃったからさ……」
『で、高級肉というのは?』
「……あいつは唯一の最初の事件の生存者なんだ。大切な人を失う気持ちもよくわかっている。だからこそ国崎くんの説得に向いていると思ったんだが……」
『……ひょっとして最初の事件に犯人につながる何かがあったんですか?』
「……本人は『覚えてない』って言っていた。それが本当のことなのか、嘘なのかは分からないが……」
「犯人はそうとは思ってなさそう、って事態ですよね」
 新垣はメールを打ち終わると立ち上がって大きくのびをした。
「とりあえず、能見さんとジョナサンさんは借りていきます。あと、特別協力なんちゃらが他にもいるなら応援を要請してください。あと、なんか情報が入ったらこっちに連絡してください」
「わかった。とりあえず、君たちの端末にA-Sのいる場所を示すGPSの信号位置を送っておく」
「りょーかい」
 新垣は軽く敬礼すると能見に連絡するのか、携帯をいじりながら部屋を出て行った。
「じゃあ、忙しくなったようだからそろそろ俺たちもおいとまするとするか……」
 久我原がのそりと立ち上がると井伊は右手を出してそれを止めた。
「……大丈夫だ。新垣くんやジョナサン、それと国崎くんの実績は十分だし、A-Sもこのまま黙って攫われてるような真似はしないだろう。それに話だってまだ全然終わってないし、5日も待たせておいて何も償いをしないほど俺は堕ちてないぞ」
「……そう言うと思ったよ」
 久我原は薄く笑うと再びソファに座った。




「さて、話の続きをしようか」 





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