マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―

秋原かざや

十一話 突入

「俺は……何を?」
 男は不意に目を覚ました。
 彼は今の状況を確認するために辺りを見回した。
 どうやら、魔導課の取調室にいるようだ。
「何で、俺はこんな所に。……?」
 と彼は椅子から立ち上がろうとしたが、立ち上がれない。
 見下げてみると、彼の四肢が手錠で座っている椅子に繋がれている事に気付いた。
「……何だよ。何なんだよ、これ!?」
「ん、起きたようね」
 取調室の出入り口である扉から能見が姿を表した。彼女は男の向かい側に座って、満面の笑みを見せた。
宇野辺うのべあきら。何で許可なく発砲したの?」
 能見に告げられたその言葉を彼は――宇野辺は理解できなかった。
「何を言ってるのですか? 俺は総監の許可なく発砲なんてしませんよ!」
「いや、したでしょ。まさか、自覚がないの?」
「自覚も何も、俺はやっていませんから!」
 宇野辺の困惑した顔を見て、偽りの見られない叫びを聞いて、能見は怪訝な顔を見せた。
「本当に何もしていないと主張するのか?」
「当然ですよ。どうして信じてくれないのですか!?」
「……」
 能見は唸って、考え込む事しかできなかった。






「そんな都合の良い記憶喪失はないだろ」
 国崎は能見から宇野辺との会話を聞いて、顔をしかめた。
「でも嘘発見器を彼に取り付けていたんだけど、それに嘘の反応は見られなかったわ」
 国崎はいぶかし気に首を捻った。
「ウェイカーの能力とするならば、どんな異常も説明できるでしょう」
 横から新垣がコップに入ったコーヒーをすすりながら、そう言った。
「ウェイカーに洗脳の魔法アギトを受けているならば、宇野辺の言動にも納得ができます」
「そうね。 ……とすると、誰の魔法アギトなのでしょうね」
「……」
 能見が言ったその言葉に、新垣は沈黙を余儀無くされた。
 もしかして、警察内に謀反を企てる者がいるのかもしれないと考えているのだ。
 しかし、同僚を疑うような事は口にしたくはなかった。
『皆様が考えているような事ではございませんと思いますが』
 フィグネリアがコーヒーの入ったコップを盆に乗せながら、国崎達の話に口を挟んだ。
『宇野辺様は機械人マシンナーです』
「機械人?」
 国崎はフィグネリアからコーヒーを受け取りながら、そう問うた。
「生まれた時に生命の危機に瀕していた人や、後天的な病や事故で命を失いかけた人が身体の殆どを機械にすげ替えて存命を図る方法よね。最近やっと実用化されたらしいけど」
『はい。その通りでございます』
 能見が言った説明を、フィグネリアは肯定した。
『機械人の方の中には脳内に特殊な人工知能を組み込んでいる方もおられます』
「つまり、その人工知能に異常が発生したのか?」
 国崎の質問にフィグネリアは首を縦に振った。
『はい。その人工知能にのみ働く作為的に異常を引き起こすための信号を観測しました』
「しかし、警察の管理下にあるアンドロイドがそんな信号を観測したとかいう報告は入っていないが……」
『そうでしょう。波長は待機中にありふれている電波と酷似していましたから』
 成る程、と頷く新垣の横から、能見が新たな質問を投げかけた。
「では、何故警察のアンドロイドにも見分けられなかったその電波をただの給仕アンドロイドであるはずのあなたが見分けることができたの?」
「俺の姉がプログラミングしたからだよ」
 その質問に答えたのは国崎だった。
 彼はコーヒーを一息で飲み干し、どこか遠くを見ながら、
「俺の姉は――早苗は天才プログラマーだったんだ」
「天才プログラマー『だった』?」
「早苗はあの日に――あの忌々しい日に殺されたんだよ。アンドロイドにな!」
 その悲痛な叫びに、新垣と能見は沈黙する事しかできなかった。


 静かに時間が過ぎた。


 場の沈黙を破ったのは新垣だった。
「国崎、お前は復讐の為に戦っているのか?」
「……あぁ」
「じゃあ、お前も魔導課に来ないか?」
「新垣!? あなた、何を?」
 まるで『コーヒーに砂糖はいれるか?』と聞くかのように自然にそう言った新垣を能見は咎めた。
「能見さん。こいつは戦力になりますよ。こいつの磁力を操る能力は機械にはかなり効くでしょうし」
「でも、警視庁に侵入してきた犯人よ?」
「それは誤解によってでしょう。こいつの実力は分かっているでしょう?」
 能見は二の句を継げなかった。
 確かにアンドロイドの巣窟ともいえる生産工場を一人で破壊したという事実が彼の力を物語っている。
「……総監の判断に任せるわ」
 この戦略級の戦力を逃すのはあまりにも惜しいと判断したのか、能見は間接的に肯定した。
「と、いう事だ。国崎、魔導課に入ってくれないか? 報酬は弾むぜ」
「……」
 国崎はフィグネリアに目をやった。彼女は無表情なまま、何も口にしなかった。
「魔導課とやらの役割を教えてくれ。判断はその後だ」
「分かった」
 新垣はにっこりと笑って頷いた。
『さて、その信号が送られた場所ですが』
 と、フィグネリアが告げた。
 全員の視線が彼女に集中する。
 そして彼女はその口から冷淡に言葉を紡いだ。
『警視庁の近くのお屋敷からですね』








 国崎、新垣、能見、フィグネリアの一行は閑静な住宅街を歩いていた。
『右折後、十メートル過ぎた場所が目的地です』
 先導するのはフィグネリアで三人はその背中を追いながら、雑談を交わしていた。
「しかし、便利なものね」
 能見がフィグネリアの背中を見つめながら、そう言ちた。
「あのメイドロボの事ですか?」
 それに食いついたのは新垣だった。国崎は興味薄そうに黙々と足を進めていた。
「そうそう。フィグネリアちゃん……だったっけ? 彼女、何でもできるわけでしょう?」
「そうですね。むしろできない事を探す方が難しいと思いますけど……って、もしかして」
「どうしたの?」
「あ、いえ。何でもないですよ」
 そう言いながら、新垣は国崎に駆け寄った。
「なあ、国崎」
「何の用だ?」
「お前、メイドロボちゃんに恋愛感情とか抱いていないよな?」
 突然の与太話に国崎は溜め息を禁じ得なかった。
「ほら。彼女って見てくれは人間だろ? それで天才プログラマーがプログラミングした高精度の人工知能が付いているんだろ。つまりは人間と同じ……」
 と、新垣が言いかけたところで不意にフィグネリアが足を止めた。
 男二人の後ろで、能見はフィグネリアの見つめる建物を見た。
「ここが電波の発信源?」
 そう問うと、フィグネリアは首を縦に振った。
『はい。宇野部様の人工知能が受けた信号のパターンを復元し、発信源を辿ったところ、ここに行きつきました』
「……なるほどね」
 能見は表札に書かれた名前を見て、苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
「どうしました? 能見さん……って、ああ……」
 続けて新垣が表札を眺めると、彼も同じく眉根を顰めた。
「この高月こうづきってのがどうかしたのか?」
 国崎が表札を指差して、二人にそう訪ねた。
 新垣は能見に目配せをしたが、能見はそっぽを向いて気付かないふりをしていた。
 そして新垣は溜め息を吐いて、
「高月のぼる警視正。つまりは階級が能見さんよりも高いんだよ」
「そんな奴が、謀反人なのか?」
「悲しい事にそのようだ」
「……警察に入るかどうか、不安の種が出てしまったじゃないか」
 現在、国崎は魔導課が雇った傭兵という扱いになっている。
 能見によると井伊に話を通してみたものの、『実際に話してみてから考える』との事だそうだ。
「まあ、高月警視正は魔導課の方ではないから安心しろ。もしかしたら、何かの手違いや利用されただけ、という可能性もある」
「手違いや利用されたって、それはそれで不祥事じゃないのか?」
 国崎の厳しい指摘に新垣は黙らざるを得なかった。






 歩く度に、ぎぃぎぃ、と床が悲鳴を上げる。
 先程、インターホンを鳴らしたところ、返事がなかった。
 令状を持っている彼らは玄関口から屋敷内に侵入し、家宅捜索を始めていた。
「しかし、広い家だな。家賃もバカにならないだろうな」
 国崎が廊下を歩きながら、一般市民の視点からの邸宅の感想を述べていた。
 しばらく廊下を進むと、新垣が咳き込みながら、押入れの中を漁っているのが見えた。
「調子は?」
「駄目だ」
 と新垣は首を振って、立ち上がった。
「広いからな。時間はかかる。見張りをしている能見さんが家の中に入るのを目撃して以来、一度も出てきていないらしいから中にはいるはずなんだがな」
 そう言って、彼は体を後屈させて唸った。
 と、その時、国崎が持っていたトランシーバーがノイズ音を発した。
『亮平さま。階段下の物置にいらして下さい』
 ノイズ音に混ざって、抑揚のない女声が聞こえた。
 亮平と新垣は顔を見合わせた。
「俺は能見さんを呼んでくる」
「分かった。先に行っておく」
 そう言って、彼らはそれぞれ別の方向に歩き始めた。






 国崎が階段下に取り付けられた扉を開けると、フィグネリアが待っていた。彼女は『亮平様』と呟くと、足下を差し示した。
『ここに地下への扉があるのですが、鍵が掛かっておりまして』
 彼女の差す先には電子錠が取り付けられた扉があった。
『お手を煩わせるようで申し訳ございませんが、手荒に取り扱えば開閉さえ適わなくなると思いました』
「ああ、正しい判断だ」
 そう言って彼は電子錠の画面に触れた。
「まあ、俺も丁寧とは言えない、が!」
 彼が短く叫ぶと、電子錠がピピッと施錠完了の電子音を発した。
『流石です。亮平さま』
 亮平はその称讃に小さく頷いて、扉を開けた。
 その奥には闇と階段が待っていた。
「さて、行くか」
 そう言って彼らは闇の中に沈んでいった。






「何だ? ここ……」
 しばらく歩いた後、亮平たちが行き着いたのは古びた建物だった。
 廃墟、と呼ぶに相応しいその建物はまるで――


「まるで――俺が前に潰した生産工場みたいだな」
『亮平様、お頭をお下げになって!』


 と言いながら、フィグネリアは亮平の体を突き飛ばした。


 刹那――亮平の頭上を小刀が通過した。


 フィグネリアがいち早く起き上がり、手首の銃で小刀が飛んできた方向を撃ち抜いた。ガシャンと何かが崩れる音が聞こえた。


「助かった。フィグネリア」
『亮平様。前回のようにうまくいくと思ってはなりませんよ』
「分かっているつもりだ」
 そう言って彼は立ち上がった。


「フィグネリア」
『心得ております』


 フィグネリアは肩に手を当て、そこから金属の棒を引き抜いた。


 そしてそれを亮平に放り投げた。


 ――銃声。


 亮平は金属の棒を受け取って、空を薙いだ。
 彼の背後の壁が弾けた。


「足を引っ張るんじゃないぞ」
『亮平様こそ』
 そう笑って、彼らは二方向に飛び退いた。
 彼らが立っていた場所を銃の軌道が通過した。






「まったく、早とちりなやつだ」
 新垣は文句を垂れながら、懐中電灯を片手に歩いていた。
「警察から正式に雇われたわけじゃないのに勝手な行動しやがって」
「雇われているのはあなたも同じでしょう」
「ですが、僕はこんな勝手な真似は……」


 ――銃声。


「!」
 二人は同時に、その音のした方へと目を向けた。
「急ぎましょう」
 そう言って彼らは駆けだした。






「くそ、こんなところまで打ってくるのかよ。しつこいな」
 国崎は金属の棒を振り回しながら、険しい顔でそううそぶいていた。
「フィグネリア! そっちはどうなっている?」
 と彼は天井を仰ぎ見た。そこにはうようよと――数は二十を超えるだろう――蟻のようにアンドロイドが群れていた。
 ……否、天井にアンドロイドがいるのではない。天井から国崎が見下げているのだ。
 つまり彼は天井に張り付いているのだ。コンクリートで造られた天井に。
『申し訳ございません。人間の体熱をサーモグラフィーが認めないのです』
 彼が新たな銃弾を躱した時、トランシーバーからフィグネリアの声が返ってきた。
「という事は、機械の熱は感知しているわけだな」
『はい。先程から』
 国崎はフィグネリアの言葉を聞いて頷いた。
「もしかして……」
 と言いかけた国崎の鼻先を小刀が通り抜けた。
「今はこっちが先か……!」
 国崎は腕時計を確認する。
「そろそろ時間も稼げたな」
 彼は数回金属の棒を振るって、身構えた。そしてにやりと不敵な笑みを浮かべて、大きく息を吸い込んだ。
「やるしかないか」
『強力な磁力を観測。強力な重力も共に観測』
「俺の力は磁力だけを扱う能力じゃないぜ」
 そう言って彼はアンドロイドたちの真ん中に飛び降りた。
 受け身を取って、彼はゆっくりと立ち上がった。そして、周りのアンドロイドを見回す。
 アンドロイドも彼の行動がよ 読めずにただ身構えている。そんな視線の先で、彼は高く金属の棒を振り上げた。そして――
「……ッ!」
 彼はそれをただ垂直に下ろした。
 それだけで彼の金属の棒が向いていた方向の直線上にいたアンドロイド四機がひゃげて潰れた。
 それを合図にアンドロイドは彼に襲いかかった。


 銃声。それと共に彼の肩に穴が空いた。彼の力でもこの至近距離からの射撃の軌道は変えられない。


「ぐ……ぅ」


 唸る彼の体に続けて、銃弾が二発。胸と足に打ち込まれた。


「国崎!」
 その時、国崎の背後にいた数機のアンドロイドの頭部が液体の鉄と化した。
 新垣が扉から現れて、構えていた手を下げて、アンドロイドに向けて走りだした。
「人型を仕留めるのは、少し気が引けるけ、ど!」
 新垣は素早く瓦礫のかげに隠れて、銃弾をやり過ごした。
「能見さん、奴らの足を」
「了解」
 能見が扉から顔を出して、手を突き出した。
 その瞬間、地面に膝をついた国崎に襲いかかろうとしていたアンドロイド達がバランスを崩して、倒れこんだ。
「……余計な真似を」
「何が余計な真似だ。お前一人だったら、どう見ても死んでいただろ」
 新垣は国崎に駆けよってそう言った。
 言葉を発している間にも、彼は人工知能が内蔵されているアンドロイドの頭部を溶かしていった。
 能見は二人の生存を確認すると、辺りを見回した。
「片付いたけど……フィグネリアちゃんは……?」






『高月警視正』
「何者だね、君は」
『雑事用ロボットTYPE―3。フィグネリアです』
「ほう。僕は雑事用のアンドロイドを配備した覚えはないがね」
『そうでしょうね。私は侵入者ですから』
「丁寧な口ぶりの侵入者だね」
『しかし、驚きですね』
「何にだい?」
『アンドロイドが警視正まで階級を上げるなんて』
「へえ、君は僕の正体を?」
『はい。さて、本題ですが、色々吐いて生き延びますか? それとも吐かずに死にますか?』
「僕が後者を選ぶ事は分かっているのだろう?」
『では、残念です』
「おやすみ。短い出会いだったね」


『おやすみなさい……』


 だぁん――……。


『……。さて、メモリーチップを回収いたしましょうか』






『亮平様。高月警視正を仕留めました』
「了解」
 トランシーバーにそう返答し、国崎はホッと息を吐いた。
「何で勝手に抹殺しているんだよ! 高月警視正は犯人じゃなくて容疑者だったんだぞ」
 新垣が怒鳴る声を国崎はいかにも不快な顔を見せて「うるさいなぁ」と呟いた。
「公務執行妨害罪に殺人未遂、機械使用虐殺未遂。人間じゃない奴がここまでやらかしたら殺してもいいだろ」
「人間じゃない……?」
「……そうか。アンドロイドが警察内に紛れ込んでいたのね」
 驚く新垣の横で、能見が「成る程」と頷いていた。
「フィグネリアが熱感知で見たところ、高月警視正の熱は人間のそれじゃなかったらしい」
「そうか。熱か」
「見た目は似せる事はできても、本質的なところは似せられないのね」
 能見は大きく頷いて、使命感の光の籠った瞳で言った。
「これは警察内を全部洗った方が良さそうね。総監に伝えておくわ」



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