マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―
九話 交錯するモノ
永遠ともいえる、長くて暗い道。
そこを……あてもなく走っていた。
思い出されるのは、ついさっきまでいた家族のこと。
最初は父。
「早く、早く行くんだっ! このシャッターがどれだけ持つかわからない」
そういって、父は急かしていた。
「でもっ!!」
そういう母を父は諌める。
「行くんだ! 大丈夫、後で追いつくから」
にこっと安心させるかのように微笑んで、父は続けた。
「これが終わったら、もう一度、買い物しよう。まだ土産買ってないだろ?」
「……うん」
頷く僕の頭を、父は優しく撫でてくれた。
「さあ、行け! また会おう!!」
だが、僕は知っている。
このシャッターは、外側でしか閉められない。
そして、そこから入ることは……不可能。
遠くで聞こえた銃声と父の叫び声が、今でも耳にこびり付いている。
最後に母。
母は近くに取り付けられた消火栓を持ち、勇ましい姿を見せていた。
「ここは、私に任せなさい。あなたは、このまま真っ直ぐ行くの。この先にはヘリポートがあるわ。きっと助けてくれる」
「で、でもっ……!」
消火栓を置き、未だ迷う僕の肩をしっかりと掴むと母は。
「大丈夫、私も後でパパと一緒にあなたのところへ行くわ。それにあなたに似合う服、まだ選んでないわ。買ってあげるって言っていたでしょ?」
「……うん」
涙を拭って、僕は笑顔を見せた。
「そう、あなたは笑顔が一番。さあ、行って! 行くのよっ!!」
僕の肩から暖かい手が離れる。
僕は忘れない。母の最期の言葉を。
「あなたの結婚式に、行けないなんて本当に残念」
背中越しに聞いた、その言葉を。
駆けてゆく、駆けてゆく。
僕らは、本当は楽しい家族旅行に来ていたはずだった。
なのに……僕らは、厳しくも辛い事件に巻き込まれてしまった。
視界が歪む。
汗か何かが頬を伝う。
後ろは振り返らない。
僕は、生きると決めたんだ。
そう、僕は、絶対に生き残るんだっ!!
しかし……そこにあったのは、『絶望』だった。
「う、嘘……」
何もなかった。
ヘリポートには、助けもヘリも何もなかった。
あるのは、殺風景な屋上。ところどころで煙が上がるビルディング。
後方から近づく、重々しい足音。
僕は追いやられる。
『絶望』の淵に。
屋上の淵まで。
下から吹き付ける強い風が、恐ろしかった。
足は震えていた。
僕も父と母のように死ぬんだと思った。
アンドロイドの姿を。
向けられた銃口を見た、そのときに。
それこそが、『絶望』。
けれど、僕は願ってしまった。
強く強く願っていた。
――生きたい。と。
体内の奥底から溢れる、なにか。
零れる雫と共に、僕は、ぼろぼろの体を立ち上がらせた。
心と体が欲するままに。
「生きたいっ!!」
淡い蒼い光が、僕の体を包むと、変化が起きた。
一つ目は、視力。
見えないはずの銃弾の軌跡を、スローモーションを見るかのようにしっかりと捉えていた。
二つ目は、強靭な皮膚。
その手のひらで、弾を弾いた。その手はやや焦げていたが、爛れることはなく、少し黒くなっただけだった。
三つ目は、脚力。
近づいてくるアンドロイドから、驚くべき速さで、その距離を開けた。
四つ目は、腕力。
アンドロイドの頭部は弱い。センサー類が集中しているからだ。
思いっきり殴りつけると、そのままひしゃげて、そいつは動かなくなった。
笑った。哂った、嗤った。
「今は、神に感謝しよう! この力をくれたことにっ!!」
そうだ、この力の名が必要だろう。
憎き敵を滅ぼす力に相応しい、力の名を。
「魔法だっ!! そして、この力は《身体強化》!!」
破壊の限りを行った、行って行って、気がついたら、僕は眠っていた。
目覚めたら、この悪夢が終わると信じて……。
ぴぴぴと、聞き覚えのある目覚ましを乱暴に止めた。
「あの夢か……最悪」
がしがしと銀髪の頭を掻くと、A-Sは起き上がった。
そして、ある違和感を感じ、A-Sはまた、顔を歪める。
「こんなときに限ってこれか……」
ため息混じりにパウダールームに入ると、そのままシャワーを浴びる。
「今日は魔導課に行く日だっていうのに」
そう毒付くと、A-Sは苛立ちつつも身支度を整えたのであった。
A-Sは指示された時間通りに、警視庁にたどり着いていた。
そして、目の前にいるのは。
「久しぶりだね、元気にしてたか? あ……いや、今はA-Sと言っていたか」
「……で、僕の望み通りの席を用意してくれたんだろうな? 井伊総監」
腕を組みながら、A-Sはミラーシェード越しに井伊を見据える。
「なんだなんだ、久しぶりのハグとかないのか? 誰が君を助けた……いでっ!」
A-Sは苛立ちを募らせたのか、井伊の足を踏んだ。幸いにも魔法なしで。
「そういうのは間に合ってる。それよりも僕の答えは?」
「はあ……出会った時は、もう少し大人しい可愛らしい子だったんだけどな」
そういって、井伊が取り出したのは、一枚のカード。
「特別協力捜査員?」
魔導課所属の特別協力捜査員、カードにはそう記されていた。
ご丁寧に、ミラーシェード姿のA-Sの写真と、『A-S』という名前も。
それにファーストウェイカーというのも、記されている。
「そう。何かあれば、これを見せればどうにかなるはずだ」
なんてことないといったそぶりで、井伊は、A-Sにカードを手渡した。
「……わかった」
それでも若干、不機嫌さをかもしながらも、A-Sは頷き、そのカードを懐に仕舞いこむ。
「さてっと、渡すものも渡したし、後は案内だけか。あ、便所はそこだからな」
「言われなくても分かる」
じと目で見るA-Sに気付いたのか、井伊は笑みを零しながら。
「それに案内されなくとも僕はこれで……って、おじさまっ!?」
ぐいっとA-Sの手を引き、ずんずんと警視庁の中へ。
「ついでに魔導課にも顔を出してけ。ウェイカーでは先輩でも課では新米なんだからな」
「だっ、だから、僕はっ!!」
相手がアンドロイドなら、気兼ねなく魔法で蹴散らしていただろう。
だが、井伊は違う。しかも、一応、自分を救ってくれた人なのだ。
あの事件と、その後のケアとで。
「仕方ない、付き合うか……」
小さく呟いて、井伊に従うように付いていく。
「そうそう、人間素直が一番だよ」
と、井伊が言ったときだった。
――!?
何かを感じた。
胸の奥が騒ぐような、チリチリとした感覚。
いうなれば、A-Sの第六感が感じ取ったというものか。
「どうかしたのか、A-S?」
怪訝そうな顔をするA-Sを心配げに見つめる井伊に、A-Sは言葉を濁す。
「あ、いや……たぶん、気のせいだ」
「ならいい」
にっと再び笑みを滲ます井伊に、A-Sもまた、苦笑を浮かべるが。
――あれは、いったい何だろうか?
願わくば、この想いが杞憂に終わればいいと思う。
嫌な気配を感じたなんて、誰が言えるだろうか?
いやと、A-Sは考えを改めた。
――もし、なにかあるならば、僕がそれを知らせればいい。いや、暴けばいいのだ。
「……で、現在、魔導課には能見という女性のウェイカーと、新垣という……おい、聞いてるのか?」
「ああ、聞いてる」
頷いたのを確認してから、井伊は口を開く。
「新垣は、お前と年が近いから、話しやすいんじゃないか?」
「ふうん……新垣、か。覚えておこう」
「それともう一人、ジョナサンというおっさんも来る予定だ」
「……おっさん……」
思わず心の中で、ジョナサンという男に合掌してしまう。
「ああ、あと、ウェイカーじゃないのも一人……槙原って言うやつだ。メンバーはこれくらいか。まあ、後は直接会って、確かめてくれ」
と、井伊が足を止めた。
その扉には、魔導課の刻印が刻まれている。
「この先が、魔導課だ。ようこそ、A-S。歓迎するよ」
「今日はここまでだ」
「ん?」
「まだ入るとは言っていない。席さえあればそれでいい。馴れ合うつもりもないからな」
そういうA-Sに井伊はため息をついた。
「そう言わずに挨拶だけでも……って、おい」
A-Sはそのまま、さっさと帰ってゆく。
「けど……まあ、これで大体の人員は揃ったか」
井伊は瞳を細めて、満足げな笑みを浮かべる。
「そろそろ『あれ』を始めても良い頃合……だな」
振り返り、もう一度、魔導課の扉を見つめ、ノブに手をかける。
「『ハウリング・フェンリル』……俺達にしかできない、作戦をな」
そこを……あてもなく走っていた。
思い出されるのは、ついさっきまでいた家族のこと。
最初は父。
「早く、早く行くんだっ! このシャッターがどれだけ持つかわからない」
そういって、父は急かしていた。
「でもっ!!」
そういう母を父は諌める。
「行くんだ! 大丈夫、後で追いつくから」
にこっと安心させるかのように微笑んで、父は続けた。
「これが終わったら、もう一度、買い物しよう。まだ土産買ってないだろ?」
「……うん」
頷く僕の頭を、父は優しく撫でてくれた。
「さあ、行け! また会おう!!」
だが、僕は知っている。
このシャッターは、外側でしか閉められない。
そして、そこから入ることは……不可能。
遠くで聞こえた銃声と父の叫び声が、今でも耳にこびり付いている。
最後に母。
母は近くに取り付けられた消火栓を持ち、勇ましい姿を見せていた。
「ここは、私に任せなさい。あなたは、このまま真っ直ぐ行くの。この先にはヘリポートがあるわ。きっと助けてくれる」
「で、でもっ……!」
消火栓を置き、未だ迷う僕の肩をしっかりと掴むと母は。
「大丈夫、私も後でパパと一緒にあなたのところへ行くわ。それにあなたに似合う服、まだ選んでないわ。買ってあげるって言っていたでしょ?」
「……うん」
涙を拭って、僕は笑顔を見せた。
「そう、あなたは笑顔が一番。さあ、行って! 行くのよっ!!」
僕の肩から暖かい手が離れる。
僕は忘れない。母の最期の言葉を。
「あなたの結婚式に、行けないなんて本当に残念」
背中越しに聞いた、その言葉を。
駆けてゆく、駆けてゆく。
僕らは、本当は楽しい家族旅行に来ていたはずだった。
なのに……僕らは、厳しくも辛い事件に巻き込まれてしまった。
視界が歪む。
汗か何かが頬を伝う。
後ろは振り返らない。
僕は、生きると決めたんだ。
そう、僕は、絶対に生き残るんだっ!!
しかし……そこにあったのは、『絶望』だった。
「う、嘘……」
何もなかった。
ヘリポートには、助けもヘリも何もなかった。
あるのは、殺風景な屋上。ところどころで煙が上がるビルディング。
後方から近づく、重々しい足音。
僕は追いやられる。
『絶望』の淵に。
屋上の淵まで。
下から吹き付ける強い風が、恐ろしかった。
足は震えていた。
僕も父と母のように死ぬんだと思った。
アンドロイドの姿を。
向けられた銃口を見た、そのときに。
それこそが、『絶望』。
けれど、僕は願ってしまった。
強く強く願っていた。
――生きたい。と。
体内の奥底から溢れる、なにか。
零れる雫と共に、僕は、ぼろぼろの体を立ち上がらせた。
心と体が欲するままに。
「生きたいっ!!」
淡い蒼い光が、僕の体を包むと、変化が起きた。
一つ目は、視力。
見えないはずの銃弾の軌跡を、スローモーションを見るかのようにしっかりと捉えていた。
二つ目は、強靭な皮膚。
その手のひらで、弾を弾いた。その手はやや焦げていたが、爛れることはなく、少し黒くなっただけだった。
三つ目は、脚力。
近づいてくるアンドロイドから、驚くべき速さで、その距離を開けた。
四つ目は、腕力。
アンドロイドの頭部は弱い。センサー類が集中しているからだ。
思いっきり殴りつけると、そのままひしゃげて、そいつは動かなくなった。
笑った。哂った、嗤った。
「今は、神に感謝しよう! この力をくれたことにっ!!」
そうだ、この力の名が必要だろう。
憎き敵を滅ぼす力に相応しい、力の名を。
「魔法だっ!! そして、この力は《身体強化》!!」
破壊の限りを行った、行って行って、気がついたら、僕は眠っていた。
目覚めたら、この悪夢が終わると信じて……。
ぴぴぴと、聞き覚えのある目覚ましを乱暴に止めた。
「あの夢か……最悪」
がしがしと銀髪の頭を掻くと、A-Sは起き上がった。
そして、ある違和感を感じ、A-Sはまた、顔を歪める。
「こんなときに限ってこれか……」
ため息混じりにパウダールームに入ると、そのままシャワーを浴びる。
「今日は魔導課に行く日だっていうのに」
そう毒付くと、A-Sは苛立ちつつも身支度を整えたのであった。
A-Sは指示された時間通りに、警視庁にたどり着いていた。
そして、目の前にいるのは。
「久しぶりだね、元気にしてたか? あ……いや、今はA-Sと言っていたか」
「……で、僕の望み通りの席を用意してくれたんだろうな? 井伊総監」
腕を組みながら、A-Sはミラーシェード越しに井伊を見据える。
「なんだなんだ、久しぶりのハグとかないのか? 誰が君を助けた……いでっ!」
A-Sは苛立ちを募らせたのか、井伊の足を踏んだ。幸いにも魔法なしで。
「そういうのは間に合ってる。それよりも僕の答えは?」
「はあ……出会った時は、もう少し大人しい可愛らしい子だったんだけどな」
そういって、井伊が取り出したのは、一枚のカード。
「特別協力捜査員?」
魔導課所属の特別協力捜査員、カードにはそう記されていた。
ご丁寧に、ミラーシェード姿のA-Sの写真と、『A-S』という名前も。
それにファーストウェイカーというのも、記されている。
「そう。何かあれば、これを見せればどうにかなるはずだ」
なんてことないといったそぶりで、井伊は、A-Sにカードを手渡した。
「……わかった」
それでも若干、不機嫌さをかもしながらも、A-Sは頷き、そのカードを懐に仕舞いこむ。
「さてっと、渡すものも渡したし、後は案内だけか。あ、便所はそこだからな」
「言われなくても分かる」
じと目で見るA-Sに気付いたのか、井伊は笑みを零しながら。
「それに案内されなくとも僕はこれで……って、おじさまっ!?」
ぐいっとA-Sの手を引き、ずんずんと警視庁の中へ。
「ついでに魔導課にも顔を出してけ。ウェイカーでは先輩でも課では新米なんだからな」
「だっ、だから、僕はっ!!」
相手がアンドロイドなら、気兼ねなく魔法で蹴散らしていただろう。
だが、井伊は違う。しかも、一応、自分を救ってくれた人なのだ。
あの事件と、その後のケアとで。
「仕方ない、付き合うか……」
小さく呟いて、井伊に従うように付いていく。
「そうそう、人間素直が一番だよ」
と、井伊が言ったときだった。
――!?
何かを感じた。
胸の奥が騒ぐような、チリチリとした感覚。
いうなれば、A-Sの第六感が感じ取ったというものか。
「どうかしたのか、A-S?」
怪訝そうな顔をするA-Sを心配げに見つめる井伊に、A-Sは言葉を濁す。
「あ、いや……たぶん、気のせいだ」
「ならいい」
にっと再び笑みを滲ます井伊に、A-Sもまた、苦笑を浮かべるが。
――あれは、いったい何だろうか?
願わくば、この想いが杞憂に終わればいいと思う。
嫌な気配を感じたなんて、誰が言えるだろうか?
いやと、A-Sは考えを改めた。
――もし、なにかあるならば、僕がそれを知らせればいい。いや、暴けばいいのだ。
「……で、現在、魔導課には能見という女性のウェイカーと、新垣という……おい、聞いてるのか?」
「ああ、聞いてる」
頷いたのを確認してから、井伊は口を開く。
「新垣は、お前と年が近いから、話しやすいんじゃないか?」
「ふうん……新垣、か。覚えておこう」
「それともう一人、ジョナサンというおっさんも来る予定だ」
「……おっさん……」
思わず心の中で、ジョナサンという男に合掌してしまう。
「ああ、あと、ウェイカーじゃないのも一人……槙原って言うやつだ。メンバーはこれくらいか。まあ、後は直接会って、確かめてくれ」
と、井伊が足を止めた。
その扉には、魔導課の刻印が刻まれている。
「この先が、魔導課だ。ようこそ、A-S。歓迎するよ」
「今日はここまでだ」
「ん?」
「まだ入るとは言っていない。席さえあればそれでいい。馴れ合うつもりもないからな」
そういうA-Sに井伊はため息をついた。
「そう言わずに挨拶だけでも……って、おい」
A-Sはそのまま、さっさと帰ってゆく。
「けど……まあ、これで大体の人員は揃ったか」
井伊は瞳を細めて、満足げな笑みを浮かべる。
「そろそろ『あれ』を始めても良い頃合……だな」
振り返り、もう一度、魔導課の扉を見つめ、ノブに手をかける。
「『ハウリング・フェンリル』……俺達にしかできない、作戦をな」
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