マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―

秋原かざや

五話 魔導課発足

 ギガロポリス東京・霞ヶ関エリア。未だに整備されることがなく、雑草や建物の破片によって荒れ放題になった道を1人の男が歩いていた。
 男の名前は槙原まきはら 浩輔こうすけ。昨日、上司から突然、警視庁に新しく出来るという部署への異動を命じられていた。
「えーっと、警視庁は……あ、あの建物か」
 この槙原、東京に来るのは中学の修学旅行で来て以来、12年ぶりのことだった。ワープパネルの普及で時間もかからず好きな所へ旅行できる時代になっていたが、彼はそれがあまり好きではなかった。
 当時、金持ちの道楽、と笑われるようになっていた電車で乗り継いだり、自動車に乗って行く方が彼の肌にあっていたのだ。しかしそれを使うとワープパネルの数十、数百倍の費用がかかった。そのため、それを使ってののんびり東京巡りは老後の楽しみにしよう、なんて考えていたのだが、その夢は木っ端微塵に砕かれた。あの事件によって……。


 警視庁に着き、受付で手帳を見せると、すぐに総監室へと案内された。
(うわ……すごい広いな……)
 案内された総監室は、刑事ドラマの一場面をそのまま切り取ってきたかのような姿だった。そして奥の高そうな椅子には……誰も座ってなかった。
「あ、あのー、総監は……」
「総監はただいま、槙原さん以外のメンバーを迎えに行ってます」
 ここまで槙原を案内した女性が無表情で答えた。
「あ、そうですか……」
 槙原は少しだけ不安になった。総監直々に迎えにいくほどの人物が自分の相棒になるかもしれないからだ。そんなことを考えていると総監室の扉が開き、件の警視総監、井伊いい 明仁あきひとが入ってきた。2人は反射的に敬礼していた。井伊は2人の姿に気づくと申し訳なさそうな顔をした。
「遅くなってすまなかったな。突然呼び出したというのに」
 そう言うと井伊は頭を軽く下げた。思わず槙原も頭を下げる。
「いえ、こちらこそ呼んでいただき……」
「いやいや、そこまで畏まらなくてもいい。とりあえず、話をしようか」
 頭を上げた井伊はそのまま奥の椅子に座った。そして目で2人に着席を促す。槙原と女性は来客用のソファに座った。
「『マシンナーズ・パンデミック』について、2人とも知っているな」
「はい。約4年前にニューヨークで起きたのを皮切りに世界各地で発生している、ワープパネルが起動しなくなると同時に、ロボットが制御を失い暴走、多くの死傷者を出している事件の総称ですよね」
 女性が一気に言うと、槙原の方をちらりと見た。槇原はそれを「話の続きを言え」という意味だととらえた。
「日本でも3年前に発生して、主に警察に配備されていた『P-19R』などによって前警視総監である金原かねはら 昴大こうだい氏はじめ、大量の死傷者を出る事件となりました。犯人の正体や方法、犯行動機は未だ不明。……ってところですかね」
 槙原は少し警戒しながら女性の方を見た。女性は満足そうにうなづいていた。どうやら槙原の予想は外れてなかったようだ。
「そこまでわかっているなら話が速い」
 そう言うと井伊は机からホッチキスで留められた何十枚にもなる書類を取り出した。
「その未だ不明となっている犯人の正体や方法、犯行動機を明らかにする。それが君たち『魔導課』の任務だ」
 この時、槙原は初めて自分の異動先の部署の名を知った。




 「魔導課」と書かれた扉を開けると、そこには髪を赤く染めた少年がすでにいて、荷物の整理を始めていた。
「あ、あなた達が俺の同僚ですか」
 少年が入ってきた槙原と女性に気づいて声をかけてきた。
「どうも。新垣あらがき 悠斗ゆうとっていいます。アギトは高熱発生オーバーヒート。一応、一般市民からの雇われ組、ってことで。よろしくお願いします」
 少年ーー新垣が頭を軽く下げた。警官2人も自己紹介をする。
能見のうみ 三葉みつば。階級は警視。アギトは異常発芽プレイグプラント。よろしく」
「あ、俺は槙原浩輔。階級は警部、非ウェイカーだ」
「非ウェイカー!? なんでこんなところに」
 新垣が驚いたように槙原を見る。
「『ウェイカーだけだとバランスがとれないから』だそうだ。ま、本音は丸腰だとわかっている連絡係が欲しかったってとこだろ」
「あぁー、なるほど。ウェイカーはある意味全身凶器みたいな物ですからね」
 信用ねぇなぁー、と新垣がケラケラと笑う。その様子を能見は「ウェイカー=全身凶器」と言われたからか、苦々しい顔で見ていた。


 荷物を一通り片付け終わり、一息ついた頃、新垣がヤカンを片手に部屋に入ってきた。
「槙原さーん、能見さーん。お湯沸かしますけど、何か飲みますー?」
「私はいらない」
「あ、じゃあ、コーヒー入れてくれよ」
「りょーかい」
 新垣はヤカンにジャボジャボと水を入れ、蓋をすると指をパチン、とならした。すると突如としてヤカンから水蒸気が吹き出した。
「おおー」
 槙原が驚嘆の声をあげる。
「聞いてはいたけど、実際に見るとすごいな」
「お褒めにあずかり光栄です」
 新垣はわざとらしく丁寧語で返した。そして沸いたお湯でコーヒーを入れる。
「はい、どうぞー」
「サンキュ」
 槙原がコーヒーを受け取ると、能見がすかさず新垣に紙束のコピーを渡した。
「え、紙……ですかこれ」
 新垣は困惑したように書類を見た。
 なぜなら電子書類が普及した現代で紙の書類の出番はほとんどなくなっていたからだ。しかし重要性の高い物はこうして紙を使うことが未だに多かった。理由の1つとしては、消去してもハードディスクなどに残っている痕跡から復元が可能である場合が多い電子書類に対し、紙の書類は燃やすだけでいい、という廃棄のし易さが挙げられている。
「と、いうことはこれって相当重要な書類、ってことですか?」
 どうやら新垣はそのことを知っていたようだ。その言葉に対し、能見は肯定の意でうなづいた。新垣は怪訝そうな顔で書類をめくり始めたが、1枚目を見た瞬間に凍りついた。




 【P-19R】、バイクに変形可能で16口径のライフルを標準装備している最新型のロボット。ロボットテロへの対抗手段として各警察署に配備されていたのだが、その銃口は結果として罪の無い一般市民に向けられることとなった。事件が発生した3年の間に確認された物だけでも1015681人を殺害、22648025人を負傷させていた。
 隊員によってはビームサーベルやガトリング砲などを改造して取り付けていたため、その戦闘能力は非常に高く、現在起動している機種はそのような改造された物がほとんどであった。ちなみにその改造費用は隊員の懐からではなく、国民の税金から出ていた。……公表されることは今後も一切ないだろうが。
 先ほど井伊から手渡されたこの書類には現在稼働しているP-19Rのデータが全て記載されていた。ただし失踪時のデータではあるため、現在も同じ装備をしているのかは不明であるが。
「税金泥棒とか言われても仕方ない、と思ったわ。これを初めて見た時」
「確かに。こうしてみるとえげつないですね。こいつの装備とか合計1億は軽くいってますよ」
 能見と槙原がそんな話をしている中、新垣の目はあるページに釘付けになっていた。
「そうか、まだ倒されてないのか……」
 そう言うと、新垣はまるで悪魔のような笑みを浮かべた。しかし話に集中していた2人はそれに気づくことはなかった。


――――――――――――――――――――――


「……ヒマだ」
 槙原は1人で部屋にある仮眠用ベッドに転がっていた。
 魔導課発足から5日。あれから魔導課は壁外で確認されているロボットの行動パターンを調査していた。その結果、何体か旧横浜エリア・赤レンガ倉庫跡に潜伏していることが明らかとなった。
 ここに犯人のアジト、もしくは手がかりがあると予想されたため、戦闘に陥ることも考慮し、ウェイカーである新垣・能見の両名が捜査員として派遣されることになった。
 何の能力も持たない槙原はお留守番となった。本当は後援部隊という名目で同行したかったのだが、能見に「足手まといになるので来ないでください」と釘をさされてしまったのだ。
 突然電話が鳴る。槙原はしぶしぶ起き上がり、電話を取りにいった。
「はい、もしもし?」
 不機嫌なのを隠そうとせずに槙原は電話に出たが……
『井伊だが』
「総監!?」
 通話相手はまさかの警視総監だった。
「す、すいません! お待たせしてしまって!」
 先ほどの悪態はどこへやら、槙原は即座に直立不動の状態になった。 
『いや、別にいいさ。それより、どうせ今ヒマだろ? それだったらちょっと総監室に来てくれないか?』


 通話を終えた後、猛スピードで庁内を走った槙原はものの数分で総監室の扉の前に立っていた。
「失礼します」
 扉を叩き、室内に入ると、ポテトチップスのようなもの片手にソファに寝っ転がりながら巨大スクリーンで何かを見ている井伊の姿があった。
「おー、早かったな」
「そ、総監……。何のんびり食べてんですか……」
「ん? メークフードだけど」
「メークフードって……携帯非常食じゃないですか! 籠城用の貴重な食料をスナック感覚で食べないでください!!」
「だって、袋見てみろ。もうすぐ期限切れだったんだよ。このまま腐らすのももったいないだろ?」
 槙原は近くに置いてあるゴミ箱から何個もあるメークフードの袋を取り出した。すると全部消費期限が一週間以内に迫っていた。それがわかっても、槙原の表情は晴れなかった。
「……食べてる理由は分かりましたけど……仕事はどうしたんですか仕事は!」
 近くにあった机をバンバンと叩く槙原に、井伊は面倒くさそうに起き上がりながら言った。
「もうあらかた片付け終わったからこうしてのんびりしてんだよ……。仕事してたら気軽に呼んでないし……。それとさ……ここだったらいつもの呼び名でいいぞ。盗聴されてる心配はないから」
 槙原は先ほどからフランクになっている井伊の態度に思わずため息をついた。


 井伊と槙原の父は幼馴染で、成人してからも互いの家を行き来する仲であった。その流れから槙原も子供の頃から井伊によく遊んでもらっていたのだ。そのため、槙原にとって井伊はただの「おまわりさんやっているおじちゃん」だった。
 そんな中で槙原が警察官を志すきっかけとなったのはテレビ番組の改編期によくやる「警察24時」だった。いつもは見ない番組だったが、その時はたまたま井伊が取材されているのを聞いていたので、見ていたのだ。そこに映っていた井伊はいつもの気さくなおじちゃんではなく、真面目な顔をして必死に犯人を追う1人の警察官だった。
 それを見た時、槙原の中で「井伊のおじちゃん」は「明仁さん」にクラスアップした。槙原浩輔、8歳の夏のことだった。


 それから槙原は井伊の横に座り、一緒にメークフードをかじっていた。
「それにしても、これはどこなんですか? ぱっと見何かの建物の中に見えるんですけど」
 コーヒーを飲みながら槙原はスクリーンの映像を指差した。
「あー、赤レンガ倉庫だよ」
 井伊はなんてことないような風に言った。槙原は思わず口に含んでいたコーヒーを吹き出しかけ、おもいっきりむせた。
「……わざわざ中継ロボ送り込んだんですか?」 
「ああ。能見くんにキッツーイ言葉ぶつけられて、きっと拗ねてるだろうと思ってね」
「ははは……」
 だいたい当たっていたので、槙原は乾いた笑いしかできなかった。すると井伊は思い出したように槙原に質問した。
「で、どうだい? 新垣くんの様子は」
「え? なんというか……髪染めてる以外は普通の明るい少年ですよ」
「ふーん……。なんか意外だな」
「どうしてそう思うんですか?」
「それは……おっ、主役の登場だぞ」
 井伊が何かを言おうとしたのをやめ、スクリーンに注目しだした。


――――――――――――――――――――――


「……新垣」
「どうしました? 能見さん」
 声をかけられた新垣はくるりと後ろをむき、能見を見た。声をかけた能見はなぜか険しい顔をしていた。
「あっちの方から妙な視線を感じるんだけど……」
「ん〜?」
 新垣が能見の指した方向に目を凝らしてみると、点滅する赤と白の光が見えた。その光に新垣は見覚えがあった。
「……撮影用のロボですね」
「撮影用? まさか、侵入者を確認するための!?」
 能見の顔が一気に険しくなり、今にもアギトを発動させる体勢に入った。それを見た新垣は慌てて能見を制した。
「大丈夫です! あれ、警察の機体ですから!」
「警察の……?」
「はい。撮影時に白い光を出すのは警察にパンデミック後に配備された『C-109』だけですから」
 能見の体から殺意が消える。同時に怪訝な顔になった。
「なんでこんなところに警察の機体が……?」
「たぶん、俺たちの様子を見るためでしょう。もし親玉が奥にいたり、俺たちがやられたりしたら援軍を派遣するつもりなんでしょう」
 新垣は片手でピースサインをしながらカメラがある方向を見た。それを見て能見は呆れたようにつぶやいた。
「……こんなので本当に戦力になるのかしら……」
「ん? なんか言いました?」
「何も言ってない!」
 能見は大声を出して、新垣の質問をかき消した。


 階段を降り、しばらく進んで行くとガッチャンガッチャン、とテンプレートな音が奥から聞こえてきた。
「……お出ましのようね」
 音が近づくにつれ、銀光りする虫型のロボットが進路を塞ぐように次々と目の前に現れた。
「えーっと……アント22機に、スコーピオン5機か……」
 アントーー【ウォーリア・アント】、全長5mほどの小型機で、元々は警備用に造られた機体で、主に暴徒の進行を妨害するための壁としての役割を任されていた。
 小回りはきくが、動く速度は非常に遅く、成人女性が本気で走れば充分逃げ切れる程度。そのため危険度は最低ランクの「E」評価だが、リミッターが解除されたことで、岩を粉々に砕くこともできるようになったアゴ型アームに捕まれば、即死は免れられない。
 対するスコーピオンーー【アスモデウスLP】は2本の巨大ハサミ型アームを持つ、こちらも警備用に造られた機体である。アントと比べて約3倍の大きさをもつが速度は同じ程度である。しかし危険度は「C」だった。その理由は……


 新垣が何かに気づき、素早く右に跳ぶ。すると先ほどまで彼が立っていたところにむかって赤い線が通った。そしてその線は奥にあった木箱を射抜き、炎上させた。
 スコーピオンがCランクになった理由、それは尻尾のように機体の後ろから伸びるレーザーガンである。本来はレーザーポインタとして、暴徒と化した人々を確実に掴み、確保するために使われていたが、出力を変えたことで人の体を簡単に射抜く武器へと変貌したのだ。
 レーザーガンの連射を避けた新垣は突然、応戦しようとする能見の手をとって、近くの木箱の影に隠れた。
「何するの!」
「ちょっと確かめたいことがあって……能見さん、リミットはどれくらいですか?」
 能見の抗議を頭から無視した新垣は、自分達の観測範囲から新垣達が消えたからか、遠ざかって行くロボットを注視しながら言った。能見はそれに対し、怪訝な顔をしながら答えた。
「……だいたい200株ぐらいで『副作用』が起きるわ」
「了解。じゃあ、ここで見ててください。全部片付けちゃうんで」
「え、あっ、ちょっと!?」
 新垣は能見の制止を振り切り、物から飛び出した。1番近くにいたスコーピオンが新垣に気づき、すかさず照準を合わせる。そして、レーザーを発射……しなかった。
 というより、出来なかった。発射しようとした時、すでにレーザーガンは赤く発光する液状の鉄に変貌し、胴体部分に落ちていた。
『異常事態発生、異常事態発生』
 スコーピオンが無機質な声で叫ぶ。その声に気づいて次々と別のロボットが戻ってきた。その模様を落ち着いた様子で見ながら、新垣は物影にいる能見に声をかけた。
「能見さん! AIチップはどうしますか!」
「アントとスコーピオン、1体ずつあればいい!」
「了解!」
 その言葉が一方的蹂躙の合図だった。


――――――――――――――――――――――


「能見三葉、ただいま『研究所』より帰還致しました」
 そう能見が井伊の前で報告したのは魔導課設立の約半年前だった。
 この頃、精神に直接ショックを与えることで人為的にウェイカーを作れるようになって約1年が経っていた。そのウェイカーを作る施設は市民から「研究所」と呼ばれ、羨望の眼差しを受けていた。
 しかしうまくいけば暴走するロボットに対抗する能力を手に入れることができる一方で、多額の金銭が必要であることや、与えられたショックに耐え切れず、廃人と化す者や心臓発作を起こし死ぬ者がたくさんいること、さらに無事覚醒したとしても、本当にロボットに対抗できる力を手に入れられるかどうかもわからないこともまた事実、まさにギャンブルのような物だった。
 そのため能見も親族から猛反対を喰らったらしいが、能見はそれを押し切って、申請に必要な書類に判を押してもらったそうだ。
 そして2ヶ月前から能見は警視庁職員としては初めて「研究所」に入り、覚醒してきたのだった。
「ご苦労だったな。で、どんな能力を身につけたのかな?」
「植物のツルを発生させて、対象物を握り潰す能力でした。所員の方は『異常発芽』とよんでました」
「……一応君の望んでいた『ロボットに対抗できる能力』ではあったんだね。それで、『副作用』の方はどうなった」
「……それは」
 突然、能見の顔が曇った。
「一度に200株以上発現すると、一時的に体が動かなくなります……。それと近くに水と土がなければ死んでしまう可能性が高いと……」
 ウェイカーがアギトを一定量発動すると、体に何かしらの変化もしくは負荷がかかることが確認されていた。それは俗に「副作用」と呼ばれた。これは天然でも人工でも避けられない物だったが、人工の方が天然よりも重くなることが多かった。まれに人工でも軽い副作用で済む場合もあったが、その場合、発動するアギトも大したことがないことがほとんどだった。
「……場所によっては諸刃の剣、ということか」
「……はい」
 能見は無念そうに答えた。
「でも、ちゃんと自分でコントロールしとけば大丈夫だろう」
「……そうですね。で、お話とは何でしょうか」
「あぁ、『ウェイカーのみで構成される軍事組織計画』については知ってるか?」
「は、はい。研究所ができるまでギガロポリスが主導で行っていた計画ですよね……。法外な契約条件だったにもかかわらず、了承する者は1人もいなかったという……」
 井伊はうなづいた。
「その通りだ。ま、あんな条件で了承する輩がいるはずもなかったんだが」
「え?」
「なんでもないなんでもない。とにかく、その計画は見事に失敗したが視点は悪くないと思っていた。そこで私達警察でもウェイカー部隊を導入しようと思ってね。君にもそれに合流してほしいんだ」
「は、はい。別にいいですが……他のウェイカーは手配できるのですか? 私以外に研究所に入っていた者はいなかったと思うのですが……」
「ああ、一応1人は確保できたよ。やはり持つべきは友、と言ったところかな……あいつがいなければたぶん取れなかったと思う」
 そう照れ笑いしながら井伊は机の中から履歴書を取り出した。その履歴書に貼られた、明らかに隠し撮りだとわかる写真には赤く髪を染めた少年の顔が写されていた。
「……彼が、ですか?」
 能見は履歴書を見ると不安そうな顔になった。
「何か不満かな?」
「不満というか……この子18ですよ? 戦力になりますか?」
 そう言う能見を見て、井伊は意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「……『イスタンブールの太陽』は知ってるかな?」
「……ギガロポリスイスタンブールを大量のロボットが襲撃した事件のことですか? 確か私が研究所に入ってすぐに起きた事件だったと思うのですが……」
「そう。その時『イスタンブールの太陽』を起こした張本人、それが彼だ」


――――――――――――――――――――――


 新垣の頭を噛み砕こうと飛びかかったアントが、一瞬にして熱を帯びて赤く発光する鉄塊となり墜落する。
 スコーピオンが影から新垣を狙ってレーザーを撃とうとしたが、その瞬間支えである尻尾が溶けたことで照準が狂い、検討違いの方向へと飛んでいく。
 それを見て別のスコーピオンは遠距離攻撃が使えないと判断し、目では追えないほどの猛スピードで突進してきたが、すぐに先ほどのアントと同じ運命を辿った。


 次々にロボット達がなす術もなく鉄塊と化していく様子を影から見ていた能見の頬に一筋の汗が流れた。鉄塊と化したロボット達が発する熱によるものではなく、目の前で起きているあり得ないはずの光景に畏怖を感じていたのだった。
 そしてものの数分でロボット軍団はそれぞれ1体ずつ残して、鉄塊と姿を変えた。ただし残った1体もめぼしい武器や推進機関をすでに溶かされ、再起不能な状態に陥っていた。
「はい、一丁あがりっ!」
 手をパンパンと叩くと、新垣は残っていたロボットのAIチップが内蔵されている頭部を引きちぎった。それを見た能見は箱の影から出てくると険しい顔をしながら小声で言った。
「……あの話は嘘じゃなかったってことか……新垣悠斗……」 





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