公爵令嬢の復讐劇

中島鏡花

崩れ落ちる幸せな日常

私達が階段を上った先で見たのは地獄だった。
真っ白だった壁は血で真っ赤に染まっていて、絵画は破け、窓硝子と花瓶は割れ、絨毯は血を吸収して赤黒く染まっている。
でも、何よりも恐ろしかったのは、床に手足よ体の一部が幾つも落ちていた事だ。

「うっ。」

私は口元を押さえた。
デリックの方を見れば、彼も真っ青な顔をして固まっていた。
私の視線に気がついたのか、彼は我に返り、私の手を引いて走り出した。
行き先はお父様とお母様の所だ。
私の部屋の前を通ると、胸から血を流し、虚ろな目をしたメアリが見えた。
私は今泣いてはいけないと自分に言い聞かせながら、唇を噛んだ。

もう少しでお父様とお母様の居るはずの食堂に着く。
もう直ぐ両親に会えるという安心も、一瞬で絶望に変わった。

「オ、オリバー..様...?」

お父様とお母様は血を流して倒れており、オリバー様は血で濡れた剣を持ったまま冷めた目でお父様とお母様を見ている。
そして、その光景を見守るように何十人もの大きな目が背中に描いてある深緑色のコートを被っていて、顔が見えない人達が囲んでいる。

「そ、そんな...嘘だと言ってください、オリバー様!」

彼はゆっくりと私の方を向き、歪な笑顔を浮かべる。

「殺れ!」

オリバー様がそう言うと、コートを被った人が剣を抜き、切り掛かる。
私は痛みに耐えて目を瞑る。
でも、予想していた痛みは無く、変わらに鉄と鉄がぶつかる音が聞こえた。
私が瞼を上げると、目の前デリックの背中が見てた。
彼はここに来る時に護衛兵の遺体から回収した直剣で、敵の攻撃を受け、相手に隙が出来ると勢いよく剣で相手を斬った。

「さあ、早くここから逃げるよ!」

彼は突然の事で意識が追いついていない私の手を取り、窓に向かって走り出した。
私は考える事を止め、デリックに手を引かれて走った。
彼は私を抱きかかえると、窓から飛び降りた。
デリックは近くの馬に私を乗せて、自分も乗り、馬を走らせた。
敵はまだ追って来てないようだ。

「デリック...」

私は恐くて不安で、自分でも信じられないような蚊の鳴くような声で彼の名前を呼ぶ。

「大丈夫だ。」

デリックは片手で私を抱きしめる。
私は彼の胸の中で泣いた。


屋敷は炎に包まれていた。

それは少し肌寒い春の夜に起きた悲惨な事件だった。

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