学生 トヨシマ・アザミの日常
1-3
―― 翌朝 ――
「ジェイコブ校長。 ちょうどいいところに」
アザミが自分の教室に入ろうとした時、廊下を歩いていたジェイコブ校長を見かけ、アザミはすぐに声をかけた。
「初等部のアザミさんか。 どうしたんだい?」
「えっと、わたしが使っているシミュレーターのことでお話が……」
ジェイコブは白髪をリーゼントにし、ヒゲを綺麗に整えているが、顔には一筋の大きな傷があった。
傷は30年前の戦争で負ったものと、集会の時に話していた。
「機体がよく転んだりしていることかい?」
「そのことでちょっとだけ」
ジェイコブは優しく微笑んでいるが、その傷と鋭い目付きのせいで妙な迫力があった。
「高等部のハルザ……ハルザ・キヤツシロラン訓練生の調べによると、わたしのシミュレーターには細工がされていて、本来のズムウォルトとは違うデータがインストールされていた事がわかりました」
はっきりとした口調でアザミが言うと、ジェイコブはスマートフォンを取り出し、誰かにメッセージを送った。
「ちょうどシミュレーターのことで話しをしたかったんだよ。 アザミさんに会わせたい人が学校に来ているからね」
「会わせたい人……ですか?」
アザミはきょとんとした表情で言った。
「応接室に呼んであるから、行ってきなさい。 きみのことは、私から教官に話しておくから」
「あの、キヤツシロラン訓練生は……」
「彼も一緒で構わんよ」
「ありがとうございます」
アザミはジェイコブへ一礼してから、階段を降りた。
応接室はこの棟の一階にあるが、高等部は向かいの建物。
ハルザが応接室に来るのに、時間がかかるかもしれない。
『ハルザ。 今時間があるなら応接室に来て』
アザミはスマートフォンで素早くメッセージを送った。
返事はすぐにきた。
『どうして?』
『シミュレーターのことで話があるって』
メッセージが既読になってから、少しだけ間が空く。
『すぐに行く。 どうせ今日も自習だったしな』
――
「失礼します」
応接室に入ると、甘い香水の匂いがした。
そして応接室にある小さなソファに、スーツ姿の女性が座っている。
「もしかして、トヨシマ・アザミさん?」
女性はアザミとハルザに気付いて立ち上がり、2人の目の前にまで歩いてきた。
女性は、黒いフレームのメガネをかけていて、薄く化粧をしている。
「国連宇宙軍 技術開発局 【プロジェクトZEOD】のリーダー『ミカミ・ユナ』よ」
名乗った女性は、すっと右手を差し出した。
「初等部3年。 トヨシマ・アザミです」
「高等部3年。 ハルザ・キヤツシロラン。 アザミに頼まれて同席することになった」
アザミとハルザが、ミカミと順番に握手を交わし、彼女はにっこりと笑う。
「2人とも花の名前なんて素敵じゃない」
「そんなことはないですよ」
名前で褒められたのは初めてで、アザミは恥ずかしそうに笑った。
「それじゃあ、色々とお話をしたいから座って」
先にソファへ腰掛けたミカミに続き、アザミ達もソファに座った。
「まず、アザミさんが使っているシミュレーターのことから……で、いいかしら?」
「はい」
ミカミはテーブルに置いていたラップトップを開き、その画面を2人に見せた。
その画面は、ハルザが見せたものと同じだった。
「ズムウォルトは知ってるわよね? 主力のセクタだし」
「ええ。 授業でも名前が出ないことはないですし、シミュレーターでも、実機訓練でも、この機体に乗りますから」
30年前は、エテスから提供された技術で『ティターン』というセクタが開発・量産され、活躍した。
それから4年後に、後継機のズムウォルトが完成し、完成から26年経った現在も、ズムウォルトは主力として運用されている。
「2年前に開発された『インディペンデンス』のこともわかるわよね?」
「はい。 ズムウォルトを踏襲しつつ、各部の単純化や強化を施して、より近接戦闘能力を重視させた機体ですよね。
パワーはもとより、通信・索敵能力も向上していて、その性能から指揮官機に向くと……」
インディペンデンスは、ズムウォルトと似た外見をしているが、肩部・腰部など、防御力に影響しない部分の装甲が単純化され、コックピットのある胸部の装甲が厚くされていた。
頭部のカメラも、ズムウォルトのゴーグル型カメラから、スタイリッシュなバイザー型に変更されている。
「インディペンデンスは生産が始まったばかりで、精鋭部隊でもズムウォルトを使っているところがあるの」
「テロリストの拘束や、宇宙海賊の撃退作戦に参加するような部隊でもですか?」
「そうよ」
大量に生産されたティターンは、30年前の戦争で半数が失われ、ズムウォルトの配備で退役した機体は民間に払い下げられた。
そのため、テロリストや宇宙海賊などに悪用されることもあった。
ズムウォルトは、ティターンの不満を解消しただけだったため、ティターンと性能差があるわけでもない。
「だから私たち技術開発局は、現場からの改善要求に答えるため、ズムウォルトの改修機を開発することにしたの。 その計画が『プロジェクトZEOD』よ」
「ジ......ズィオッド?」
慣れない発音に、アザミは苦戦する。
「【Zero sEcta On-Demand】。 つまり『要求に応じてゼロから開発されたセクタ』って意味よ」
アザミは、『E』の部分は強引じゃないか? とは言わないでおいた。
「ゼロから? ズムウォルトの改修機を開発しているんですよね?」
「ズムウォルト自体を改修しても限界があるのよ。 そこで、拡張性の高いフレームのみを使って、新たなセクタを開発することにした」
そう言ってミカミはラップトップを操作し、一枚の画像を見せた。
その画像には、ベースとなったズムウォルトのフレームと、完成予想図として描かれた見知らぬセクタのCGがある。
「試作機は、スラスター推力と反応速度を25%も向上させたの。 あとは機体重量の若干の軽量化」
「実物も建造されたんですか?」
「外装はズムウォルトのままだけどね」
アザミは、ハルザが先日見せてくれたデータを思い出す。
実機をあのまま作っても、乗りこなせる人が居ないはずだ。
「試作機を乗りこなせるニンゲンは居たのか?」
アザミの代わりにハルザが質問した。
ミカミは首を横に振る。
「試作機は最初の一歩で転倒したわ。 姿勢制御プログラムやOSに手を加えていなかったからね」
「どうしてOSのセッティングなどはできなかったんですか?」
アザミは出されたお茶を飲みながら聞く。
「ティターンやズムウォルト、インディペンデンスは、細かな違いはあるけれど、みんな汎用型。 ZEODのような突き詰めた設計の機体を開発したことがないのよ」
セクタは国連の技術開発局が開発し、各国のメーカーでライセンス生産する方式が採用されている。
これは、各国で装備の共有や、セクタの現地修理ができるように配慮したためだった。
「OSや姿勢制御プログラムの調整もしたかったけど、ズムウォルトのアップグレードや、インディペンデンスの戦闘データ解析でウチも忙しいからね」
「だから、士官学校のシミュレーターに機体データを仕込んだんですか?」
アザミが毅然とした態度で聞くと、ミカミはコーヒーを一口含みながら頷く。
「シミュレーターでどんどん機体を使ってもらって、問題のある部分を洗い出してもらいたかったのよ。 その方が時間も節約できるし」
「他の人のシミュレーターにも同じ仕掛けを?」
「いいえ。 あなたのシミュレーターだけよ」
その言葉に、アザミよりもハルザの方が驚いていた。
「なんで、わたしにだけ?」
「あなたは市立の中学校から、両親のコネで士官学校の初等部2年に転校してきた。 その間、一度もセクタに触れたことはなかった。
エクサはね、自分自身のソフトウェアで最適化させてしまうから、テストパイロットには不向きなのよ。 あと、セクタに少し慣れた人も」
士官学校に入学を希望する人は、3日間セクタのシミュレーターを体験させてもらえた。
だが、アザミは市立の中学校に通う中学生で、士官学校に行く気はなかったから、体験授業には参加しなかった。
両親から士官学校への転校を命令された時も「歩兵訓練を受けなくていいなら」という条件でOKしている。
「同じ時期、"これから訓練を受ける生徒に、突き詰めた設計の機体を与えたらどうなるか?" という実験をしたいという声もあった。 アザミさんは、そんな時期に現れた貴重な人材だったのよ」
「わたしは……実験用のネズミってことですか?」
「そんな酷い扱いじゃないわよぅ。 こう、なんていうか……あなたの言葉をちょっと引用するようだけど、あなたは『たまたま被験者として最適だっただけの』普通の訓練生よ」
以前の会話が他人に聞かれていた挙句、自分の言葉がこんなタイミングで使われ、哀しくなったアザミは顔を伏せた。
「アンタ。 オレたちの会話を聞いていたのか!」
ハルザは怒鳴りながらテーブルを叩き、立ち上がる。
「何か改修のアイデアでも拾えないかと思って、ログを辿ってただけよ! そんなに怒らないで」
ミカミは怒ったハルザに驚き、目を見開いていた。
アザミは肩で息をしていたハルザの手を掴み、座ってと仕草で合図する。
「あら? アザミさんは冷静なのね」
「感情的になっても、意味はないですから」
本当は怒鳴りたいと思っていた。
だが、アザミは丁寧な対応で返す。
「わたしはセクタのパイロットを目指し、訓練を受けている訓練生です。
その生徒に特殊なシミュレーターを与えたのは、まだ許せます。
だけど、その生徒の会話を無断で録音したどころか、生徒の言葉の一部を引用して『被験者』と呼ぶのはいかがなものかと。
せめて『テストパイロット』と呼称すべきなのではないでしょうか?」
冷静に、自分を落ち着かせながらアザミは言った。
笑っていたミカミも、途端に表情を変え、アザミを見る。
「あなたを怒らせてしまったみたいね。 ごめんなさい。 さっきの言葉は撤回するわ」
「謝らないでくださいよ。 正直な話、あのシミュレーターには感謝していますから」
ミカミは「どうして?」と聞いた。
「あのシミュレーターがあったから、ハルザと出会えたし、友達になれた。 それに"誰かに必要とされる"のは心地がいいんです。 市立に居たときは……1人ぼっちでしたから、わたし」
うつむいたアザミの肩を、ハルザは優しく抱いた。
「なら良かったわ。 アザミくんがテストパイロットを辞めたいなんて言い出したらどうしよう、って考えていたものだから」
「まさか。 ちょっとだけ待遇は見直してもらいたいですけど、テストパイロットは辞めませんよ。 絶対に」
その理由は、ハルザと会えなくなるから、という単純なものだった。
長い時間を1人で過ごしてきたアザミにとって、他人を気軽に誘うなどといったアクションは、普段の倍以上にエネルギーを費やしてしまうのだ。
「なら安心して、もう録音は削除してあるから」
「では、クラスメイトのみんなに、プログラムの説明をしても?」
「あなたに機密データは渡していないからね。 説明すれば、バカにされなくなるわ」
ミカミは、アザミが置かれていた立場も把握していた。
「シミュレーターの姿勢制御プログラムと、OSもアップデートしたわ。
ついでにスラスターの推進剤消費量も調整した。
これで転倒はしなくなるし、燃費も伸びたはずよ」
「それだけ……?」
「あとはあなたの努力次第よ。 頑張りなさい」
機体を自由に操縦できるようになるまで、しばらくかかりそうだ。
アザミは肩を落とし、落ち込むアザミを気遣ってか、ハルザはアザミの頭をぽんぽんと叩く。
「早く実機訓練も受けられるようになってほしいのよ。 実機の再調整も始まってるんだから」
「じゃあ、実機訓練に移れば本物に?」
「乗れるわよ。 機体の名前とカラーリングはテストパイロットの要望で決めるつもりだし。 あなたがこのプロジェクトで実績を残せば、士官学校を卒業した頃には、まだ前例のない『パイロット専用機』が与えられるかもしれないわ」
専用機が与えられる時は、ハルザも一緒かな。
アザミは、ちらりとハルザを見ながら考える。
「わたし、もっと頑張ります。 自分専用の機体とか……憧れちゃいますもん」
ミカミはラップトップを小脇に抱えながら立ち上がり、アザミに向かって微笑んだ。
「私達も全力でフォローするわ。 頑張ってね」
「はい! 精一杯頑張ります」
「ジェイコブ校長。 ちょうどいいところに」
アザミが自分の教室に入ろうとした時、廊下を歩いていたジェイコブ校長を見かけ、アザミはすぐに声をかけた。
「初等部のアザミさんか。 どうしたんだい?」
「えっと、わたしが使っているシミュレーターのことでお話が……」
ジェイコブは白髪をリーゼントにし、ヒゲを綺麗に整えているが、顔には一筋の大きな傷があった。
傷は30年前の戦争で負ったものと、集会の時に話していた。
「機体がよく転んだりしていることかい?」
「そのことでちょっとだけ」
ジェイコブは優しく微笑んでいるが、その傷と鋭い目付きのせいで妙な迫力があった。
「高等部のハルザ……ハルザ・キヤツシロラン訓練生の調べによると、わたしのシミュレーターには細工がされていて、本来のズムウォルトとは違うデータがインストールされていた事がわかりました」
はっきりとした口調でアザミが言うと、ジェイコブはスマートフォンを取り出し、誰かにメッセージを送った。
「ちょうどシミュレーターのことで話しをしたかったんだよ。 アザミさんに会わせたい人が学校に来ているからね」
「会わせたい人……ですか?」
アザミはきょとんとした表情で言った。
「応接室に呼んであるから、行ってきなさい。 きみのことは、私から教官に話しておくから」
「あの、キヤツシロラン訓練生は……」
「彼も一緒で構わんよ」
「ありがとうございます」
アザミはジェイコブへ一礼してから、階段を降りた。
応接室はこの棟の一階にあるが、高等部は向かいの建物。
ハルザが応接室に来るのに、時間がかかるかもしれない。
『ハルザ。 今時間があるなら応接室に来て』
アザミはスマートフォンで素早くメッセージを送った。
返事はすぐにきた。
『どうして?』
『シミュレーターのことで話があるって』
メッセージが既読になってから、少しだけ間が空く。
『すぐに行く。 どうせ今日も自習だったしな』
――
「失礼します」
応接室に入ると、甘い香水の匂いがした。
そして応接室にある小さなソファに、スーツ姿の女性が座っている。
「もしかして、トヨシマ・アザミさん?」
女性はアザミとハルザに気付いて立ち上がり、2人の目の前にまで歩いてきた。
女性は、黒いフレームのメガネをかけていて、薄く化粧をしている。
「国連宇宙軍 技術開発局 【プロジェクトZEOD】のリーダー『ミカミ・ユナ』よ」
名乗った女性は、すっと右手を差し出した。
「初等部3年。 トヨシマ・アザミです」
「高等部3年。 ハルザ・キヤツシロラン。 アザミに頼まれて同席することになった」
アザミとハルザが、ミカミと順番に握手を交わし、彼女はにっこりと笑う。
「2人とも花の名前なんて素敵じゃない」
「そんなことはないですよ」
名前で褒められたのは初めてで、アザミは恥ずかしそうに笑った。
「それじゃあ、色々とお話をしたいから座って」
先にソファへ腰掛けたミカミに続き、アザミ達もソファに座った。
「まず、アザミさんが使っているシミュレーターのことから……で、いいかしら?」
「はい」
ミカミはテーブルに置いていたラップトップを開き、その画面を2人に見せた。
その画面は、ハルザが見せたものと同じだった。
「ズムウォルトは知ってるわよね? 主力のセクタだし」
「ええ。 授業でも名前が出ないことはないですし、シミュレーターでも、実機訓練でも、この機体に乗りますから」
30年前は、エテスから提供された技術で『ティターン』というセクタが開発・量産され、活躍した。
それから4年後に、後継機のズムウォルトが完成し、完成から26年経った現在も、ズムウォルトは主力として運用されている。
「2年前に開発された『インディペンデンス』のこともわかるわよね?」
「はい。 ズムウォルトを踏襲しつつ、各部の単純化や強化を施して、より近接戦闘能力を重視させた機体ですよね。
パワーはもとより、通信・索敵能力も向上していて、その性能から指揮官機に向くと……」
インディペンデンスは、ズムウォルトと似た外見をしているが、肩部・腰部など、防御力に影響しない部分の装甲が単純化され、コックピットのある胸部の装甲が厚くされていた。
頭部のカメラも、ズムウォルトのゴーグル型カメラから、スタイリッシュなバイザー型に変更されている。
「インディペンデンスは生産が始まったばかりで、精鋭部隊でもズムウォルトを使っているところがあるの」
「テロリストの拘束や、宇宙海賊の撃退作戦に参加するような部隊でもですか?」
「そうよ」
大量に生産されたティターンは、30年前の戦争で半数が失われ、ズムウォルトの配備で退役した機体は民間に払い下げられた。
そのため、テロリストや宇宙海賊などに悪用されることもあった。
ズムウォルトは、ティターンの不満を解消しただけだったため、ティターンと性能差があるわけでもない。
「だから私たち技術開発局は、現場からの改善要求に答えるため、ズムウォルトの改修機を開発することにしたの。 その計画が『プロジェクトZEOD』よ」
「ジ......ズィオッド?」
慣れない発音に、アザミは苦戦する。
「【Zero sEcta On-Demand】。 つまり『要求に応じてゼロから開発されたセクタ』って意味よ」
アザミは、『E』の部分は強引じゃないか? とは言わないでおいた。
「ゼロから? ズムウォルトの改修機を開発しているんですよね?」
「ズムウォルト自体を改修しても限界があるのよ。 そこで、拡張性の高いフレームのみを使って、新たなセクタを開発することにした」
そう言ってミカミはラップトップを操作し、一枚の画像を見せた。
その画像には、ベースとなったズムウォルトのフレームと、完成予想図として描かれた見知らぬセクタのCGがある。
「試作機は、スラスター推力と反応速度を25%も向上させたの。 あとは機体重量の若干の軽量化」
「実物も建造されたんですか?」
「外装はズムウォルトのままだけどね」
アザミは、ハルザが先日見せてくれたデータを思い出す。
実機をあのまま作っても、乗りこなせる人が居ないはずだ。
「試作機を乗りこなせるニンゲンは居たのか?」
アザミの代わりにハルザが質問した。
ミカミは首を横に振る。
「試作機は最初の一歩で転倒したわ。 姿勢制御プログラムやOSに手を加えていなかったからね」
「どうしてOSのセッティングなどはできなかったんですか?」
アザミは出されたお茶を飲みながら聞く。
「ティターンやズムウォルト、インディペンデンスは、細かな違いはあるけれど、みんな汎用型。 ZEODのような突き詰めた設計の機体を開発したことがないのよ」
セクタは国連の技術開発局が開発し、各国のメーカーでライセンス生産する方式が採用されている。
これは、各国で装備の共有や、セクタの現地修理ができるように配慮したためだった。
「OSや姿勢制御プログラムの調整もしたかったけど、ズムウォルトのアップグレードや、インディペンデンスの戦闘データ解析でウチも忙しいからね」
「だから、士官学校のシミュレーターに機体データを仕込んだんですか?」
アザミが毅然とした態度で聞くと、ミカミはコーヒーを一口含みながら頷く。
「シミュレーターでどんどん機体を使ってもらって、問題のある部分を洗い出してもらいたかったのよ。 その方が時間も節約できるし」
「他の人のシミュレーターにも同じ仕掛けを?」
「いいえ。 あなたのシミュレーターだけよ」
その言葉に、アザミよりもハルザの方が驚いていた。
「なんで、わたしにだけ?」
「あなたは市立の中学校から、両親のコネで士官学校の初等部2年に転校してきた。 その間、一度もセクタに触れたことはなかった。
エクサはね、自分自身のソフトウェアで最適化させてしまうから、テストパイロットには不向きなのよ。 あと、セクタに少し慣れた人も」
士官学校に入学を希望する人は、3日間セクタのシミュレーターを体験させてもらえた。
だが、アザミは市立の中学校に通う中学生で、士官学校に行く気はなかったから、体験授業には参加しなかった。
両親から士官学校への転校を命令された時も「歩兵訓練を受けなくていいなら」という条件でOKしている。
「同じ時期、"これから訓練を受ける生徒に、突き詰めた設計の機体を与えたらどうなるか?" という実験をしたいという声もあった。 アザミさんは、そんな時期に現れた貴重な人材だったのよ」
「わたしは……実験用のネズミってことですか?」
「そんな酷い扱いじゃないわよぅ。 こう、なんていうか……あなたの言葉をちょっと引用するようだけど、あなたは『たまたま被験者として最適だっただけの』普通の訓練生よ」
以前の会話が他人に聞かれていた挙句、自分の言葉がこんなタイミングで使われ、哀しくなったアザミは顔を伏せた。
「アンタ。 オレたちの会話を聞いていたのか!」
ハルザは怒鳴りながらテーブルを叩き、立ち上がる。
「何か改修のアイデアでも拾えないかと思って、ログを辿ってただけよ! そんなに怒らないで」
ミカミは怒ったハルザに驚き、目を見開いていた。
アザミは肩で息をしていたハルザの手を掴み、座ってと仕草で合図する。
「あら? アザミさんは冷静なのね」
「感情的になっても、意味はないですから」
本当は怒鳴りたいと思っていた。
だが、アザミは丁寧な対応で返す。
「わたしはセクタのパイロットを目指し、訓練を受けている訓練生です。
その生徒に特殊なシミュレーターを与えたのは、まだ許せます。
だけど、その生徒の会話を無断で録音したどころか、生徒の言葉の一部を引用して『被験者』と呼ぶのはいかがなものかと。
せめて『テストパイロット』と呼称すべきなのではないでしょうか?」
冷静に、自分を落ち着かせながらアザミは言った。
笑っていたミカミも、途端に表情を変え、アザミを見る。
「あなたを怒らせてしまったみたいね。 ごめんなさい。 さっきの言葉は撤回するわ」
「謝らないでくださいよ。 正直な話、あのシミュレーターには感謝していますから」
ミカミは「どうして?」と聞いた。
「あのシミュレーターがあったから、ハルザと出会えたし、友達になれた。 それに"誰かに必要とされる"のは心地がいいんです。 市立に居たときは……1人ぼっちでしたから、わたし」
うつむいたアザミの肩を、ハルザは優しく抱いた。
「なら良かったわ。 アザミくんがテストパイロットを辞めたいなんて言い出したらどうしよう、って考えていたものだから」
「まさか。 ちょっとだけ待遇は見直してもらいたいですけど、テストパイロットは辞めませんよ。 絶対に」
その理由は、ハルザと会えなくなるから、という単純なものだった。
長い時間を1人で過ごしてきたアザミにとって、他人を気軽に誘うなどといったアクションは、普段の倍以上にエネルギーを費やしてしまうのだ。
「なら安心して、もう録音は削除してあるから」
「では、クラスメイトのみんなに、プログラムの説明をしても?」
「あなたに機密データは渡していないからね。 説明すれば、バカにされなくなるわ」
ミカミは、アザミが置かれていた立場も把握していた。
「シミュレーターの姿勢制御プログラムと、OSもアップデートしたわ。
ついでにスラスターの推進剤消費量も調整した。
これで転倒はしなくなるし、燃費も伸びたはずよ」
「それだけ……?」
「あとはあなたの努力次第よ。 頑張りなさい」
機体を自由に操縦できるようになるまで、しばらくかかりそうだ。
アザミは肩を落とし、落ち込むアザミを気遣ってか、ハルザはアザミの頭をぽんぽんと叩く。
「早く実機訓練も受けられるようになってほしいのよ。 実機の再調整も始まってるんだから」
「じゃあ、実機訓練に移れば本物に?」
「乗れるわよ。 機体の名前とカラーリングはテストパイロットの要望で決めるつもりだし。 あなたがこのプロジェクトで実績を残せば、士官学校を卒業した頃には、まだ前例のない『パイロット専用機』が与えられるかもしれないわ」
専用機が与えられる時は、ハルザも一緒かな。
アザミは、ちらりとハルザを見ながら考える。
「わたし、もっと頑張ります。 自分専用の機体とか……憧れちゃいますもん」
ミカミはラップトップを小脇に抱えながら立ち上がり、アザミに向かって微笑んだ。
「私達も全力でフォローするわ。 頑張ってね」
「はい! 精一杯頑張ります」
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