サイサリア/ハイゼ

ノベルバユーザー220935

ep.2

「サイ! 左頼むよ!」
「了解!」


 荒廃した街中を駆けながら、ボクは叫んだ。
 目の前からやって来るのは、多数のアリとクモ。


「しっかし、こんな難易度でシミュレーションやってたのかよ! お前は!」
「難しい設定で戦闘に慣れておけば、実戦が楽になるでしょ」


 物陰に隠れながらライフルを撃つサイを見て、彼の未熟さを知る。
 その位置だと、右側面の警戒ができないよ。


「ボクみたいに、接近戦もできるようになるし」


 アリの顎にネマトシスを突き立て、そのまま叩き切る。
 こいつに取り付けてあるブレードは、非常時に使うものではなく、積極的に使うためにあるのだ。


「変わりモンだな! やっぱり!」
「言ってろ!」


 ライフルのマガジンを交換し、サイは再び攻撃に移ろうとしていた。
 だが――


「エイリアン!?」


 サイの右側。
 廃ビルの中から飛び出したクモが、サイに覆いかぶさった。
 距離的には助けられるが、色々と学ばせたいこともあるので、助けたりはしない。


「助けてくれよ!」
「右側面に死角を作ったサイが悪い。 次から気を付けることね」


 ぐっと伸びをしてから、ボクはシミュレーションを終了させた。
 専用のヘルメットを脱げば、シミュレーションルームの無機質な内装が目に入る。
 ボクは、体を固定していたロボットアームを解き、隣で息を切らしているサイを見た。


「あの設定を初見でやったのに、10分は生き残った。 そこは評価するよ。 普通なら8分未満で死ぬ設定なんだから」
「8分未満……」


 Tシャツを脱いだサイは、ボクが差し出したタオルを受け取り、大量の汗を拭っていた。


「サイは、ライフルをフルオートで撃ちすぎてる。 だから弾切れが早い。 マガジン交換中は隙だらけになる――常識でしょ?」
「――エイリアンが来ると、どうしても焦っちまうんだよ」


 座り込んだサイの表情は、悔しそうだった。


 ボクはサイの隣に座り、彼の肩の上に手を置いた。
 普通、こんなことをするのは逆だと思うんだけど。


「まずは指切り撃ちやセミオート(単発)射撃を練習。 それに慣れたら、ナイフやバトルアックスを使った戦闘の訓練をしよう」
「作戦中はどうしたら?」
「どうせ第4小隊はボクとサイの2人だけ。 ボクがそばに居てあげるよ」


 優しく言うと、サイは黙ったままボクに寄りかかってきた。
 力加減はしていたらしく、重さは感じない。


「あんたは子供か」
「うるせえ」


 サイはTシャツを着て立ち上がる。


「オレは疲れたから先に戻る」
「わかった。 ボクはここを片付けてから、作戦会議に出ないといけないんだ」


 サイがボクの言葉に反応した。


「戦闘、か?」
「いや、輸送任務。 出撃は明後日になる。 備えは万全にしておいて」


 静かに頷くいたあと、サイは部屋を出て行った。


 ボクだけが残った部屋には、シミュレーターから発せられるハムノイズだけが、不規則に響いていた。


 ◇


 会議室に入ると、自然と気が引き締まる気がした。
 会議室にある大きなスクリーンには、キューバが映し出されている。


「なんでキューバ?」


 ボクはデイビッドの隣に座り、テーブルに置かれた書類を見る。


 どうやら今回の作戦は、キューバに展開しているアメリカ陸軍の部隊へ、物資や人員を輸送するのが目的らしい。


「ここ数日、エイリアンの襲撃が増えたせいで、物資が不足しているらしい」


 第1小隊の隊長「ルドガー・フレッチャー」が、スマートフォンに保存していた、キューバでの戦闘の映像を見せてくれた。


「だったら、アメリカ軍がやればいいのに」
「アメリカだって、本土の防衛とかで忙しいんだよ。 それに、ガルフポート基地の部隊は、そこまで消耗してないしね」


 デイビッドはボクに別の書類を差し出しながら言った。
 確かに、ここの部隊は一人も戦死者を出していないし、輸送機や艦艇も数は揃っている。


「出撃する部隊は?」
「出撃する機械化歩兵部隊はAアルファ中隊とBブラボー中隊の2つ。
 物資輸送にはアーレイ・バーク級 ミサイル駆逐艦を2隻。
 機械化歩兵や航空兵器の母艦には、ワスプ級 強襲揚陸艦を使う」


 ルドガーから説明を受けた瞬間、ボクの眉がぴくっと動いた。


「なんでアーレイ・バーク級? 輸送艦じゃないの?」
「輸送艦だと武装が少ない。 アーレイ・バーク級なら高速だし、エイリアンに襲われてもある程度は応戦できる」
「高速輸送艦は? あれは武装も忠実してるよね?」
「本土防衛の部隊が使っている。 こちらには回せないそうだ」


 ボクはため息をついた。
 つまり、できるだけエイリアンと戦わないようにして、さっさと作戦を終わらせてこいってことね。
 それなら、足の速いアーレイ・バーク級を使うのが正解――になるのかな?


「アーレイ・バーク級の武装は?」
「主砲とCIWSに……アスロック、短射程魚雷は使える。
 だが、ヘリコプター格納庫やヘリコプター甲板には物資を満載するから、ヘリは搭載できない。
 ヘリコプターとパワードスーツの運用は、強襲揚陸艦に任せることになる」
「ミサイルはどうしたのさ?」
「物資を載せる関係で、積めないそうだ」


 書類を裏返しながら、ボクは出されていたコーヒーをひと口飲む。
 戦闘の方が好きなんだけどな――というより、コーヒーにミルクが入ってない。


「エイリアンが来なきゃいいけど」
「だが、ハイゼの装備にレーダーもあっただろう?」


 ボクが新しくもらった盾――ネマトシスのことね。
 データ上では、ズムウォルト級ミサイル駆逐艦に搭載されているレーダーをパワードスーツ用に小型化したもの――としているけど、実態はただの盾だ。


 材料に希少なレアメタルを使っているから、盗難を防ぐためにデータを偽装したけれど、誰も気づいてないということになる。


「でも、所詮はパワードスーツの装備よ。 過信しないで」
「わかってる。 まだ子供のハイゼに無理はさせないさ」


 言って、ルドガーはボクの頭を撫でてきた。
 12歳だからって、子供扱いされるのはイヤなんだけど……。


「さて、作戦の全体的な流れを確認しよう。
 ハイゼ、会議はもうすぐ終わるから、寝るんじゃないぞ」
「居眠りなんかしないってば」


 ◇


「ガルフポート基地からマイアミに移動。 そこからキューバに向かうのか」
「マイアミで物資を積み込む必要があるからね。 航行中は、機械化歩兵が2小隊出撃する。 交代は2時間ごと」


 ボクは自室にクリストファーを呼んで、作戦内容を伝えていた。


「出撃したらどうすればいい?」
「燃料を無駄に消費しないように、甲板上で見張りをする。 海上に降りるのは、エイリアンが現れてから」


 パワードスーツのスラスターは燃料タンクが小さいため、60分ほどしか連続飛行できない。
 強襲揚陸艦に搭載させた燃料(高圧縮した水素)も多くはないため、燃料の無駄使いは厳禁。
 一応、反重力機能によって浮遊も出来るが、戦闘で使えるほどの速度は出せない。


「弾薬も少ないから、無駄撃ちしないでよ?」
「わかってる」


 サイは、ボクが持ってきた書類を睨み続けている。
 ――いつになく熱心だな。


「別にエイリアンを倒す必要は無いからね」
「大丈夫。 オレは索敵に集中するよ。 みんな、お前の装備を誤解しているみたいだしな」
「それ、聞かれるまで説明しないから、サイも黙っててね」


 サイは、「りょーかい」と軽い調子で答えたあと、ボクの部屋にある小さな冷蔵庫を開けて、アイスバーを取り出した。
 というか、いつの間にアイスを入れてたんだ。


「ハイゼが会議に行ったあと、冷やしておいた」
「勝手に入らないでよ」
「悪い悪い」


 少しむっとしながら、ボクはサイが差し出したアイスバーを受け取り、包装を剥いた。


 アイスバーを口に含むと、濃厚なチョコの風味がじわりと広がっていく。


「うまいね、コレ」
「だろ? オレのお気に入りなんだ」


 アイスを齧りながらサイは笑う。


「バニラとチョコ。 2本ずつ残ってるけど、どうする?」
「作戦から戻ったら食べよう。 ボクはお酒が飲めないからね、酒代わりにする」


 「オレも酒は無理だ」と言いながら、サイは食べ終えたあとのバーを見た。
 当たり付きだったのね、このアイス。


「当たった」


 サイはバーに書かれた「BINGO!」の文字を見せる。
 ちょうどアイスを食べ終えたので、ボクはバーを見てみた。


「ボクもだ」


 やはりBINGOと書かれていたバーを見せると、「良かったな」と言ってサイは立ち上がった。


「交換してきてやる」
「いや、ボクも一緒に行く」
「なら、DVDでも見るか?」


 部屋を出てすぐにサイが聞いてきた。


「遅くなるからダメ」


 ボクは即座に答えていた。


「ケチ」
「怒るよ?」


 と言ったあと、ボクはサイの背中を思い切り叩く。
 明日は忙しくなるんだよ。


 ◇


 翌日。


 ボク達はパワードスーツや武器をコンテナに収め、輸送車に載せた。
 H中隊が手伝ってくれたお陰で、準備が早く終わり、夕方5時以降は自由時間となった。


「なんか、落ち着かないな」


 基地のラウンジに来ると、ボクの後ろに居たサイが呟いた。


「今日はシミュレーターや筋トレなんてやらずに、しっかりと体を休ませなさい」
「わかってるけどよ、じっとしてるのは苦手なんだよな」


 お前は筋肉馬鹿か、と心の中で毒づきながら、ボクはラウンジのモニターを見る。


 ラウンジのモニターには、世界中で起きているエイリアンとの戦闘の様子や、各基地の戦力、資源、装備などのデータが表示されており、世界中で情報を共有できるようにしていた。
 ……ボクの装備データに騙されている人も、大勢いそうだけど。


「資源のデータを見てると嫌なこと思い出すな。 消費したバケツの数とか」
「何の話だ?」
「いや、なんでもない」


 ボクはモニターから離れ、自販機の前に来た。
 スマートフォンを当てて入金してからココアを選び、作り終わるのを待つ。


「いつもココアだな」
「コーヒーは苦手なの。 カフェラテなら飲めるけど、売り切れてるし」
「少しずつ飲んで慣れたら?」
「苦いからやだ」


 ボクがそう言うと、サイが「お子様~」と言いやがったので、鼻を思いきり摘んでやった。
 ココアができあがってから指を離すと、すっかり赤くなった鼻をサイはさする。


「お前……本気でやるなよ」
「ボクをお子様と呼ぶのが悪い」


 ボクは1人で金も稼げるし、税金だって納められる。
 勉強はあまり得意ではないけれど、自分の武器を作るくらいならできる。
 だから、子供扱いされるのは嫌なんだ。


「サイ、寝る時間までDVDでも見ようか」


 ボクが聞くと、サイは目を輝かせた。
 ボクよりサイの方がお子様なんじゃないの?


「見よう! 何を借りるんだ?」
「ドラマよりは映画かな? サイが好きに選んでも良いけど」


 すると、サイはスマートフォンで作品を調べ出した。


「――成人向けとか見ちゃう?」


 なに言ってんだコイツ。


「アメコミ原作の――って、あれはR-15か」
「いや、アダルト……」


 サイがとんでもないものをレンタルしようとしている。
 ――ボクは未成年なんだぞ。
 そう心の中で言いながら、ボクはただ静かに、力加減なしでサイの耳を引っ張った。


 ◇


 時間が経つのはあっという間だ。
 気付けばもうワスプ級 強襲揚陸艦「イオージマ」に乗艦し、ボクたちはマイアミに向けて出発している。


 サイの部屋に居たボクは、手にしたタブレットで状況を確認していて、サイはベッドで横になっていた。


「マイアミに着いても、艦からは降りられないな」
「そうだね。 すぐに積み込みを始めて、また出発だし」


 サイはボクと話してはいるが、なんだか眠そうだ。


「眠いなら寝たら? マイアミでの作業は、あっちの部隊がやることになってるし、1回目の出撃はB中隊からだから、少し時間はあるよ」


 ボクが言っても、サイは黙ったまま。
 ボクが再びタブレットに視線を戻すと、サイは無言のまま、シャツの裾をぐいぐいと引っ張ってきた。


「服が伸びる」
「床に座ってないで、ベッドに座ったらどうだ?」


 自分が横になっているベッドをばしばしと叩き、サイは言った。


「寂しがり屋かよ」
「うるせえ」


 ボクが笑いながらベッドに座ると、サイがいきなり腰に抱きついてきた。
 手は塞がらないからいいけど――なんだか少し恥ずかしい。


「ハイゼって結構細いんだな。 背は低いと思ってたけど」


 ボクの腰骨に触れ、サイは呟く。


「体重40kgだからね。 食っても太らないんだよ」


 「嘘だー」とサイは言うが、ボクは結構食べる方だ。
 山盛りの炒飯を10分ほどで平らげるし、ラーメンも大盛りを注文するくらいには。


「マイアミの方は物資を急ピッチで用意しているらしいね。
 ただ、エイリアンがフロリダを襲撃したとばっちりで、設備が壊れているみたい」


 ボクは説明しながらサイの方を見たが、彼は深い寝息をたて、眠ってしまっていた。
 ――寝ちゃったか。
 もう少しだけ、話していたかったんだけど……。


「――おやすみ」


 今はゆっくり寝させてあげよう。
 ボクはサイの頬にそっとキスをしてから、静かに部屋を出た。

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