彼女が俺を好きすぎてヤバい

北西時雨

部室にふたり& (2・終)

「はーい。開いてますよー」

 ちょうど瓶詰めが終わりそうなはるかが声だけで返事をする。
 はるかの返事を聞いて、ドアが開けられ、部室に入ってきたのは、一人の女子生徒。

「おや、いらっしゃい」

 はるかはその女子生徒の顔を見て、気軽にそう言った。

「知り合い?」

 俺はPCの前から立ってはるかに近づきながら尋ねる。

「図書館友達のなかちゃんだよーっ」

 はるかがそう言ってその女子生徒を紹介してくれる。
 はるかと同じくらいに小柄な体格。中等部の制服を校則通りに着こなしていて、黒のショートヘアの頭のてっぺんに、一本アホ毛が立っていた。

 女子生徒は、俺を見るなり怪訝そうな顔をして、アホ毛を揺らしながら名乗る。

「中等部三年二組、月鐘つきかね 佐代里さより。私は養子なので、月鐘つきかね姓はあまり呼ばないでもらえると助かります」
「なかちゃんという名前はどこから」
「母の姓が中嶋なかしまだからです。普段はそちらを名乗っています」
「……俺もなかちゃんって呼んでいいの?」
「は?」
「スミマセン中嶋なかしまさん」

 会話を試みたが凄まれた。
 俺にしては珍しく、初手で女子から嫌われている。

 はるかがニコニコしながら佐代里さよりを連れて部室の奥まで引き入れる。

「本格始動は来週からなんだー。でもって、公式の部活じゃないから入部届みたいなのもないの」

 既に入部するということで話が進んでいるらしい。
 はるか相手には普通に話を聞いている佐代里《さより》が、素直に頷いているのを見て、はるかは一枚の紙とボールペンを出す。

「とりあえず、ここに名簿を用意したので、サインをするのでーす」

 上段にはるか、俺、空也ソラひかる高志たかしの名前が入った名簿の一番下に、佐代里さよりが自分の名前を書き込んだ。


 あくる日の放課後。自販機の前でしゃがみこんでいる佐代里さよりを見かけた。周りには誰もいない。
 近づいて声をかける。

「何してんの」
「硬貨を落としてしまって」

 そう言われて自販機の下を覗くと、五百円玉が一枚落ちていた。

「ドジだなー」
「おかまいなく」

 佐代里さよりは俺に冷たく返して、地面に這いつくばり懸命に手を伸ばしている。

「んにゃ。ちょっとどいて」

 やんわり言って横に退いてもらう。再び下を覗き込むと、手を伸ばしたくらいでは届かないところにあるというのが確認できた。
 俺は硬貨に掌を向け、意識を集中させながら軽く左右に振る。
 硬貨が淡く光り始めたのを確かめて、短く唱えた。

「……【来い】」

 五百円玉が跳んで、俺の手に収まる。

「貴方もそういう芸当ができるんですね」
「少しだけな」

 彼女アイツほどじゃない。

「てか、短縮しなけりゃこのくらいならできるだろ」

 佐代里さよりに五百円玉を返しながら聞くと、首を傾げてこう言われた。

「思いつきませんでした」

 佐代里さよりはアイスの自販機でソーダバニラのボタンを押しながら、ぼそりと呟く。 

「養子に入るまで、魔術とは無縁の生活をしていたので」
月鐘つきかねのうちはどうだ?」
「別に。どうでもないです」

 少し不機嫌そうな声で返事をしてくる。アイスの包みをめくりながら、早口に続ける。

「むしろ何もなくて怖いくらいですよ。ずっと母と二人で慎ましく暮らしていたのに、ある日父親を名乗るロマンスグレイが現れて、『魔法使いになれるからお母さんと一緒にうちに入って』って言われて信じる方がどうかしてます」

 佐代里さよりは、めくって出てきたソーダの頭に噛み付く。
 俺は横で同じものを買いながら、佐代里《さより》の話を聞く。

「昼ドラみたいなドロドロした家庭を覚悟していたのに、温かく迎えられて。学内でも、嫌味を言われたことは皆無です」

 俯く佐代里さよりの表情はよく読めない。少しでも近づこうとすると、奇妙な機動で避けられた。
 佐代里さよりは、怪訝そうな顔をこちらに向けて尋ねてきた。

「皆、なんでこんなに暢気のんきなんですか」

 俺が何も答えずにいると、追撃をしてくる。

「なに呆けた顔してるんですか」
「いや、はるかも最初はそんな感じだったなって懐かしくなって」

 俺のぼやきに、ますます怪訝そうな顔をする。ちょっと面白いくらいの形相だが、なるべく笑わずに、こう返した。

「まぁなんだ。魔術師ってのは、基本的におとなしくてオタク体質でのんびりなんだ」
「……いつか、滅ぼされますよ」
「かもな。多分どっかで損してるだろうし、過去存在した数多の少数民族のように、文明に滅ぼされるかもしれない。でも、喧嘩するよりはいいだろう?」
「そう言われたら、何も言い返せないですよ」

 佐代里さよりはそう言ったきり、黙ってアイスを咀嚼する。
 アイスが半分以上なくなってから、ぼそりと呟いた。

「貴方は変な人ですね」
「仮にも年上にそう言うかね」
「……貴方の周りには二色見えます」

 月鐘つきかねの一族は、生き物の気とかオーラとか呼ばれるものを視認できる。おそらく、佐代里さよりが保護されたのも、その能力を月鐘つきかねの誰かが聞きつけたからだろう。

「一つは水色。爽やかな良い色です。ちょうどこのくらいの」

 佐代里さよりは食べているアイスを自分の眼前に並べて言う。

「もう一つは蛍光ピンク。不自然で、蠱惑こわく的で、淫靡いんびな」
「ひでえ言われようだな」
「そんな恐ろしい物が、希釈きしゃくして先輩を覆っていくんです」

 佐代里さよりが「先輩」と呼ぶのは、はるかのことだけだ。

「恋人を誘惑しない男がいるかよ」
「それでも」

 強めの語気に負けじと、しばらくじっと見合う。
 先に折れたのは俺の方だった。

「分かったよ。気を付ける」
「普通は一色なんですよ。その人の色って。だいたい鳩尾や背中辺りから漂っています」

 佐代里さよりが自分の身体を指さして言う。

「貴方のピンクは耳の後ろから首回り、水色は腰と脇の下から出ています」
「どういう意味だ」
「説明しないと分かりませんか?」
「いや、遠慮しておく」

 佐代里さよりと別れ、一人部室に向かう。
 既に鍵は開いていた。入室すると、奥の方ではるかが畳に寝転がっている。
 棺桶で眠る王者のように、仰向けで手を腹の上で組んで寝入っていた。

「不用心な」

 俺の呟きも聞こえていないようだ。ピクリともしない。

 鞄を置いて、近づいてみる。
 本当にすやすや言いながら寝てる奴は初めて見たな、と思いながら彼女の顔を覗き込む。

「……なんてな」

 独り呟く。はるかは起きない。
 俺は、首の後ろをかきながら、部室内を見渡す。
 畳エリアの端に、毛布が積まれていた。昨日まではなかった気がする。
 一枚取って、はるかにそっとかける。

 かけ終えたくらいで、はるかが身動ぎをして目を覚ました。

「わりぃ、起こしたか?」
「あ、つばさ君……」

 もごもご言うはるかが猫のように俯せになって伸びをして、ぼんやりと座り込む。
 俺は彼女の近くに腰掛け、寝癖のついた髪を手櫛で直す。以前、どんな髪型が良いかと聞かれ、前下がりショートボブが良いと言って以来、遥《はるか》はずっとこの髪型だった。
 されるがままのはるかの、ストレートの黒髪を撫で付けると、可愛らしさを持ちながらも、強気そうな少女が出来上がる。

 満足した俺が手を離すと、はるかが首をかしげて聞いてきた。

「どうしたの? なんか、死にそうみたいな顔してるよ?」
「なんだそれ。別に死なないよ」
「そう……?」

 首をかしげ続けるはるかを見ているうちに、とあることを思い付く。
 俺は、わざとらしく身をよじりながらうめく。

「あ、いや。死にそう。ぐわぁぁぁ」
「どどどうしたの??」
はるかと……最近デートしていないことを思い出したら今にも死にそうだぁぁ」
「そんなに前だったっけ? 確かクリスマス……あ、バレンタインのちょっと前にチョコを買いに……」
「すぐ思い出せないくらい前じゃないかぁ」
「そんなこと言われても……」

 はるかがモニョモニョ言った後、おもむろにこう提案してきた。

「じゃあ、今から行く?」
「いまから」

 俺の発した言葉に不安そうなはるか

「え? なんか違った……?」
「いーや」

 俺は首を横に振って、彼女の肩に腕を乗せて軽くもたれて言う。

「楽しみだなー。どこまで行くのかなー」
「そんな遠くには行かないよ!?」

 彼女こいつはいつも不可解だなという顔をする俺を見て、はるかが付け足す。

「校門の前に揚げパンの移動販売車が来てるの。つばさ君が来なかったら一人で行こうと思ってたんだけど、一緒に来る?」
「行く」
「即答か。お腹すいてるの?」
「デートというのはそういう価値観で向かうものではない」
おっしゃるとおりでー」
「てか、お前ほんとに一人で行く気だったのか? 晩飯入らなくなるだろ」
「気づいてしまわれたか……。実はめちゃくちゃ悩んでた」
「じゃあ一個買って半分ずつ食うか」
「それがよい」

 気ままな彼女に付き合い、おやつを食べに行く。

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