彼女が俺を好きすぎてヤバい

北西時雨

うまく言えないが、とにかくヤバい。(6)

 その日の午後。
 中庭で他の生徒が見守る中、はるか千晴ちはるが向かい合って立っている。
 俺は、悩んだあげく、近くで見るのは止めて、中庭が見える廊下から眺めることにした。


「ルールは標準スタンダード、先に傷を追った者または動けなくなった者、負けを認めた者が敗者とする。よろしいですね?」
「ええ」
「はーい」


 生徒会の役員であろう生徒が二人の間に立ってルールの確認をしている。


 ――現代の日本において、決闘は禁止されている。俺も詳しくはないが、普通に喧嘩やリンチをするよりも重い罰があったりする。


 ――しかし、魔術師や魔術を学ぶ学生が言う「決闘」は少し事情が違う。


 ――第一に、魔術で人殺しはできない。
 ――通称「抑止力」と呼ばれるもので、致命傷や意識が飛ぶレベルの重傷を負わせようものなら、先に術者が倒れてしまう。
 ――それほどでもない怪我でも、やはり魔術を使う方が苦しむことになる。原因は、よく分かっていない。


 ――第二に、魔術は言葉による詠唱で行使できる。例外はある、空也ソラ馬上槍ランスのような。今回は割愛。


 はるか千晴ちはるは、それぞれ三歩ずつ後ろに下がって位置につく。


 代理人の合図で二人が同時に詠唱を始める。


「【つむぎしは氷雪ひょうせつの者に与えん――】」
「【とばしていくよー!】【消し飛べ! 太陽面爆発ソーラーフレア!!】」


 ――そして、詠唱は長々と唱える必要がある。
 千晴ちはるが生真面目に氷の魔術の詠唱を長々とする中、はるかは速度アップの魔術と、片足で地面を強く踏み、千晴ちはるが練っていた魔術を打ち消す魔術を、どちらも短縮詠唱で唱えていた。


「相変わらずひでえな」


 いつの間にか俺の横に来ていた空也ソラがぼやく。


 ――短縮詠唱は誰でも使いこなせるものではない。だいたい高等部を卒業する頃に出来るようになる奴が半分くらい、らしい。その上、できても得意分野だけ。


 しかしながら、はるかの場合、ほぼ全種類の短縮詠唱が、学院転入前から可能だったという化け物だ。


「いつも手加減はしてねえからな。幻術げんじゅつ封じはしてるらしいが」


 はるかの得意魔術、幻視幻聴の類を見せる幻術。
 決闘の場合、幻が見えるのは対戦相手だけなので「勝った感出ないから」と言って使わない。


 はるかの踏んだ足から放たれた熱波が、千晴ちはるの頭上に形成された氷の塊を粉砕し、白い蒸気が辺りに広がる。
 千晴ちはるが混乱して周りを見渡していると、霧の中から、青く光る氷の剣を持ったはるかが飛び出してきた。
 はるかは、大きく剣を振り回して切りかかりながら、千晴ちはるに話しかける。


「ねェ。疲れるだけだし、降参してくれないかなァ」


 千晴ちはるは制服に防護魔術をかけながらなんとか防いでいるが、剣がぶつかる度に解けてしまっていた。
 何度も魔術を張り直しながら、苦しそうに応える。


「誰が!」
「貴女がだよ」
「おことわりですわ!」
「ま、そうだよねェ」


 はるかが後ろに跳び退いて、距離をとる。
 彼女が小首をかしげながら、千晴ちはるに尋ねる。


「決闘は貴族の嗜みなのかな? 途中で投げ出すのはプライドが許さない、みたいな」
「【つむぎしは氷雪ひょうせつ――】」
「あ、詠唱してちゃ答えられないか。【奏でよ賛歌さんか!】」


 はるかの問答に付き合う気がないであろう千晴ちはるが再び詠唱を始めたのを見て、はるかは剣を振り上げ叫んだ。
 氷の剣が短く高い音を奏で、まとっていた青い光を波状に飛ばす。
 光の波に当たった千晴ちはるの魔術が、一瞬で蒸発した。


「無詠唱!?」
「いやいや、そんな人を人外みたいに言わないでくれる?」


 おのの千晴ちはるはるかは苦笑交じりに応える。
 千晴ちはるは唇をかみしめ、先ほどより短めの詠唱で氷の剣を生成し握りしめる。


「懲りないなァ」


 はるかがぼやいて千晴ちはるに切りかかる。
 千晴ちはるは剣も使わずに避け続けている。はるかの剣に当たると魔術が解除されてしまうので、なるべくかわそうとしているらしい。


「あんまり痛いことはしたくないんだよォ。てか疲れてきたよォ」


 はるかがだるそうに動きを止めた。
 その隙を逃さないように、千晴ちはるがすぐさま切りかかる。


 はるかがニヤリと笑ってターンし、千晴ちはるの剣を叩く。
 叩き折られた千晴ちはるの剣が半分の長さになった。


 愕然とする千晴ちはるに、はるかが言う。


「ほとんどの人が、徒党を組んで陰口を言うだけなのに、貴女は一人で来た。それは褒めてあげる」


 はるかが剣先を下にして一振りすると、砕けた氷が舞い上がり、たくさんの細い針になる。


「自分に自信があって、つばさ君のことも認めていて。……でもね」


 剣を上に掲げると、氷の針が一斉に千晴ちはるに向けられる。


つばさ君は、私の彼氏なの。彼の隣に立っているのは、私だけよ」


 はるかの言葉を聞いた空也ソラが、自分を指さしながらとぼけた顔をしている。そういう意味ではないぞ。


 はるかが剣を千晴ちはるにゆっくり向けると、氷の針が千晴ちはるに放たれる。
 千晴ちはるが咄嗟に両腕で顔を覆った。


 しばらくして千晴ちはるが顔を上げると、氷の針は、千晴ちはるをかわし、取り囲むように地面に突き刺さっていた。


 千晴ちはるが膝から地面に崩れ落ちてうなだれる。
 代理人がはるかの勝利を宣言し、その戦いは幕を閉じた。






 周りの観客達オーディエンスが雑談をしているのが耳に入る。


「いやー、よくもまぁ毎度毎度相手にするよなぁ」
「誰もあいつに勝てる奴いないんじゃね?」
「恥ずかしげもなく告白っぽいこと言うし」
「ツバサクン、愛されてるねー」








 だが、だいたいの奴が勘違いをしている。


 近づいて、口説いて、告白したのは、だ。

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