魔王の村長さん

神楽 弓楽

1 「村長と村民は異世界に」


「ぅ、ん……っ」

 眩しい。

 意識が浮上する。家の近くで誰かが騒いでいるようで周りが騒がしい。

 うるさいなぁ……

 騒がしさに眉を顰めながら腕で目元を隠そうとして、持ち上げた手の甲に柔らかい何かが当たった。

 枕……? いや、枕は頭の下にあるし……

 寝起きでぼんやりとした思考の中で疑問に思った俺は、手で影を作りながら薄っすらと目を開いた。

「あ、カケル。目を覚ましたのね」

 青空の下で着物を着た金髪の美女と目があった。

「…………ぅん? 」

 まだ完全に目が覚めてなかった俺は一瞬、幻覚かと思って瞬きを繰り返した。

 しかし、段々と目が明るさに慣れるにつれて彼女が幻覚でないことに気づく。彼女の頭には先の尖がった狐耳があり、こちらを覗き込む瞳は金色に輝いていた。

 その顔には見覚えがあった。

天狐テンコなのか? 」

「ええ、そうよ? 」

 確認のために俺が尋ねると、天狐は少し首を傾げながらも頷いた。

「……なんで俺は膝枕されてるんだ? 」

「地面の上で寝てたからよ。カケルを地面に寝かせたままなんてできないでしょ? 」

 俺の頭を撫でながら天狐は、当然でしょうとばかりに言った。

「そ、そうか。ありがとな」

 気を使ってくれたようなので礼を言って、俺は体を起こした。

 そして、何気なく周囲を見渡して俺の思考はしばし停止した。




 そこには、見渡す限りの草原があった。

 生い茂った草が風に煽られ、波のように波打つ草原。空は青く澄み渡り、真っ白な雲が浮かんでいた。その草原のちょっと小高い丘の上に俺と天狐はいた。

 その丘を囲むように何十何百といった数の様々なモンスターがひしめき合っていた。

 巨大な白狼がいた。

 とぐろを巻いた龍がいた。

 空を翔るグリフォンがいた。

 中には、人の姿をした者たちもいた。周りを囲むモンスター達の話し声や鳴き声で都会の雑踏にいるかのような喧噪が作り出されていた。


 そのモンスター達の姿に俺は、見覚えがあった。

 先ほどまでプレイしていたゲームの俺の村の住人であり、仲間たちだった。


 手を頭の上に置く。当然ながら、ヘッドギアの形をしたゲーム機はそこにはなかった。

 強制ログアウトを行った筈なのに、ログアウトできていなかった?


「オープン! 」

 そう叫ぶと、目の前に仮想ウィンドウが展開されてメニュー画面が開いた。すぐにログアウトボタンを探すが、影も形も見当たらない。ゲームの設定を変更できるオプション画面もそこにはなかった。


 血の気が引いていくような嫌な予感がした。


「コマンド! 強制ログアウト! 」

 緊急停止のコマンドを再び唱えるが、いつまで経っても何も起きなかった。

「嘘だろ……」

 額から冷汗が流れ落ちた。

 ログアウトできない。

 その事実は、俺をおおいに動揺させた。


 いや、待て。落ち着け俺。

 そもそもここは本当にゲームの中なのだろうか? 夢とかではないのだろうか?  


 確かめるために自分の頬を思いっきり抓った。


 痛い。すごく痛い。

 夢なんかじゃなかった。しかし、その痛みで俺の頭は少し冷静さを取り戻した気がする。


 痛む頬を擦りながら自分の手に視線を落とす。
 体を起こす際に地面についた手には、薄っすらと土がついて汚れていた。顔に近づけて臭いを嗅ぐと土の匂いがした。その手を握りしめると、手についた土の異物感がしっかりとした。手を握る感触もはっきりと伝わってくる。

 手を握ったり開いたりを繰り返す。

 五感から伝わってくる情報に違和感が全くない。そのことが逆に俺の中で違和感を生んだ。


 ここまでリアルに感じられる世界がVRによって作られた世界だろうか? 

 そんなわけがない。
 最先端のVR技術を駆使してもここまでリアルな感覚を作り出すことは出来ない。しかし、それなら目の前の天狐や周りの仲間たちの存在はどうなる。

 何故ゲームの中だけの存在の彼らが存在し得ているのだろうか? そもそも、ここがゲームの中でないならここはどこで、俺はどうしてこんなところにいるのだろうか? 

 ここが現実というのなら、俺は自室のベッドの上でゲーム機を頭に被って寝ていなければおかしい。
 かと言っても、ここがゲームの中ならこの現実と遜色ないほどの鋭い五感に説明がつかない。

 やっぱり夢なのだろうか? 


 ……いや、一つだけ考えられる。しかし、それはここが夢やゲームの中だという以上に馬鹿げた妄想に満ちた可能性だった。

 
「ここが異世界だって言うのかよ……」

 高校の時、友人の勧めで読んだライトノベルの中にゲームのプレイ中に異世界に飛ばされた話があったのを思い出す。普通であれば、ありえない考えだったが、このありえない状況の中だと逆にそうなのかもしれないと思えてしまった。


「何でこんなことに……」

 異世界に飛ばされた可能性が高いことに気付いた時、俺が初めに抱いた感情は、怒りでも喜びでもなく戸惑いだった。

 別に人並み以上に人生に不満があったわけでも異世界に行きたいと望んだこともなかった。

 どうして自分なのだろうか。どうしてこんな形での転移なのだろうか。せめて誰か自分の疑問を答えてくれる人は出てきてくれないだろうか。もう一度、元の世界に帰してはもらえないのだろうか。


 そんな様々な感情がぐるぐると自分の中で渦巻く。自身に起きたことを俺は受け止めきれずにしばし呆然とその場に立ち尽くした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ねぇカケル、大丈夫? 」

 隣から聞こえてきた天狐の声で、俺は我に返った。

「あ、ああ。大丈夫……いや大丈夫じゃないけど大丈夫だ」

「それって大丈夫じゃないわよね……」

 確かに。
 自分で言っててそう思った。
 そのやりとりで、少し冷静を取り戻した俺は、改めて天狐に意識を向けて、その姿に違和感を覚えた。

「ん? 天狐、お前着物なんて着てたか? 」

 最近の村での天狐の装いは、生産スキルの補正がいい感じだからと俺とお揃いの野暮ったい作業着だった気がする。だが、今の天狐は巫女装束のような紅白の着物を着ていた。

 俺が尋ねると天狐は、少し困惑気味に首を横に振った。

「いいえ。でも気づいたらこの格好だったの。それに服装が変わったのは、私だけじゃないわ。他の皆もそうよ」

 天狐にそう言われて仲間たちを見ると、確かにみんな見慣れない装いをしていた。

「それはいつから……っていうと、やっぱりここに来た時にか? 」

「ええ、ここで目が覚めた時には……。カケル、ここは一体どこなの? 」

「俺もよくわからない。天狐、村にいた時に見た最後の光景は何だった? 」

 俺の問いかけに天狐は額に指を当てて思案顔になる。

「何だったかしら……。私はあの時、作業場でアラクネ達と布の作成を行ってたのだけど……あ、そうだわ。急に視界一杯に白い閃光が広がったのよ。そこからは何も覚えてないわ。私も他のみんなも目を覚ました時には、この草原に倒れていたわ。カケルもここでうつ伏せに倒れてたのよ。声をかけてもすぐに目を覚ましそうになかったから、私がさっきまで膝枕をしていたのよ」

「そうだったのか……」

 白い閃光。
 それは、俺が最後に見た光景と同じだった。


 ってことは、もしかすると、あのバグがここに俺たちが飛ばされることになった原因なのか? 

 というか、それしか考えられない。

 結局あのバグは何だったんだ?

 俺は目の前に開きっ放しだった仮想ウィンドウに何ともなしに目を向ける。あの時のようにおかしなノイズは起きてないし、文字化けも起きていない。至って普通だった。

 いや、この場合だと普通であることは普通じゃないのか。

 空中に仮想ウィンドウを投影することなんて、本来ならば、VR空間内や専用の機器を使用しなければ出来ない。ここが、VR空間の中でもないのに空中に投影できるのは、おかしい。

 だけど、現に目の前に投影出来ている以上、天狐たちが実体を持ってここにいるように異世界に来たことをきっかけに可能となったと考えるべきだろう。うん。ひとまずはそういうことにしておこう。


「ん? そう言えば……」

 そこまで考えて俺の中でふとある疑問が浮かんだ。俺は、自分の体へと視線を落とした。

 そして、俺も高性能な作業服から白い簡素な衣服に変わっていることに遅まきながらに気付く。

 どことなく懐かしさを感じる装いであったが、問題はそこではない。

 俺は太ももまでズボンを捲り上げて左足を確認する。

 膝の傷がない。
 幼少期に盛大に転けて跡が残ってしまった傷跡がそこにはなかった。
 それに改めて手を見ると、左手の甲にうっすらと残っていた火傷の跡もなくなっていた。

 ということは……と、半ば確信しながら自身の顎を撫でるとつるりとした肌触りが返ってきた。

 髭が生えていなかった。

「やっぱり……。アバターの体か」

 すぐには気づけなかったが、どうやらこの体はゲームの時に俺が操作していたアバター仮想の肉体であるようだった。

 不幸中の幸いなことにアバターは、ゲームを始めた当時高2だった俺の体をスキャンした素体をほとんど設定を弄らずに使っていため、見た感じでは現実の体との差異はそれほどないように感じる。いや、現実と比べて引き締まってるし、心なしか足が長い気がするが、違いはそれくらいであり、自分の中での動揺は少なかった。

「いや、でも待てよ……」

 この体がアバターの体ということになると、現実の体との差異は、もしかしたらとてつもなく大きいかもしれない。

 目の前のメニュー画面を操作して、ステータス画面を開き、自分のステータスを表示した。

 4年間やり込んだ自分のステータスは仲間と比べれば、一歩及ばないが、スキルや称号の補正で軒並み高い値を示していた。

「この数値通りだったら、最早人間止めてるな」

 そんなまさかな。と思いながら、近くに落ちていた手ごろな石ころを拾い上げる。

 触った感じだと硬そうだった。
 それを親指と人差し指で挟み込んで力を込めてみた。

パキッ

 硬そうな石は、あっさりと砕けた。

「マジかよ」

 もう一つ拾い上げて、今度は握りこんでみた。

 力を込めると手の中で砕けていった。揉み込むように指を動かしたら手を開いた時には石ころは細かい砂へと変わってしまっていた。

 2つの石が殊更脆かったという可能性を考えないわけでもなかったが、それは現実逃避だろう。
 
 どう考えても人間止めてます。はい。


 やっぱり夢なんじゃないかと思えてきた。


 しかし、これほど化け物じみた力を持ちつつも画面に表示されたものは、以前見たものよりも全体的に下回っていた。

 調べてみるとすぐわかった。スキルの数値はゲームの頃と変わっていなかったが、称号が一部を除いて消えていた。その分の補正値を失っていたようだ。

 称号の一部が、リセットされていたことに俺は嫌な予感がした。





 慌てて、アイテムボックスの中身など、他に変動したことがないかを確認してみたが、色々と酷いことになっていた。

 まず、アイテムボックスは綺麗さっぱり空になっていた。
 その中に入っていた武器や衣服、道具、素材、食材などが一切合切全てなくなっていた。同様に所持金もゼロになっていた。一文無しだ。村で自給自足するようになって、無駄に溜りに溜まってた十億近いお金がパーだった。


「は、ははっ。ここまでくるといっそ清々しく感じるな」

「カケル……。また、集め直せばいいのよ。私も手伝うわ」

「……そうだな。ありがとう天狐」

 仮想ウィンドウを見て乾いた笑いを上げる俺を慰めてくる天狐の優しさが嬉しく、ほろりと涙が零れ落ちそうだった。


 また、この一連の発見で俺を含めた天狐たちの装備が変わった理由がわかった。

 今、自分が着ている装備は『旅人の服』と『旅人の靴』で、プレイヤーの初期装備だ。システム的に碌に防御力がなく、ごわごわとしていて着心地もあまりいいものとは言えない代物だ。

 道理で懐かしく感じたわけだ。

 そして、天狐たちが着ている装備もそれぞれの種族ごとの初期装備だった。つまり、天狐の場合はあの着物が彼女の現在の種族である九天狐の初期装備だった。

 どうもここに飛ばされた影響で起きたアイテムボックスのリセットなどに、俺たちの身に着けていた装備も適応されたと考えるべきだろう。

 全裸にならないだけマシなのだろうけど、思い入れのある装備などを全て失くした喪失感はくるものがあった。本当に泣きたい。


 装備がリセットされた関係で、同じ種類の装備で見た目が大して変わらない者がいれば、ほとんどすっぽんぽんと変わらない姿に変わっている者がいたりと様々だった。


「道理で見覚えのある姿の奴もいたわけか……。その着物を着た天狐は、初めて見るけどよく似合ってるな」

「そう? ふふっ、ありがとう」

 俺が褒めると天狐は、嬉しそうに笑いながらその場でくるりと回って見せてくれた。

 本当に綺麗だなぁ、としみじみ思う。

 思えば、村に引きこもるようになってから生産スキルの補正がいい感じだからと野暮ったい作業服ばかり着せていたように思う。

 作業服姿の天狐も嫌いじゃないが、やはり比べるまでもなく華やかさが違うな。


 そんな風に傷ついた心を現実逃避気味に天狐で癒されていると近くで怒声が聞こえ、コロコロと何かが足元に転がってきた。

「ん? 」

 拾い上げてみると、それは木の枝を編んで作られた王冠だった。

 どこかで見たことあるような……。

 既視感に囚われていると、その持ち主がこちらへと足早に近づいてきた。


「すまない。村長……」

 罰が悪そうに王冠を取りに来たのは、ゴブ筋だった。がっしりとした筋肉質な体が剥き出しの半裸の腰巻一丁という出で立ちだった。

「ゴブ筋、お前その姿……。ああ、そう言えば、お前の種族はあれだったな」

 ゴブ筋の種族は、グランド偉大なゴブリンキングゴブリン王だ。その初期装備は、腰巻一丁に木の枝で編んだ王冠のみだ。

 先程、聞こえた怒声はゴブ筋のものなのだろう。

 あの鎧、気に入ってたみたいだからなぁ……。

 俺も愛用していたアイテムとかが一切合財なくなっていて軽く……いや、かなり凹んでいるので、ゴブ筋の物に当たりたくなる気持ちは痛いほどよくわかる。

「ゴブ筋、すぐには無理かもしれないけど、なるべく早く新しい鎧を作ってやるからな」

「……それは本当か? 村長、感謝する」

 王冠をゴブ筋に手渡しながら、そう約束すると、ゴブ筋は俺の手をその大きな手で握りしめて深々と頭を下げて喜んでいた。

 素材的にすぐに元の鎧というわけにはいかないけど、取り敢えず、鉄製のものから作っていきたいな。



 ……そう言えば、スキルはここでも使えるのだろうか? 


 ふと、そんな疑問が浮かんだ。

 一応、ステータス画面から数値として確認した限りでは、スキルに関して変化はない。プレイヤーだけにある称号は、一部リセットされていたが、スキルは熟練度がリセットされていることも武技アーツ呪文スペルが使えなくなっていたりするなどは、画面から見た限りではなさそうだった。

「まぁ、試してみれば話は早いか」

 足元に生えている適当な草を地面から引き抜く。

「【鑑定】」

 手に握った草に対して【鑑定】を使うと、鑑定結果が仮想ウィンドウに表示された。うん。アーツは問題なく発動するようだ。

 適当に引き抜いた草は、特に利用価値もない一年草の雑草だった。

「【光よライト】」

 今度は、呪文スペルを唱えてみる。すると、拳大の白く光る光球が空中に現れた。目を眩むほどではないが、そこそこの光量の光球は、ゲームの時のように意識すると思い通りに動かすことが出来た。スペルに関しても問題なく使えるようだ。


 あ、丁度いい。

 確認のために、天狐とゴブ筋にも手伝ってもらうか。


「天狐、狐火をちょっと出して見せてもらえるか? 」

「狐火? ええ、いいわよ」

 俺の頼みを天狐は快諾して、指先から青白い炎を出して見せてくれた。普通の炎とはどこか違う雰囲気の狐火は、しばらく天狐の指先で燃え続けて消えた。

「ありがとう天狐。ゴブ筋もちょっとスラッシュを使って見せてくれないか? 」

 同じようにゴブ筋にも頼み、初期装備として腰に差さっていたナイフを手渡した。

「わかった」

 頷いたゴブ筋がナイフを構えて振る。その瞬間、ナイフの刃が赤く輝き、虚空に赤い軌跡を一筋残した。

 【剣】スキルで最初に覚える武技アーツの一つである【スラッシュ】が発動した証拠だった。

 うん。天狐たちも問題なくスキルを使えるようだし、スペルやアーツも発動するみたいだ。


「村長、これでいいのか? 」

「うん。助かったよ。ありがとうゴブ筋」

 ゴブ筋に礼を言って、返されたナイフを受け取って腰に差し直す。

 スキルとかが使えるなら生産スキルでいろいろ作れるだろうし、素材さえ集まればどうにかなるかな。


「しかし、マップが残ってたのは良かったけど、これじゃあ使えないよなぁ……」

 赤文字でエラーと出ているマップ画面を見て、俺はため息をつく。 
 消えてしまった『オプション』やログアウトボタンと違って『マップ』の機能は残っていたが、ここがゲームの世界ではないことに関係するのか、使い物になりそうになかった。残っているので、もしかして、と思ったのだが残念な結果だった。


「これからどうしたものかな……」

「まずは寝床の確保よね」

「剣が、欲しいな」

 天狐とゴブ筋の意見に確かに、と俺は頷く。

「そうだな。近くに村や街があればいいんだけどなぁ……」

 寝床を確保するにも剣を作るためにも拠点の確保は最重要だ。
 ゲームの時のように一から村を作ることもできなくはないが、アイテムボックスが空っぽな現状では、あまり現実的ではないだろう。マップが正常に機能していれば、近くに村や街があるかないかぐらいはわかったのに……


「偵察なら小鴉こがらすに頼めばいいんじゃないかしら? 」

 どうしようか悩んでいると天狐からそんな提案をされた。

「小鴉に? 」

「ええ、空から探せば、地上から探すよりも遠くを見渡すことができるわ。それに小鴉なら速いでしょう」


 確かに小鴉は、夜叉鴉という種族で固有スキルとして【高速飛行】を覚えている。それに、長年一緒に冒険をした小鴉は、仲間の中でも一二を争う速さを有している。

「うん、そうだな。なら小鴉を……」

 呼んで頼んでみようか、そう言葉を続けようとしたら空から黒装束の男が飛び降りてきた。
 その背中には、鴉のような黒い翼が一対あり、畏まった様子で地面に膝をついて頭を垂れてきた。

「村長、お呼びでしょうか」

「小鴉、なのか? 」

「はっ、村長から頂いたお召し物を失い、このような粗末な物を着ておりますが、小鴉で御座います。僭越ながら、先程の話は聞いておりました。そのお役目、是非某に任せてもらえないでしょうか」

 そう語る小鴉は、全身黒装束に身を包み、鼻まで覆い隠す覆面をしていて、まるで忍者のようだった。

「お、おう。小鴉が受けてくれるなら助かる。でも、そんなに畏まらなくていいんだぞ? 」

「いえ、そんなわけにはいきませんぬ」

 畏まった様子の小鴉にもっと気楽にしていいと言ったものの頑とした様子で断られてしまった。
 何というか小鴉からは、俺に寄せてくる信頼や尊敬、それに親愛といった感情がひしひしと伝わってくる。

 むぅ……そういうのに慣れてないから背中が少しむず痒い。

「ま、まぁ、それじゃあ小鴉は、空を飛べる仲間をまとめて、周囲の様子を上空から偵察してきてくれ」

 気を取り直して俺は、小鴉に指示を出す。

「村とか街を見つけた場合は、すぐに戻ってきて報告を頼む。移動中にモンスターと遭遇するかもしれないけど、ここがまだどういうところなのか、よくわからないからどんなに相手が弱く見えても戦闘は極力控えてくれ。それと、やばいと思ったらすぐに戻ってきたらいいから。全員無事に帰ってきてくれ」

「御意」



 指示を受けた小鴉は、すぐさま希望者を募って合わせて百人くらいの仲間を連れて空に羽ばたいていった。

「大丈夫かなぁ……」

「大丈夫でしょう。あの戦力ならどんな敵と出会っても逃げに徹すれば何とかなるわ。それよりも彼らを待っている間、私たちはどうするの? 」

「うーん、どうしようかな……」

 天狐に尋ねられて俺は腕を組みながら、結果的にここに居残る形になった仲間モンスターたちの様子を窺った。

 暢気に寝ている者や近くの者と楽しそうに談笑している者もいたけど、大半は俺の指示待ちといった様子でこちらに意識を向けていた。その一部の仲間モンスターの目には不安の色があった。


……モンスターでも不安になるんだな。

 その目を見て、そんな感想を持った。
 ゲームでも仲間になったモンスターには個性があって簡単な意思疎通ができたが、細かい感情の機微までは分からなかったし、表情には出てこなかった。

 やっぱり、ゲームと違う。

 その変化を俺は強く感じていた。

 天狐たちと会話をして、仲間に明確な自我が生まれているのを感じていた。会話が違和感なく続くし、その喋り方は流暢で、声には感情が籠っていた。

 
 体が実体を持つようになったのがきっかけ……いや、あのバグでここに飛ばされたことがそもそものきっかけなんだろうな。

 彼らには自我が生まれている。ゲームの時も記憶も引き継いでいるみたいだ。

 その上で彼らは俺の元に残り、俺を頼りにしてくれている。


 俺にとって、彼らは何年も一緒に楽しんできた大切な仲間だ。
 他人からすればたかがゲームだろと笑われるかもしれないが、ゲームの時でも彼ら一人一人に個性があり感情があり会話が出来た。思い入れは自然と強くなった。
 
 手塩にかけて育ててきた大切な子供、というと少し語弊があるかもしれないが大切な家族だとも思っている。

 そんな彼らを安心させたいと思うのは、俺の嘘偽りのない気持ちだった。




「そうだな。みんなで薬の素材集めでもするか」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 俺の提案はすんなりと通って、残った仲間総出で薬の素材集めをすることになった。

 これを提案したのには、3つの理由があった。

 一つは、ここは何が起こるかわからない異世界であり、回復呪文という手段があるものの手持ちに回復薬がないというのは心細かったということ。

 もう一つは、薬だけでなく生産の時に必要な素材が、ここでも存在するか確認すること。

 そして、最後に手持ち無沙汰だと俺も皆も考えが碌な方に行きそうにないのでちょうどいいと思ったからだ。これが一番大きな理由かもしれない。

 取り敢えず手を動かしとけば、それに集中できるからな。


 結論から言えば、気分転換という当初の目的は達成できたように思える。不安の色を見せていた者たちも作業をしている間に落ち着きを取り戻すことができているようだった。
 他にも薬の素材となる薬草などは、ゲームの時と同じ名称のものが存在していることを確認できた。【鑑定】から分かる限りでは、その違いは確認できなかった。
 それと同時に見慣れない名称の植物も【鑑定】で見つかっている。こちらは俺が知らないだけか、異世界特有の植物だと考えられる。幸いなことに、鑑定結果から毒の有無や薬効などは確認できている。既存の薬の素材には、ならないから今回は対象外だ。

 そんな感じで素材集めは順調に進んだようにも思えるかもしれないが、問題も発生した。


「なぁ村長、この草は使えるか? 」

「村長、キュコル草の群生地がありました! 」

「村長見て見て―。お花の冠作ってみたのー」

「村長ぉ、あそこの小川にシミレ苔がありましたよー」

「村長、この草って使える? 食える? 」

「村長、この石綺麗……」

「村長」「村長」「村長」「村長」「村長」

 薬学に精通している一部の仲間は、的確に薬になる素材を集めてくれるんだけど、他はそれっぽいものを採集しては俺に尋ねてくるのだ。しかも、その大半が外れなので慌てて、薬学に精通している仲間と協力して採集するように指示し直した。

 見通しが甘かったとしか言わざるを得ない。

 薬学の知識がない仲間達が列をなして引っ切り無しに俺ばかりに尋ねてきた時は、全員の【採集】スキルをもっと上げさせとけばよかった、と後悔した。



 2時間もすると動員した数が数なので、周辺の目ぼしい素材は全て取りつくしてしまった。人海戦術というのはすごい。 


 集まった素材からは、HPを回復する効果を持つ中級のポーションと状態異常の一つである麻痺の解毒薬、それに状態異常の混乱を直す気付け薬がまとまった数作れそうだった。
 正直集まった素材から作れる薬は、等級が低くて気休め程度の効果しか期待できないのだけど、それは手間と時間を度外視すれば、ある程度までは高められるのでよしとしよう。

 お守りみたいなものだしな。いざとなったら回復呪文を使えばいい。

「って道具がないから薬つくれないじゃん」

「道具がなくても薬は作れるでしょう? 」

「いや、そうなんだけど……。そんなことしたら、ただでさえ低い薬効が下がるから出来れば、道具を使って作りたいんだよ」

 今更ながら、薬を作るために必要な道具を持ってないことに気付いて、俺は愕然とした。
 アイテムボックスの中身が空になっているのだから当然、道具もなくなっているんだった。

 天狐の言う通り、生産スキルで作業を簡略化して作れないこともないが、それだとただでさえ性能が低い薬効が余計に下がってしまう。

「村とか行って道具手に入れないとダメかもしれないな」

 最悪、道具を自作しようかと考えていた所で、天狐が肩をポンポンと叩いてきた。

「ん、どうした? 」

「あれを見て、小鴉たちが帰ってきたようよ」

「ほんとっ!? 」

 天狐が指差した空を見た。遠目からだと黒煙のようにも見えたが、確かに小鴉たちだった。その先頭を飛ぶ小鴉が、すごい速さでこちらへと接近してきていた。

「もしかして、街が見つかったのかな」

「そうだったらいいわね」


コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品