終末屍物語

マシュまろ

第1話「こんな体になって」

・日常が紙を握りつぶすように簡単に終わってしまうのをあの日初めて知った。いつも通りに学校に行って、友達や彼女と会って、暇な授業を聞き流して、昼飯を食べて、午後からの授業も聞き流して、学校が終わったら、校門の前で待ち合わせをしていた彼女と手を繋いで二人で家に帰る。こんな何の特徴も無く、でも幸せな生活がいつまでも続くものだと思っていた…あの日までは。

・2138年4月10日。何の前触れもなく起こったゾンビパンデミックで人類の文明社会は唐突に滅んだ。
 ここ渚市もそのひとつだ。人で賑わって歩行者天国となっていたこの通りも、昼夜関係無く煌びやかに電光パネルを光らせていたこのビルの周りも、今では徘徊しているゾンビの背景にしかならない。そして、こんな光景が世界中でどこでも見られるようになってしまっていた。

・ザシュ…ジャリ…ザシュ…

「あ〜あ…さすがにこいつらの顔も見飽きたな…」

さっきまで足を動かし、ゾンビが徘徊しているこの道路を歩いていた少年は、徘徊しているゾンビに足を止めて悪態をついていた。
 その少年は、髪は白いがそこまで奇抜な髪型では無く、服装もジャケットにジーパンとどこにでもいそうな格好の少年だった。目が紅く、腰に銃火器を着け、手には血塗れの金属バットを持ち、彼がゾンビだという所を除けば。
 彼の名は灰崎 春人。この渚市にあった渚市立蒼海高校の元3年生だ。

・「ガアアァアアァァアア!」
「お。何だ。やんのか?」

 さっきまで春人の周りでウロウロしていたゾンビのうち4、5匹が春人の存在を確認するやいなや咆哮を上げて走ってきた。しかし春人は動揺もせず右手に持っていた金属バットを振りかぶり、向かってきたゾンビの頭に、
「ソォイ!!」
と声をあげたと同時にものすごい勢いで金属バットを振った。

フォン! バキン! ブチブチ!


グシャ! ボト…

バットが当たったゾンビの頭がマンガの擬音かと思うよな音を立ててちぎれ、近くの壁にぶつかって潰れた。

「オオ…ウオォ…」
「グギルルル…」
「どうしたよ?怖気づいたか?ゾンビども?」

自分の仲間の内の1匹が死んだのを見るやいなや残ったゾンビは唸り声をあげてゆっくりと後ずさりを始めた。そして、我れ先に一目散に走って逃げて行った。それをバットの血を振り払いながら、

「ゾンビになって脳みそが腐っても、本能は生きているんだなぁ…」

と言いながら春人は見ていた。

・血を振り払い終わり、再び歩いていると、
「おーい!春人じゃねえか!」
と春人を聞き覚えのある声が呼び止めた。
「あぁ、ヤクさんか。」
春人を呼び止めたのは彼の友人のゾンビだった。

「毎回会う時に思うんだけど、ヤクさん寒くないの?」
「イヤイヤ、ゾンビは寒さを感じないだろう?」
「でもさぁ、見てるこっちは凄く寒そうな格好してるからさぁ」

 そう、このヤクさんと春人が呼んでいるゾンビは下はジーパンをきているものの、上は何も着ていないのである。

「そうか?これはこれでファッションだと俺は思うぜ?」
「ん〜…そうなのか?」
「ああ、そうだとも。そんなことより、お前はいつものあそこか?」
「ああ。そうだぜ。」
「お前もよく行くなぁ…あそこは人間もよく通るのに…」
「だからこそだよ。もしかしたら、あいつが来ているかもしれないし。」
「まぁそうだが…」

春人が向かおうとしていた場所。それは、4月10日のパンデミックが起こったあの日に付き合っていた彼女と生き別れ、そして、お互いが生きていたらまたこの場所で会おうと約束していた場所、渚市立海洋公園だった。

・2138年4月10日(金)10:00時。この日、春人はとある人物と約束をしていた。約束をしていた人物の名前は、日野崎ひさぎ。彼の恋人だった。約束をして会おうと言ったのは彼女の方からだった。いつもはスマホの連絡アプリから「宿題がわからないので教えてください。お願いします!(°*°)/」や、「数学の担当の鈴木は変態だ!」だの、そんな特別変わったことのないメールのやり取りばかりだったのだが、その日は急に「どうしても伝えたいことがあるので10時に海洋公園に来てください。」と急に改まった文面でメールが来て、春人は出掛ける支度をしながら首を傾げていた。家を出て海洋公園についた頃には、約束の時間より少し早かった。
 しばらくすると、黒く綺麗な長い髪の少女が来た。彼女のひさぎである。ただ変わっているのは彼女の服装だった。彼女はいつも春物の高校の制服にマフラーという格好だったのだが、珍しく白のワンピースを着て、白の帽子を被っていた。

「どうしたん?急に?なんか相談か?」
「いや…違うんだけど…その…」
「?」

春人が首を傾げていると彼女は持ってきていたカバンからラッピングされた小包みを取り出した。

「はい。これ。」
「?」
「アンタの誕生日プレゼント!今日誕生日だったでしょ!」
「ああ!そういやそうだった!」

実はこの日が彼の誕生日だったのだ。

「アンタ…自分の誕生日を忘れてたの?」
「いやぁ…ごめん、ごめん。すっかり忘れてた。」
「去年も似たこと言ってたわよね?」
「まぁ…その…ひさぎぐらいだからなぁ…祝ってくれるの。」
「アンタねぇ…」
「ごめん、ごめん。それで、中身は何?」
「開けて見なさいよ。」

春人が小包みを開けてみると中身はキラキラと輝く星のキーホルダーだった。

「これって…」
「アンタ、最近家の鍵用のストラップが欲しいって言ってたから…わぷっ!ちょ…アンタ、なにすんの!」

ひさぎが言い終わる前に、春人はひさぎを抱き締めていた。

「ありがとう…本当にありがとう!」
「わかったから離しなさいよ!」

ひさぎを抱き締める春人。抱き締められ、迷惑そうにしながらもまんざらでもなく頰を赤らめて照れるひさぎ。他人が見たら、細い目を向けるか、イラッとする場面だろう。だが、この場所でもうすでにその行為を見ているものはいなかった。そして、その1分後である。2人がゾンビに襲われ、それから逃げる人々に巻き込まれ生き別れになったのは。

・「あれからもう2年も経つのか…」
「そうだよ。お前が俺と同じようにゾンビに噛まれて、あの人にワクチンを投与してもらってからそんなに経つってんのに…変わらないな。お前。」

 ここは渚市立海洋公園。春人がひさぎと最後に来た場所だ。

「まぁ…今日もいないよな。」
「ああ…ゾンビになってんなら他の奴がもう知らせてるしな。」
「まぁな…ん、なぁ…なんか聞こえないか?」
「確かに…でもこれって、足音だよな?しかもこの音ゾンビじゃあないな。」

確かに春人達の後ろから足音が聞こえていた。だがその音は、ゾンビのヨタヨタしたものではなく、人間の足音だった。

「なぁ…これって2人分の足音が聞こえないか?」
「ああ。隠れた方がいいな…」

そう言いながら、2人は近くの茂みに隠れた。しばらくすると、2人程の 少女が歩いて来た。1人は茶髪と蒼い目が特徴的な少女だった。そしてもう1人は…

「ひさぎ…?」

そう、春人が会いたいとずっと願っていた日野崎ひさぎ本人だった。

「おいおいおい!なぁ、あれってお前の彼女さんじゃ…」
「ああ…よかった…本当によがっだ…」
「ちょw…お前…w顔…w」
「じがだねぇだろ…グスッ…」

春人はひさぎの顔を隠れて見ていただけだが、涙をボロボロ流して泣いていた。友人が横で笑っていたとしても。

・「今日もいないね〜」
「…うん。」

 日野崎ひさぎとその友人先崎舞は誰もいない(隠れている春人達を除いて)海洋公園を2人歩いていた。綺麗な海を見ながら。

「アイツ…約束忘れてんのかな?」
「それはないんじゃない?彼、約束を破るような人じゃないんでしょ?」
「まぁ…そうだけど…」

こんな会話をしている2人を隠れながら春人達は尾行していた。

「ほれ、言われているぞ。」
「ああ…でも行かないよ…」
「?またなぜ?」
「だって考えて見ろよ…『やぁ、久しぶり!』って来た自分の彼氏がゾンビだったら…」
「まぁ…そうだが…」
「だからいいんだよ…こんな体になっちまった以上ひさぎには会えないよ…」
「ああ…でも、本当に…」
「いいんだよ。さぁ帰るぞ。」

そう言いながら春人達は元来た道を帰って行った。この時は春人自身、考えてもいなかった。もう一度ひさぎに会うなんて。しかも最悪の形で会うことになるなんて考えもしなかった。





  


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