令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜

サカエ

73.第四章 愛しさと、ぬくもりと⑩

「これでも食らえ――」
 空中の巨大な水の塊が、ゆらりと不穏にゆれる。

「だめだめだめ、マヨルだめっ! その水カロア川に戻して!」
 メリチェルはうしろからマヨルに抱きついた。
 令嬢の顔色は、ミラに蹴られそうになったときよりも蒼白だった。

「いいえお嬢様、あいつらは制裁が必要です。よりによって精霊使いを騙るとは――。我が故国において精霊使いは聖なる神子の証。聖女たるお嬢様を蹂躙しあまつさえ精霊使いを偽装するとは、この者はもう水没の刑に――」
「ここはあなたの祖国じゃなくてエランダスだから! 国違いだから大陸違いだから! 殺人はだめよマヨルーっ!」

 さ、殺人っ?と、周囲がどよめいた。
 マヨルの剣幕におそれをなした生徒たちが、巻きぞえを食ったらおしまいだと、花壇周辺から泡を食って離れる。

 ミラと取り巻きたちも、じたばた必死でもがいていた。しかしマヨルの術で押さえつけられているのか、土の上から尻をはなすことができない。

「こら! なにをやって――ぐはあ!」
 騒ぎをきいて駆けつけたパロー先生が、マヨルのひと睨みでふっとんだ。ぼそりと一言唇が動いただけで、マヨルが長い術式を唱えた様子はまるでない。

「ななななにあいつ……」
「化け物……」
「なんあのあれ? 術式じゃないよ……」
 生徒たちがおびえた声を出す。

(呪術です)
 マヨルの暴走に、メリチェルは参ったとばかりに天を仰いだ。

 マヨルの故国では呪術が主体で、中でも精霊を呼び出せる能力は最高位にあるらしく、精霊使いは神の子と呼ばれ崇め奉られるらしい。

 メリチェルも、最初はふつうの主従としてマヨルと距離を縮めてきたのだが――精霊チョルチョルを紹介して以来、マヨルの態度が「親愛」から「崇拝」に変わった。

 自分になにかあったら、マヨルがなにをしでかすかわからないとは思っていたけれど。
 水没の刑は、さすがに駄目だ。

「マヨル、水を川に戻して」
「――殺しはしません。制裁を加えてやるだけです」
「マヨル、こわいから! 目が据わってるから!」
「地獄で反省するがいい!」
「ほら、地獄とか言ってるし! だめ――――っ!」

 マヨルの頭上でたゆたっていた水の塊が、大きくゆらいだ次の瞬間、細かくはじけた。


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