令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜
71.第四章 愛しさと、ぬくもりと⑧
メリチェルは痛みを予測してきつく目を閉じた。
しかし、痛みはおそってこない。
「馬鹿ね。蹴るわけないじゃないの」
あざ笑うようにミラは言った。
「ミラ、ひとつきいていい……?」
押し殺した声で、メリチェルは言った。
「なによ?」
「マヨルにも、こんなことしてるの? アンゼラにも、こんなことしてたの?」
「してないわ?」
これも嘘だわと、ミラの白々しい表情を見てメリチェルは思った。アンゼラはこの中庭で、マヨルを思いきり突き飛ばしていた。あれは、やられたことをやり返していたのではないだろうか。ミラにではなく、歯向かわないマヨルに矛先を変えて。
捌け口――。
嫌な言葉が、メリチェルの脳裏に浮かんだ。
捌け口を必要とするほどに、ミラがアンゼラを蝕んでいたのだとしたら――?
「なにがなんでも入学してやるわ。あなたとは、ゆっくり話をしなくっちゃ」
「あたしは茶制服なんかと話をしないの。いいから、あやまんなさいよ。さあ!」
「あやまらないわ。ミラの嘘つき」
「嘘つきですって。あたしが嘘つきですって!」
ミラはなぜか、高らかに笑いながら言った。校舎の窓という窓から、生徒たちが鈴なりになって中庭の騒ぎを見ている。四階の一室に、ちらりと白い制服が見えた気がした。マヨルだったら、大急ぎでこの中庭に駆けつけてくることだろう――。
「この子、あたしを嘘つきって言ったわ! いいわ、見てらっしゃい! ゲインデラマウス・デミスタリアス・ヴィゾン――」
ミラが慣れた口上で、淀みなく術式を唱える。術式独特の四角ばった古語が、まるで聖壇に捧げる詩のように、澄んだ響きで高らかに響いた。
美しい術式だとメリチェルは思った。こんなに美しく文言を紡げるのに、紡ぐ動機が美しくない。こんなの嫌だとメリチェルは思った。
ミラの美しい声と言葉が、軋んで聞こえる。
メリチェルがそう思ったのも束の間、ざあっ……と遠方から水音が聞こえた。
しかし、痛みはおそってこない。
「馬鹿ね。蹴るわけないじゃないの」
あざ笑うようにミラは言った。
「ミラ、ひとつきいていい……?」
押し殺した声で、メリチェルは言った。
「なによ?」
「マヨルにも、こんなことしてるの? アンゼラにも、こんなことしてたの?」
「してないわ?」
これも嘘だわと、ミラの白々しい表情を見てメリチェルは思った。アンゼラはこの中庭で、マヨルを思いきり突き飛ばしていた。あれは、やられたことをやり返していたのではないだろうか。ミラにではなく、歯向かわないマヨルに矛先を変えて。
捌け口――。
嫌な言葉が、メリチェルの脳裏に浮かんだ。
捌け口を必要とするほどに、ミラがアンゼラを蝕んでいたのだとしたら――?
「なにがなんでも入学してやるわ。あなたとは、ゆっくり話をしなくっちゃ」
「あたしは茶制服なんかと話をしないの。いいから、あやまんなさいよ。さあ!」
「あやまらないわ。ミラの嘘つき」
「嘘つきですって。あたしが嘘つきですって!」
ミラはなぜか、高らかに笑いながら言った。校舎の窓という窓から、生徒たちが鈴なりになって中庭の騒ぎを見ている。四階の一室に、ちらりと白い制服が見えた気がした。マヨルだったら、大急ぎでこの中庭に駆けつけてくることだろう――。
「この子、あたしを嘘つきって言ったわ! いいわ、見てらっしゃい! ゲインデラマウス・デミスタリアス・ヴィゾン――」
ミラが慣れた口上で、淀みなく術式を唱える。術式独特の四角ばった古語が、まるで聖壇に捧げる詩のように、澄んだ響きで高らかに響いた。
美しい術式だとメリチェルは思った。こんなに美しく文言を紡げるのに、紡ぐ動機が美しくない。こんなの嫌だとメリチェルは思った。
ミラの美しい声と言葉が、軋んで聞こえる。
メリチェルがそう思ったのも束の間、ざあっ……と遠方から水音が聞こえた。
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