令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜

サカエ

68.第四章 愛しさと、ぬくもりと⑤

「ミラ」
 メリチェルは冷静に、ミラの名を呼んだ。
「なによ?」

「ローザ、マナ、リンディ、ソフィー、セシリア」
 取り巻きたちの名前も呼ぶと、彼女たちはぎょっとした顔をした。

 いつもミラの陰に隠れているから、名前を呼ばれるとぎょっとするのよ。メリチェルは苦々しく思った。

「わたしがここにいる価値があるかどうかは、あなた方じゃなくて先生がお決めになるの」

 メリチェルがそう言い返すと、取り巻きたちの顔がさっと強張った。
 視野の隅で、メリチェルは取り巻きたちの表情を見ていた。視野の真ん中で見つめているのは、ミラの顔だった。

「先生は、あなたが価値ある生徒だと認めるわ」
 メリチェルの目をまっすぐ見返しながら、ミラは言った。

「なぜそう思うの?」
「貴族だからよ。あたしが、金持ちの娘だから価値があるのと一緒よ」
「……寄付金の話かしら」
「そういうことよ」

 メリチェルが入学することになったら、ソシュレスタ伯爵は寄付金の名目で、いくばくかのお金を学院にもたらすだろう。それはきっと、豪商のミラの生家も行ったことだろう。決まりではないが、家の格式にかけて寄付金はなしでは済まされないのだ。

 「金持ちの娘だから」と言ったとき、ミラの表情に一瞬だけ、くやしさのようなものがにじんだ。メリチェルはそれを見逃さなかった。

(ミラは、お金持ちの生家ではなく、自分自身が価値ある存在になりたいんだわ……)

 あの水龍の模倣など、並大抵の技術でできることではない。そこまでできるようになるには、長年積み重ねた努力があったはずだ。
 しかし、白制服はミラではなくアンゼラへ、アンゼラののちはマヨルへ渡った。
 ミラの苛立ちは、メリチェルが思うより、ずっとずっと深いのかもしれない……。

「ミラ」
「なによ」
「わたし、編入試験がんばるわ」
「はあ?」
「わたしが赤マントじゃなくなったら、きちんとお話してくれるかしら?」
「嫌よ。貴族は嫌いなの。えらそうで」
「……あなたのほうが余程えらそうだけど」
「えらいんだからいいのよ! この学院では、あんたなんかよりあたしのほうがず――――っとえらいの!」
「はいはい」
「はいはい!? 軽く流さないでよ!」
 ミラが怒りをあらわにすると、取り巻きたちが「赤マントのくせに」「生意気!」とののしってくる。メリチェルはもう面倒になったきた。

「授業だわ。さようなら」
 つきあっていられなくなって、メリチェルがミラたち一行の脇をすり抜けて階段を下りようとすると、うしろからローザの声が追いかけてきた。

「ミラは、カロア川の精霊を呼んだんだから!」


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