令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜

サカエ

66.第四章 愛しさと、ぬくもりと③

 アーチ天井の石造りの廊下に、メリチェルの足音が響く。そろそろ朝の授業が始まる時間だ。つきあたりの階段下から、女生徒たちの楽しげな話し声がする。

 メリチェルが聞くともなしにその声を聞いていたら、こんな言葉が聞こえた。
「あなた知ってる? カロア川の精霊を呼び出した人」

 メリチェルは思わず、階段を下りる足を止めた。

「紺制服の人でしょう?」
「なんだ、知ってたの」

(紺制服の人――?)
 どういうことだろうか。メリチェルは眉をひそめた。ただのうわさ話として、広まっているだけだろうか。
 疑問に思い、そのまま会話に耳を傾ける。

「カロア川の水で、あの水龍そっくりの龍をつくって見せたって話をきいたわ」
「そう。きのう、カロア川の堤防で見た人が何人もいるんですって」
「龍だけ? 精霊は?」
「精霊はいなかったみたい」
「じゃあ、術式で龍をつくっただけじゃないの?」
「『だけ』って言うけど、あなたあの龍つくれる?」
「え、無理」
「でしょう? ミラさんはすごいわ! きっと精霊を呼び出したのもミラさんよ」

 ミラさん。
 メリチェルは、寄宿舎に入ろうとしたときにモメた、華やかで気の強そうな紺制服の女生徒を思い出した。

 あの火事の日に現れた水龍は、精霊の乗りものとしてメリチェルが前々から想像していたもので、なぜか精霊とともに出てきてしまったのだ。あの精緻な龍を形づくったのは、カロア様本人だと思う。

(水を形づくるのが得意なら、模倣してみたくはなるわよね)
 とくにミラは、自己顕示欲が旺盛そうだし……。
 あれを模倣できるなんてすごいわと、メリチェルは素直に感心した。自分なぞ、水を水槽から水槽に移すのに四苦八苦しているというのに。

(呪術でやればわたしにもできるかしら……)
 むくむくと対抗意識が頭をもたげる。
 しかし、今はそんなことをやっている場合ではない。メリチェルは頭をふって、今やるべき課題に集中しなくちゃと自分を戒めた。


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