令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜

サカエ

60.第三章 くじらちゃんを探せ⑱

 女の集団は苦手なので、ロギは学院で女生徒たちをしげしげ眺めたりしない。
 しかし、あらためて観察してみると、女生徒たちは少人数でまとまって行動するのがふつうであるようだ。

 おもしろいことに、学園内身分が「平民」である茶制服は、茶制服どうしでしかつるまない。学院内身分が「中産階級」である緑制服と、学院内身分が「貴族」である紺制服は、行動を共にする場合もあるようだ。

 そして、「平民」としてすら勘定に入れてもらえない赤マントはというと――。

 中庭を、赤マントがたったひとりで横切っていく。
 メリチェルだ。

「おい」
 ロギは漆喰補修の作業を止め、ぴょこぴょこ歩いているメリチェルに声をかけた。
「『おい』じゃないわよーだ」
 つんとした表情をつくり、メリチェルはすねたようにななめ上を向いた。

「メリチェル」
「はい、なあに? ロギ」

 きのうあんなに泣いていたくせに、まるでなにもなかったように、メリチェルは愛らしい笑顔で答えた。
 レオニードの話をきいていなかったら、ロギはあたりまえのようにメリチェルの笑顔を受け止めていただろう。

 なにも意識することなく。

 こいつはこういうやつなのだからと、メリチェルの努力など知ることもなく。

 午前の新鮮な光を浴びるメリチェルの笑顔は、まぶしいほどに輝いていて、努力の影などみじんも感じさせない愛らしさだった。

 学院のみなが誰かと一緒にいる中、メリチェルだけはたったひとりでいるのに。
 こいつは暗い顔ひとつせず、名前を呼ばれれば笑うのだ――。

「メリチェル」

 ロギはもう一度名前を呼んだ。
 舌の上で、あの蜂蜜色の飴を転がすように。

 メリチェルがもう一度、やさしく目を細める。

 名前には、なにかが宿っているのだな――。
 ロギはそう感じた。
 それがなにかは分からないけれど。
 きっと精霊のように、得体の知れないなにかなのだろうけれど。

「メリチェル、俺は明日から旅に出るぞ」
「ええっ?」
「くじらちゃん探しの旅だ」
「くじらちゃん探しの……」
「ここのところ、地味な復旧作業と読書しかしてないからな。体もなまってることだし、ちょうどいい。ちょっと出かけてくる」
「ちょっとって……どこへ行くの?」
「さあ? どこか、くじらちゃんがいるところだ」
「わからないのに行くの?」
「わからないのに行くことくらい慣れてるぞ。探し物ってなぁ、そういうもんだ。聞き込みして当たりをつけて、術式で気配を探って、足でたどって足跡を見つけて」

「ロギってなんでもできるのね……」
「俺にとっては、それはほめ言葉じゃないからやめてくれ。器用貧乏は卒業したい」
 まじめな顔をしてロギが言うと、メリチェルはくすっと笑った。

 まなじりになにか光るものが見えたが、気付かないふりをしてやろう。

「ロギ、ありがとう……」
「おう! じゃあまたな」

 面と向かって礼を言われると照れてしかたないので、ロギは壁面の補修に戻るふりをしてメリチェルに背中を向けた。
 軽い足音が遠ざかったあとでふりかえる。

(う。しまった)

 メリチェルとふりかえるタイミングが一致してしまった。

 目が合う。

 なぜか、メリチェルがぼっと赤くなった。そしてあわてたように顔をそむけると、さっきより早い速度でぱたぱたと走って行ってしまった。注意力が散漫になっているのか、ハゲ教師とぶつかったりしている。

(おい――)

 あの赤面はなんだ?
 なんであのタイミングで赤くなるんだ?

 ――とか考えたら、なぜかロギも顔が熱くなってきた。

(いや、ないから!)
 顔面の熱をふり払うように顔をふる。

(ないから! ガキだし! 貴族だし!)

 レオニードの言葉がよみがえる。――相手は貴族の令嬢だよ? 王立術士団に入って名をあげて、王様の目に止まって叙爵を受けないとむずかしい。うわあ、男のロマンだね! 

(ああ、俺は考えてたさ。王立術士団に入って名を上げて、王都で尊敬される術士になって、王都の一等地に豪邸を建てていい家の美人の嫁さんをもらって、大勢の召使いにかしずかれて万々歳な人生を送ろうって。考えてたけどさ! 考えてたけど!)

 考えていたけれど、「美人の嫁さん」が誰かまでは、当然考えてなかった――。

(考えない! 考えない!)
 ロギはさらに頭をふった。
 レオニードのにやにや顔を思い浮かべなかったら、冷静に戻れないところだった。


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