令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜

サカエ

55.第三章 くじらちゃんを探せ⑬

(白くて、丸くて、メロンくらいの大きさ。ちっちゃなおめめ。にっこりしたおくち。ふわふわ)
 なにかが頭に引っかかっているのだが、なにが引っかかっているのか思い出せない。

 ロギが頭の引き出しをあっちこっち引っ張り出してうんうん悩みながら歩いていると、「やあ、ロギ君」とさわやかに引き止められた。

 だいぶ復旧の進んだ校舎を背に、きょうもおめかしした主幹教諭が前髪をかきあげている。「服が汚れるぞ」と注意したら「汚れてもいい服だから」とのたまわったボンボン教師が、ロギには若干うっとうしかった。

「おはよっす。んじゃまた」
「通り過ぎないでくれたまえ」

 どうして自分のまわりには、こう遠慮のないタイプが多いのか。
 考え事をしていますと表情に張りつかせているつもりなのだが、わからないのだろうか。

「なんか用か?」
 もう敬う気も失せている。
「学院長が君に逃げられたと嘆いていたよ。君のおかげで復旧がだいぶ進んだから」
「だいぶ進んだなら、もう俺はいらないだろ」
「正式に職員として働いてくれないだろうかと言っていたよ」
「教師の資格なんかねえぞ」
「教師ではなく、用心棒兼用務員として。君ってなんでもできて便利だからね」
 またしても器用貧乏ぶりを発揮してしまった自分に、ロギは自己嫌悪をおぼえた。
「悪いが、ここには勉強に来たつもりなんで」
「そこをなんとか説得してもらえないかと、僕が院長に頼まれたわけで」
「先生、勉強させてくれ」
 レオニードは教師のくせに、勉強の邪魔をしてはばからないのだからあきれる。

「仕事の合間にも勉強はできるよ。授業料なしで好きな授業を受けられる特権をつけると院長が言っていた」
「ここの教育課程に魅力は感じない。魅力的なのは図書室の古書だけだ」

 ロギはすっぱり言ってやった。
 近代の術式学校には、ロギの求める呪術の授業はない。

「えええ〜……」
「悪いな。今日の仕事を済ませたら、俺はしばらく自分の用をする。邪魔しないでくれよな」
「自分の用ってなんだい?」
「探し物だ」
「なにを探すんだい?」

 うざい。

 そう言ってやりたくなった。もうほっといてほしい。
 しかし、そんな気持ちを押さえてレオニードに向き直る。こいつはうっとうしいが、術式にかけてはロギなど足元にも及ばないエリートだ。実践向きではないが、頼りになるときがあるかもしれないと考え直す。

 使えるものはなんでも使う。それが流れ術者の心得である。

「白くて丸くてメロンくらいの大きさで、ちっちゃなおめめでにっこりしたおくちのふわふわだ」
「は?」
「くじらちゃんだ」
「鯨は白くも丸くもメロンくらいの大きさでもなく、目は体との比率的には小さいかもしれないけど口はにっこりしてないし、ふわふわでもない」
「んなこたあ知ってるよ!」
「つまりそれは鯨ではない」
「鯨じゃねえよ! くじらちゃんだ!」
「鯨とくじらちゃんは別のものということだね?」
「あたりまえだ」
「では、くじらちゃんとはなんだね?」

 ぬいぐるみだ。
 そう言おうとしたのに、ロギの口から出たのは別の言葉だった。

「メリチェルの大事な友達」


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