令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜

サカエ

49.第三章 くじらちゃんを探せ⑦

 ロギと主人はそのあと、流れ術者から王立術士団に入った知り合いの武勇伝だとか、山賊になった術者がついに捕まった話とか、仕事相場の街による違いとか、うわさ話や世間話をいくつかした。

 メリチェルは林檎果汁を飲みながら、ふたりの話に聞き入っていた。
(ロギは、学校以外にも道はいくらでもあるって、わたしに教えたかったんだわ)

 おどけた調子で主人と話すロギの、精悍な横顔を見つめる。
(ロギって頼もしい)
 甘い果汁をひとくち、口に含む。

(それに……やさしい)

 蒸留酒一杯、果汁一杯ですぐに店を出た。
 ロギの知り合いらしい色っぽいお姉さんが「あら、もう帰っちゃうの? 子守って大変ねえ」と声をかけてきたから、ちょっとムッとした。

 たしかに子供だけれど。
 なにも知らない子供だけれど。

「はやく戻らないとおかみに怒られる」
 ロギのほうも、遊び過ぎて家に戻るのが遅れた子供みたいなことを言っている。

 近頃普及しはじめたガス灯が、夜の街をおぼろに照らす。
 田舎のソルテヴィル領は夜になると真っ暗だから、ガス灯が照らす街もメリチェルの知らない世界だった。

 知らない世界に、ロギとふたりでいる。

「ロギ……きょうはどうもありがとう。安心したわ。アンゼラのこと」
「そのことなんだけどな」
 ロギはまじめな顔でメリチェルを見た。

「おまえ、アンゼラに『道はいくらでもある』って言うのか?」
「面会させてもらえないから言えないわ。アンゼラは監禁中だし……。手紙を書くわ」
「今?」
「ええ。近いうちに」
「ほっとけよ」
「どうして? アンゼラ苦しんでるわ」
「苦しめばいいと思うぜ、俺は。あいつがやったことは人殺しだぜ? 相手がマヨルとレオニードじゃなかったら、確実に死んでた。しばらくどん底で苦しんでみたらいいんじゃねえの」
「ひどい。そんな……」
「どんな理由があるにしろ、あいつは犯罪者だ。術式は危険な技術だ。悪用したやつはそれ相応の報いを受けてもらわなきゃ困る。俺はおまえの気を軽くするために、アンゼラにも将来はあるって教えたかっただけだ。アンゼラのためじゃねえよ」

「アンゼラのためじゃなかったの?」
「おまえのためだ。落ち込んでるから」

「わたしのため……?」

「さっさと帰るぞ。腹減った」
 ロギは本当に空腹らしく、腹を押さえながら足をはやめた。

 メリチェルはロギの広い背中を追いかけながら、誰にも聞こえない小さな声で「わたしのため……?」とつぶやいた。


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