令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜

サカエ

43.第三章 くじらちゃんを探せ①

 教諭陣でも破れない結界術を持った生徒が、王立術士団候補生をはずされたうらみで暴走した。主幹教諭室放火事件の動機はわかりやすく、生徒たちは納得のうちにこの事件を飲み込んだようだった。

 アンゼラは親しい友達がなく、年頃の娘らしい恋やおしゃれの話にもうとく、術式の成績が飛び抜けていいことだけに誇りを見出していた生徒らしかった。

 そんな生徒が白制服を入学したばかりのマヨルにとられ、寄宿舎の部屋までマヨルの知り合いに譲るはめになったら、マヨルを消したくなるのもわかるよね――というのが、大方の生徒の感想だ。

 事件から数日経っていた。

 ロギは学院の中庭を歩いている。きょうの目的地は図書室ではない。学院長室である。

「……キヨスム・ランメル・ヴェナガウス・ジェインゾ・テラミアニアス……」
「親方ー! この石材どこ置きますー?」
「……ラマウス・スタリアス・フィードロクラスト・ルラカアスマスク……」
「荷車まだかー! もう一台持ってこいよ!」

 今日も燃えた校舎の復旧工事が着々と進んでいるようだ。術式使いの教師陣と、力仕事の職人が、あっちこっちで声を上げている。
 ぶつくさつぶやく術式と、威勢のよい職人たちの声が、石の中庭で混ざりあう。

 どうにもへんなかんじだ。

 ロギも仕事で火事の後始末を請け負ったことがあるが、もっと術者と職人が一体となって作業にあたっていた。術者のロギも作業着を着て煤まみれになって、廃材を運んだり灰をどけたり、誰が術者で誰が職人なんだかわからないような現場だった。

(あんな格好で現場に来たやつはいなかったぞ)
 ロギの視線の先にはレオニードがいた。
 あいかわらず、貴族のサロンにお呼ばれに行くようなしゃれた服装をしている。

「やあ。ロギ君」
 レオニードはロギに気付くと、前髪をかきあげながらさわやかなほほえみを見せた。白い歯がまぶしい。
 レオニードの手には分厚い術式辞典があった。なにか調べていたようだ。

「なにやってんすか、先生。授業は?」
「術式の授業はしばらく間引きしてやるんだ。術者の先生方も復旧にあたるからね。今日は歴史や古語の授業をやっているよ」
「ふーん」
「ロギ君にも手伝ってほしいなあ。ほかの先生方が君のことを絶賛していたよ。パロー先生なんて、君が言ったところに本当に結界記述があったって驚いていた」
「パロー先生?」
「ええっと……。なんていうか、その、頭髪がすずしげな先生だよ」
「ああ、ハゲの」
「はっきり言わないであげてくれたまえ……。ここは研究機関を兼ねた学校だから、理論派の先生方が多いんだよ。どうも現場に弱くて。君は術者として長年世間で仕事をしてきた人だから、実践力があるだろう? 効率的に灰をどける術式とか、煤汚れを取り去る術式とか、教えてもらえたらうれしいな」

 ロギはレオニードが広げた術式辞典を見た。
 主幹教師は、どうやら「煤汚れを取り去る術式」を調べていたらしい。そんなもの、そのまま載っているわけがない。

「んあ〜……。煤汚れを取り去る術式なら、まずですね……」
「ちょっと待って」
 レオニードが短くなにかつぶやくと、石段に置いてあったノートと鉛筆が持ち主のもとへ飛んできた。そのくらい手を使って取れ!とロギは思った。

「いいですかね。まず、木綿の布を準備します」
「ふんふん、木綿の布」
「それから、水とアンモニア水と度数の強い酒を準備します」
「ふんふん」
「水とアンモニアと酒の割合は、水百に対しアンモニア――」
「ええっと、ロギ君、それは術式なの?」
「術式を使うのは、洗剤を作って布を浸して固く絞ってからっすよ。ぜんぶ術式でやるより、手を使って掃除しながら術を唱えるのが、一番効率がいい。術式は仕上げみたいなもんです。万能じゃない」

「……おおお!」
 レオニードは感嘆の声をあげた。

 こいつバカじゃないのか?とロギは思った。巷の術式使いの間では、こんなこと常識なのだが。

「先生」
「なんだい、ロギ君?」
「先生は先生になる前、なにをやってたんすか?」

 ロギの予想は、レオニードは先生になる前は先生の助手で、その前は学生だったというものだ。ついでに言うといいとこのボンボンだろう。

 しかし、レオニードの答えはロギの予想とは違っていた。


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