令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜
32.第二章 カロア川の精霊⑩
そのころ、メリチェルは女子寄宿舎の前でムッとしていた。
さっき、寄宿舎に入ろうとする茶制服の生徒をつかまえて、「アンゼラさんの落とし物なんだけど、届けてくれないかしら」と頼んでみた。そうしたら、「紺色の人とは口をききづらいから」と断られたのである。
「なんなのよ……。あ」
こんどは緑制服の寄宿舎生が、二人連れ立って通りかかった。
「あのう、もしもし。あの」
二人はまるでメリチェルの声が聞こえないかのように、素通りしていく。
「あのーっ!」
大声を張り上げたらやっとこちらに一瞥をくれたが、返事はない。無視である。
そしてこんな声がきこえた。
「赤マントに話しかけられちゃった」
「やだあ」
(やだあってなによ? 赤マントは話しかけることもいけないの?)
一体なんなのだろう。この学院内身分制度の厳しさは……。
(こんなの校則にないわよね。生徒間で自然発生した制度なのかしら)
赤マントのメリチェルは学院内身分制度の最下層であり、緑制服以上は口をきくのもごめんな様子なのである……。
(どん底! わたしってばどん底!)
メリチェルはぐっと拳を握りしめた。
「こんなのはじめて。でもめげちゃだめ!」
「なにがめげちゃだめなの?」
ひとりごとに返事があった。
学院内貴族とでも言うべき紺制服でありながら、最下層の赤マントにやさしく話しかけてくれるその人は、先日お世話になった眼鏡の舎監生、コレットである。
「いえ、なんでもありません。これ、アンゼラさんの落とし物なんですけど」
「あらまあ。届けておくわ」
「では、よろしくお願いします」
「ええ。――それはそうとメリチェル、下宿はどう? 不自由してない?」
コレットは心配そうに言った。
「カロア川が見えるとても素敵な下宿で、ご主人もおかみさんもいい方で、大満足です!」
「ならよかったわ。あなたを寄宿舎から追い出すことになっちゃって、申し訳なかったわ。だめね、私。舎監なのに。力及ばずってところね……」
「そんなそんな! コレットさんはよくしてくださいました! 今だって、紺制服なのにこうして赤マントに話しかけてくれて……」
「赤マントが紺制服と話しちゃいけないって規則はないのよ。ちょっとおかしいわよね、この学院」
コレットは苦笑した。
「おかしいと言えばおかしいですけど、なんだか新鮮だわ」
「メリチェルは貴族だものねえ。学院の外だったら、平民の私が伯爵令嬢のあなたに、こんなえらそうな口きけないわね」
「コレット先輩はえらそうなんかじゃないです」
「そうかしら」
コレットは肩をすくめて、困ったような顔をした。
「本当は私、あなたに寄宿舎に入ってほしかったの。私なんて真面目しか取り柄がないから、こうして舎監を任されてるけど、人の上に立つってどうしたらいいかわからないの。あなたを見てさすがだと思ったわ。あのミラににらまれても、堂々としていて……。うらやましいわ」
「社交界はここよりもっと怖いですから」
「――それをきくと平民でよかったと思うわ」
「でも、マヨルはわたしよりももっともっと怖い思いをしてきました」
メリチェルはコレットをまっすぐ見つめた。
寄宿舎でマヨルを守ってくれるのは、この人しかいないと思った。
「コレット先輩、マヨルをよろしくお願いします」
メリチェルの真摯な瞳を受け止めて、コレットは力強くうなずいた。
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