令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜
27.第二章 カロア川の精霊⑤
マヨルの肩を押して本を蹴飛ばした女生徒だった。
小柄で、乾いた薄茶の髪の、地味な風貌の少女だ。年の頃はマヨルと同じ十七、八だろう。見た目はぱっとしなくとも、制服の色は紺色。学院で十数人しかいない上位クラスだ。
叩きつけたのは教科書だった。石畳に数冊、ばらばらに散っている。
メリチェルは足元に跳ねとんできた一冊を拾おうとした。
「さわらないでよ!」
地味顔の紺色生の目は、怒りに燃えてらんらんと光っていた。
「ずっと王立術士団を目標にして、候補生を目指して、何年もがんばってきた生徒が大勢いるのよ? 『ためしに入ってみる』ですって? ふざけないで! マヨルなんかが王立術士団? 笑わせるわね! よその国の人間のくせに。この国のことなんか、これっぽっちも考えてないくせに」
「……」
「お金のためのくせに!」
「それはちがうわ。マヨルの名誉のために言わせてもらうけど」
「なにがちがうって言うの? 外国人がお金のため以外に、エランダスの王立術士団に入る理由がないじゃない! あなただって言ったじゃない『収めた授業料が返済される』って。それって、お金のためじゃないの」
「……あなたは、なんのために王立術士団を目指すの?」
「エランダスを守るためよ。決まってるでしょう」
「エランダスを、なにから守るため?」
「なにって……どこの国だって、敵になり得るわよ。セイリャとか……」
「そうね。北のセイリャは寒冷地なうえに土地が痩せているから、エランダスの耕作地が手に入ればいいと思うかもしれないわね」
「そ、そうよ。危険なのよ」
「でも農地は少ないけれど鉱山が豊富で、我が国とは鉄鉱石と農作物の交易で均衡が保たれているわ。王室も婚姻関係で密接につながってるから、近い将来に敵対関係になるとは考えづらいわね」
「……セイリャだけじゃないわ。異教徒の国だってあるし」
「南の小国家群と西のアンターブが宗教問題で緊張関係にあるから、エランダスがカエザ旧教か新教かどちらかを支持する方向に傾けば、局所的に戦いが勃発するかもしれないわね。でも、エランダスは多神教だから、もう根本から宗教概念が違うのよね。今のところ宗教問題で王都が直接攻撃されるような全面戦争になる可能性は乏しいと言えるわ。宗教対立は近しい宗派ほど激しくなるものだもの。敵対関係になるとしたら領地問題だけれど、もうしわけないけれど南方諸国とアンターブは我が国と国力に差がありすぎる。先方から攻め入るようなことはないんじゃないかしら。問題は……東ね」
「東は海だぜ」
ロギが口を挟む。
「海の向こうよ」
「ランダルか。大国だな。俺も、来るとしたらランダルだと思うぜ。東大陸じゃザティナが国土を広げてる。ザティナに対抗するために、ランダルが海を越えてエランダスを獲りに来ることはじゅうぶん考えられる」
「ザティナがランダルを素通りして、海を越えてこないとも限らないわよね」
「……」
「ねえあなた、マヨルはそのザティナに侵略された国から逃げて来たの。戦争経験者よ。マヨルの故国はもうないの。よその国の人間って言葉はあてはまらないわ」
女生徒はメリチェルとロギの会話に入り込めず呆然としていたものの、すぐにキッ!と険しい表情に戻った。
「だから何? エランダス人じゃないってことは確かよ! 下賤な異人種……」
「人種差別は感心しないな」
さっきまでこの場にいなかった人物の声がした。
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