令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜
24.第二章 カロア川の精霊②
「きゃああああああ!」
あまりの衝撃に、メリチェルは思わず悲鳴をあげた。下宿屋であてがわれたばかりの二階東の部屋である。
「どうなさいましたメリチェル様!」
ドンドンと扉が叩かれる。セロロスが大急ぎで階段を駆けあがってきたのだ。
メリチェルは青ざめた顔で立ち上がり、扉を開けた。
「ああ、セロロスさん……」
「なにがあったのです? ま、まさかロギがあなたになにか狼藉を……」
「するか!」
セロロスのうしろにはロギの顔も見えた。彼もなにごとかと思い、駆けつけたのだろう。
「くじらちゃんが……くじらちゃんがいないのです」
「は?」
「くじらちゃんが荷物の中にいないのです。一緒に連れてきたはずなのに……。ああ、なぜ? どこにいるのくじらちゃん!」
「くじらちゃんとはなんです?」
「くじらちゃんはくじらちゃんです! ちいさくて、つぶらな瞳で、お口がにっこりしていて、とてもやわらかくていいにおいなの」
「……? どんな生き物かわかるか、ロギ?」
「鯨じゃないってことしかわからん」
「ぬいぐるみじゃないかい?」
遅れてやってきたベルタが言った。
「わたし以外の人は、ぬいぐるみと呼びます……」
「なんだ、人騒がせな」
ロギはあきれた様子で背中を向けた。さっさと自室に戻っていく。
「あ〜……どこかで落としたとか?」
セロロスも気が抜けたように言う。口には出さないが、やれやれそんなことかと思っている様子だ。
ただひとりベルタだけは、泣きそうになったメリチェルの肩にそっと手を置き、「よしよし。一緒に探してあげるよ。もしかしたらおうちに忘れてきたのかもしれないよ? 手紙を書いて、たしかめてごらん」となぐさめている。
「家で荷物の確認をしたときに出して、そのまま入れ忘れちゃったのかしら……。それならいいんですけど……。そ、そうね、落とすはずもないし……」
「大切なんだね」
「ええ。くじらちゃんとは五歳のころからずっと一緒なの」
「うんうん。男どもには女の子のこういう気持ちはわかんないんだよね。手紙を書いたら、あたしが明日出してきてあげるよ。……あら?」
家の玄関扉を叩く音がする。
ややあって、対応に出たセロロスの声が聞こえた。
「マヨル。どうしたんだい、こんな時間に?」
「お嬢様がこちらに……メリチェル様!」
階段から下をのぞきこんだメリチェルに、マヨルが心配で覆われた顔を向けた。
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