令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜

サカエ

3.第一章 デジャンタン術式学院③


「なにかお困りで」
    黒髪のその若者は、御者の馴れ馴れしい視線につかまって、おっくうそうに答えた。
「馬車の車輪が穴にはまってしまいましてー」
「グランジェメルデミスタリアデスタスカス」
「は?」
「戻した」
    御者とばあやが車輪を見ると、あったはずの穴はなく、車輪はなにごともなかったかのように平らな地面に乗っている。
「おおおおー!」
「あらー!」
「すばらしいわ!」

 御者とばあやが惚れぼれと車輪と地面を見ているので、メリチェルは歩み去る旅人を早足で追った。
「あなた術者なのね。省略形で術式がまるでわからなかったわ。熟練者なのね〜」
「それほどでも」
 足を止めずに、面倒そうに黒髪の若者は言った。顔ごとふりかえりはせず、冷ややかな横目でメリチェルを見る。
    しかし、そんなつれない態度にめげるメリチェルではない。
「デジャンタンに向かわれるの? わたしはこれからデジャンタンの……」
「旅のお方!」
 小走りのばあやが、メリチェルと青年に追いつく。
「たすかりました。ありがとうございます」
    ばあやはそう言うと、押しつけるように青年の手に布の小袋を押しつけた。
「金など……」
「飴です」
「飴……?」
「わたくしたちの土地でとれる蜂蜜を使った、おいしい飴です。さ、お嬢様もお礼を」
「そうだったわ! わたしったら」

「「「ありがとうございましたー!」」」

 令嬢、ばあや、御者の三人揃ったお礼の声に、無愛想な旅人は面食らったようにうなずいた。

    たくましい大きな手で飴の袋をつまんで、ぶらぶらさせている様子がちょっとかわいいなと、十四歳の令嬢はほほえましく思った。


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