異世界に召喚されました。
7
この狂った少女が“戦”の天人?
俺は、俺の腕の中で辛そうにしているエルノを見下ろす。
エルノは小さく身をよじって、俺にしがみついた。
身体が熱い。やっぱり風邪か?
エルノのことは心配だが、それよりも先にこのフィオーレという少女が何なのか確かめないといけない。
「“戦”の天人は所在が不明って聞いたけど?」
俺はそう尋ねた。
「あぁそうだね。所在を明かしてると色々と面倒だから、隠してるんだ。実はボク、王都に居たんだよ」
ふふっと微笑むフィオーレ。
「あ、『なんで俺が勇者だって分かったんだっ』て顔してるね。答えは簡単、ボクはエルノちゃんと面識があるから」
「そんなエルノが大した護衛もつけずに街の外に出ようとしてるから、一緒にいる俺が勇者だって?」
「そうそう。向かう方向もステラちゃんのいる街だったしね。もう一人の可愛い子が勇者かなっとも思ったけど、まぁそこは勘かな」
「ボクの勘って結構当たるんだよ」と言ってフィオーレは笑う。
「ところでさ勇者くん」
彼女は笑みを薄くした。
「君の名前聞いてもいい?」
「俺は……ユウだ」
「そっかユウね。覚えたよ」
飄々とした雰囲気。妙な感じがする。まるで俺のことを対等な人として扱っていないような……。
胸騒ぎ、とでもいうのだろうか。
おかしい。これから俺はご都合主義に見守られた賑やかで楽しいチーレムライフを送る筈なのに。
「ねぇユウ」
「え。なんだ?」
「エルノちゃん、大丈夫そう?」
そう言われ、俺はハッとエルノに視線を戻す。
彼女は俺の服を握りしめて、息を荒げている。顔が赤い。熱い。額に汗が浮いている。
どうみてもいい状態じゃない。そういや、最初にあったお姉さんは王都に病院があると言っていたな。
今すぐ戻るべきか――?
いやでも。
思考が固まる。どうするのが最善だ?
俺が硬直していると、フィオーレが俺に抱かれているエルノに近寄って、手の甲をエルノの頰に押し当てた。
「これは、たぶん“空染症”だね」
確信を秘めた声で言う。
「クウセンショウ……?」
「っ!」
隣にいたアリアが息を呑んだ。
「そうか知らないか。勇者は異世界から来るんだもんね。その様子だとこの世界に来たのは本当に最近なのかな。“空染症”はこの辺りで流行ってる感染性の病気で、主に他種の病に対する免疫の少ない子供がなりやすいの」
「重い病気なのか?」
声が震える。
「いや別に? 適切な処置をしたらまぁ死ぬことはないよ。でもエルノのちゃんの場合はちょっと特殊かも」
「特殊……?」
「うん。エルノちゃんの身体は生まれつき病気に対する免疫をつくれない」
「――は?」
なんだそれは。地球で言う“エイズ“みたいなもんか?
「だからいつもは結界を張って病原を防いでるんだ。“護”の天人のエルノちゃんはそういうことができる。でも、君たちと冒険に出られることでちょっと興奮しちゃったのかな。結界を張るのを忘れたみたいだね」
「で、でもその病気自体は大したものじゃないんだろ? なら――」
「でも今のエルノちゃんは、病気のせいで、結界を張る元気がない。さっきユウがやられてた時も、エルノちゃんは守ってくれなかったでしょ? “護”の天人は勇者を護ることが勤めのはずなのにね」
そう言うフィオーレはどこかたのしそうだった。
これが“戦”の天人……?
「まぁ要するにこのままだとエルノちゃんはどんどん他の病気に罹って死ぬかもってことだね」
ドクドクと心臓が暴れ始める。
死。
今まで一度も身近に考えたことのないそれが、足元に擦り寄って来るのを感じる。
不意に、フィオーレはパッと顔を明るくさせた。
「でもっ、これがあれば治ると思うよ」
フィオーレは胸ポケットから小さな球形の物体を取り出した。
「これは“万能薬”。ボクが万が一の難病に罹って時のために持ってたけど、ある条件を満たしてくれたら、ユウに譲ってもいいよ」
たのしげにフィオーレは言った。
「今からユウがボクと決闘して、ボクに勝てたら、ね?」
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