異世界に召喚されました。

ノベルバユーザー232937

6――勇者御一行三人組



 翌日、俺とエルノとアリアで旅に出ることになった。
 行き先は隣の隣の隣街。その街に、“癒”の天人がいるらしい。“戦”は存在は確認されてるけど、その所在はハッキリしてないそうだ。だからとりあえず“癒”に会いに行く。

 あと、俺が勇者ということは隠すらしい。その方が魔軍に場所を突き止められにくいから。必然的に、俺たちは普通の旅人に紛れて移動することになる。
 
 神聖爺さんに勇者であることの証明状とかお金とか旅の必需品などを用意してもらって、いざ出発。

 勇者の事実は隠すので、何とも寂しい門出だった。

 とりあえず最寄りの乗合馬車に向かって俺たちは歩いていた。

「もっと盛大に送って欲しかったなぁ」

「あなたは何とも目立ちたがり屋なのですね」

「いやそういうんじゃなくてね、せっかくだから勇者一行っていう自覚持ちたいじゃない? これだとただの仲良し三人組のぶらり旅だよ」

「安心してください。私はあなたと仲良くなった覚えはありませんので」

 ツカツカと先を進んで行くアリアを、俺とエルノが追いかける形になっていた。

「なぁ、何でアリアって俺の名前呼んでくれないの? 知ってるよね?」

「呼びたくありません」

 一体どうしてこんなに嫌われてんだろうな……。特に何かをした覚えはないんだけど。

「『あなた』って言ってると、俺とアリアが夫婦って思われる可能性があるぜ?」

「微塵もありません」

 く……、中々手強いぞ。

「スズキ……」

 クイクイとエルノが俺の服を引っ張った。

「どうした」

「歩くの疲れたから抱っこして」

「おんぶでもいいすか?」

「ん」

 よいしょ……と。
 俺はエルノを背負って、体勢を整えた。

「エルノめっちゃ軽いな」

「おなかすいた」

「マジすか」

 さっき出発したばっかですよ。

「なっ! あなた、エルノ様に何しているんですか!」

 ハッと振り返ったアリアが、俺を見て目を見張った。

「いや、エルノが疲れたっていうから」

「だったら私が背負います。エルノ様、こちらへ」

 俺の隣で両手を広げるアリア。

「スズキでいい」

「なっ、……!」

 ショックを受けて両手両膝を地面につけるアリアを、通行人が不思議そうに見て行く。
 
「おーい、ショックを受けてるとこ悪いけど」

「おなかすいた」

「お姫様がそうおしゃってるけど」

「そうですか……、分かりました。では少し早いですが昼食にしましょう」





 俺は口を開けて、愕然としていた。

 ブラリと立ち寄った飲食店。
 その一角のテーブル席にて、高々と積まれた皿の山。
 ザワザワと店内がちょっとした騒ぎになっていた。

「……おかわり」

「待って待て待て待てエルノちゃん」

「なに?」

「今自分が何人前食べたか分かってます?」

 俺の言葉にエルノはキョトンと首を捻ってから、高々と積まれた皿の枚数を数えていく。

「……二十八?」

「そうだね、次食べたら二十九人前になっちゃうけど」

「あと五人はたべられる」

 エルノたん、それだとニンゲンを食べるみたいになっちゃうよ……。

「おいアリア、これは何なの? 天人ってみんなこうなの?」

「私も初めは驚きましたね……」

 遠い過去を思い返すような顔になるアリア。
 その顔が、不意に二ヘラっとだらしなく緩んだ。

「どうした」

「すみません、エルノ様と一緒に入浴していた頃を思い返してました」

「誰か警察つれてきて」

 俺よりこいつの方が危ないだろ。誰か! 誰か捕まえて! 俺がやるとセクハラになって返り討ちにされるから。

「ていうか、朝食の時はエルノ全然食べてなかったような気がするんですけど」

「エルノ様は朝に弱いんです」

 そういや今に増してぼーっとしてたな。

「ねぇ、……スズキ」

 エルノが俺の服を引っ張る。

「やっぱりあと七人たべていい?」

「マジでお腹は空いても人間は食べないでね?」





 食事を終えた俺たちは、馬車に乗って隣街を目指していた。
 俺が召喚された王都と、これからの行く街はさほど距離が離れていないそうで、日が暮れる頃にはたどり着けるそうだ。

 現在、馬車は草原を走っている。

「馬車ってあんまり揺れないんだな、意外だ。結構速いし」

「おぉ……、はやいはやい」

「え、エルノ様、乗り出すのは結構ですが落ちないでくださいね……?」

 窓から外を見ているエルノを、アリアがハラハラしながら見守っていた。

 乗客はそれなりにいた。
 家族連れが多いように思える。

 俺は窓の外をぼんやりと見ながら、とあることを思った。

「なぁアリア」

「なんですか」

「こういう馬車に乗ってたらさ、魔物とか盗賊に襲われるのが定番だけど、この馬車って護衛っぽい人がいないけど、そこらへん大丈夫なの?」

「まぁ、王都とクルーズの距離間は短いですからね。この間の草原に、魔物は住み着きませんし、神聖騎士団も常駐してる王都の隣で賊を行うようなバカな奴らはほとんどいませんよ」

「ふーん……」

「それに、この馬車を襲っても大した徳はありません」

「なるほど」

 正直言ってフラグにしか聞こえないけど、そこまでの根拠があるなら大丈夫か。

 なんて思った俺が悪かったのかな。

 その数分後、バキッと嫌な音が響いて、馬車がガタンッと傾いた。

「な、なんですかっ?」

 どうやら片方の前輪が壊れたようで、重心がズレた馬車は滅茶苦茶な動きで揺れまくる。

「……あ〜」

「げ」

 窓から身を乗り出していたエルノが、外に吹っ飛んでいった。

「エルノ様っ! きゃっ」

「お前まで落ちんなよ!」

 エルノを追って外に飛び出そうとしたアリアは、窓枠に足を引っ掛けて転落していった。

 俺は手を伸ばしてアリアの襟をギリギリの所で掴んでから外に身を投げて、宙を無表情で舞っていたエルノを抱きかかえる。

「ふぅ、あぶなかっ――げふ……ッ!」

 慣性の力を忘れていた。
 地面に不時着した俺は、ズザザッと背中を草原に擦り付けながらなんか静止する。

「背中あっつぅ!!」

 燃えるような背中に俺が悶えていると、誰かが背中をさすってくれた。

「スズキ、大丈夫……?」

 無表情で俺の顔を覗き込むエルノ。

「ありがとうエルノたん……」

 あんまり心配してくれてるように見えないけど。

 そういえばアリアは……あ、いた。

 俺の隣でうつ伏せになって伸びているアリアを発見。特に怪我はなさそうだった。
 スカートがめくれ上がってパンツ丸見えだけど。

「やっぱ白っていいよね」

「っ、なに見てるんですか!」

 バッと起き上がって、スカートを抑えるアリア。

「よし、問題なさそうだな。さて、なにが起こったかだけど……」

 顔を真っ赤にして喚いているアリアを適当にあしらって、俺は周囲を見渡す。

 前方百メートルくらいのとこに盗賊感満載の男が十人くらいいるけど、どう考えても原因アレだよな。

 誰だよ、盗賊なんて現れないって言ったやつ。
 
「あ、あれは……」

 盗賊的集団に気付いたアリアが、驚いていた。

「なんだ?」

「アレは、おそらく『ハグレ兵』です」

「『ハグレ兵』?」

「大体が、素行などの悪さのせいで騎士団や傭兵ギルドを解雇にされたならず者です」

「盗賊とは違うのか?」

「盗賊は金品を目的に人を襲いますが、ハグレ兵はクビにされた腹いせに人を痛めつけ、ついでに金品なども奪っていきます」

「要するに盗賊みたいなもんってことか」

「まぁ、大きなまとまりでいえば」

「ねぇ、あれ……」

「げっ」

 エルノが指差す方を見ると、盗賊――じゃなくてハグレ兵か。
 そいつら十数人が、俺たちから少し離れた場所で完全に停止していた馬車に向かって、武器を振り回しながら駆けて行った。

「まずいですっ、あの馬車には、護衛の冒険者や傭兵は乗っていません!」
 
 アリアが焦った表情をして、馬車の方へ走り出そうとする。

「待て、俺に任せろ」

「え?」

 そう言って俺は地面を蹴飛ばし、瞬時にハグレ兵たちの前方に回り込む。

「待ちな下郎ども、ここを通りたきゃ俺を倒してからにするんだ」

 格好よくポーズを決める。昨日頑張って練習した。

 いきなり現れた俺に、ハグレ兵たちは一瞬呆然としたが、すぐに気を取り直したようで、

「何だテメェ、俺たちは今機嫌が悪いんだよ。殺され方は選べねぇぞ」

 リーダーっぽいモヒカン男が、俺を睨みつけた。
 割と迫力があったので、思わずちびりそうになる。でもそこは主人公の誇りにかけて堪えた。

「自分から機嫌が悪いなんて言っちゃう奴は、実はそこまで機嫌が悪くない説」

「あ゛あ゛っ?」
「ごめんなさい」

 やばい、結構怖い。
 俺がビビっていると、罵詈雑言を吐きながら、先頭にいた斧使いが俺に向かってきた。

「しねぇっ!」

 ブンと振り下ろされた斧を、敢えて紙一重でかわす。そのくらいの余裕があった。
 俺はソイツの手首に手刀を下ろして、斧を落とす。

「なっ?」

 驚く男に足払いで地面に転ばせて、俺は続く男たちを相手にして行く。

 やばい、俺強い。流石チートだ。
 そのまま全員をすっ転ばして、俺は再度ポーズを決める。

「はっはっは、俺にかなう奴などいない!」

「待て! それ以上、動くな」

 その時、俺の背後から鋭い声が聞こえた。
 声の方向に振り返って、俺は驚愕する。

「へへっ、調子に乗ってんじゃねぇよ。クソガキが。こいつらを殺されたくなかったら、身動き一つ取るな、分かったな」

 アリアとエルノが、二人の男に拘束されてナイフを突きつけられていた。

 え、こいつら一体どこから……っ。
 ずっと俺の死角にいたのか?

 しまった。最悪だ。

「いいぞ良くやった。そのままナイフ突きつけとけ」

 俺がすっ転ばしたはぐれ兵たちが、起き上がって、俺に好戦的な視線を向けていた。
 彼らの瞳の奥には、怒りの色も見える。

「いいか? 絶対に動くなよ」

 リーダー格のモヒカン男がゆったりと近寄って来て、俺の前で立ち止まった。

「舐めやがって……っ、ぜってー後悔させてやる」

 バキィと嫌な音がして、頰に激痛が走る。

 熱い。痛い。

 人から本気で殴られると、こんなことになるのか。

「ぅぇ……っ」

 下っ腹に全力の膝蹴りがえぐりこまれる。

 腹をやられたのに、なぜか頭がぐらついた。

 地面に崩れおちた俺の顔を、全力で蹴飛ばされる。

「――っ」

 ゴロゴロと地面を転がる俺。
 
 視界の中に、男にナイフを突きつけられているアリアとエルノが入った。

 アリアは悲痛な顔つきで、唇を噛み締めながら俺を見ていた。

 そしてエルノは……、エルノの様子は少しおかしかった。

 顔が赤くなって、はぁはぁと息を荒げている。
 視線がふらついて、焦点が定まっていなかった。
 明らかに調子が悪そうだった。
 もしかして風邪か?

 そう思った瞬間、俺の視界に血が舞った。

 赤々しい鮮血が、舞い散って、今まで真面目に考えたこともなかった命の色を見せつけられた。

 アリアとエルノにナイフを向けていた、二人の男の首が飛んだ。

 胴体から首が斬り離されて、くるくると宙を舞い、地面に落ちる。
 ドチャリといやに生々しい音がした。

「――え?」

 意図せずそんな声が漏れる。

 俺をいたぶっていた男たちも、一様に唖然とした表情を見せていた。

 なんだ、何が起こった?

「あはははっ、いやぁ、油断ってのはするもんじゃないよね」

 愉しげな笑い声が虚空に響く。

 ピッと水を斬るような妙な音がして、俺の隣にいた男の首が飛んだ。

「は?」

 なんだ。何なんだよ。意味が分からない。

 思考が白くなる。
 そのままの静かな思考を保って、俺はアリアとエルノの方向へ向かった。

 呆然としているアリアと、顔を赤くして息を荒げているエルノ。

「アリア、大丈夫か?」

 地面に倒れているエルノを抱き上げながら、アリアに聞いた。

「……い、いえ、私こそすみませんでした、本当に……。それより、あれが」

 アリアがある方向に視線を向ける。

 そこには、ひとりの少女が立っていた。

 紫色の短い髪の色白の少女だ。
 背は俺より低い。
 見覚えるのある少女だった。
 そうだ。俺たちが乗っていた馬車の中に、この子もいた。

 少女の両手には、二振りの長剣が握られていた。
 剣の刃には、血がべったりと付着している。

 温和そうな顔立ちだった。とても剣など握りそうに見えない。

「あぁっ、やっぱりいいよね。こういうの、気持ちよくて好き」

 恍惚の表情で、少女は剣を振る。
 ゆらゆらとした動きだった。
 
 気付いた時には、もうひとりの男の首が飛んでいた。

 地面に転がった首を見て、少女はビクビクと身体を震わせる。その顔には、とろけるような笑みが刻まれていた。

「さて、次にボクにやられたいのは誰?」

 少女は剣を切り払って、刃に付着した血液を飛ばす。
 地面に血飛沫が描かれる。

 少女は、はぐれ兵の男たちが一箇所に固まっている方向へ、一歩ずつ歩みを進める。

「悪事を働いたんだからさぁ。報いを受けるのは、当たり前だよね? だから女神様に代わって、ボクがお仕置きしてあげる」

「わ、悪かった! 俺たちが悪かった! もうお前らには手は出さねぇ! だから見逃してくれ」

 リーダー格のモヒカン男がそう言った。

 少女の歩みが止まる。

「ほんと? 本当に反省してる?」

「あ、あぁっ、反省してる。だから――っ」

「そっか。なら、罰を受けないとね」

 ニコリと少女が笑う。

 次の瞬間には、はぐれ兵の男たちの全員の首が飛んでいた。

 血が溢れて、地面に血だまりが生まれる。
 鉄が錆びついたような独特なにおいがその場に充満した。

「……やめられないなぁ」

 少女はもう一度、剣を切り払って血を飛ばすと、両腰の鞘に二振りの剣を収めた。

 そして身を翻して、俺たちの方を見やる。

 彼女の表情は酷く穏やかで、大人しそうな女の子にしか見えない。

 点々と彼女の身体に散る血がなければ、この光景を夢か何かと勘違いしそうだった。

「お、お前、何なんだよ」

 震えた声で俺は問いかける。
 
 すると彼女は「ボク?」と自分を指で示して、「そうだなー」と少し考えてから、自己紹介をした。

「ボクはフィオーレ。一応、“戦”の天人なんだけど、話は聞いてるかな? 勇者くん」



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