異世界に召喚されました。
3
「あそぶ……、なにするの?」
「ちょうどここに輪ゴムがあるから、これを使おう」
俺の両手首には、それぞれ三つずつくらい輪ゴムがかかっていた。いつものことだ。輪ゴムさえあれば、いろんな暇潰しができるからな。
ファッションとしても使えるし、輪ゴムは有能だ。
「わごむ……?」
「ほら、これのこと」
一つ渡してやると、みょんみょんと伸ばして、エルノは眼を輝かせた。
「おぉ……」
必死にみょんみょんしてる。
「これで、なにするの?」
お、かなり興味が出てきたな。
「よく見てろよ……、今はこの指に輪ゴムがかかってるだろ」
「ん……」
「でもな、一度手を握ってから、広げると……」
「っ!」
初めは人差し指にかかっていた輪ゴムが、薬指に移動していた。
「魔法……じゃない?」
「魔法じゃない、これはマジック」
「まじっく……」
エルノがジッと俺の手を見つめる。
「もういっかいやって」
「えーと、……こーして、こうすると、ほら」
「っ! もういっかい」
エルノがタネを見破ろうとするように、真剣な目で俺の手を見る。
何度やっても仕組みは分からなかったようで、エルノはしきりに首を捻っている。
「エルノもやってみたいか?」
「やる」
エルノにあげた輪ゴムを、エルノの手にかけて、やり方を教える。
そして気付く。女の子の手ってすごい小さいんだな。
「これで、手を広げたらいいの……?」
「そうそう」
パッとエルノが小さな手を開くと、輪ゴムの位置が移動していた。
「……っ!」
パチクリと眼を瞬かせるエルノ。
「できたっ、スズキできた、すごい」
「おぉ、すごいなっ」
「んっ」
エルノはコクコクと頷いて、今度は輪ゴムマジックを一人で黙々と繰り返し始めた。
無表情だったが、楽しんでいることがわかる。
いやー、楽しんでくれたならよかった。
俺はエルノに、持っていた輪ゴムを一つ残して全部渡す。
「……くれるの?」
「輪ゴムって気付いたら行方不明になるからな」
いやほんとマジで。あいつら一瞬の隙をついて消えるから。
「だから、慎重に扱えよ」
「わぁ」
「よし、それじゃあ別のやつを」
俺は自分の輪ゴムを指にかけて、別の遊びを教えようとしたのだが、そんなタイミングでドアがバンッと開かれた。
「み、見つけましたよ不審者っ、よりにもよってエルノ様の部屋に……っ」
激しく息を切らすアリアだった。後ろには他のメイドさんたちもいる。
逃げ場もなく、また捕獲された。
「しまった」
「外に逃げればよかったものの、あなたもバカですね」
「いやー、イケメンに釣られる人に言われたくないっす」
「う、うるさいですよあなた!」
「スズキ……なんで捕まってるの?」
さっきよりも厳重に拘束された俺をみて、エルノがキョトンと首をかしげる。
「エルノ様、彼は不審者なのです」
「でも、スズキ、エルノにわごむくれた」
エルノが輪ゴムを見せびらかすようにメイドたちに見せた。
「……これを彼にもらったのですか?」
「ん」
「怪しすぎますね。エルノ様、それは私たちに……」
アリアが手を伸ばすと、エルノはさっと身を引いた。
「……あげない」
「えっと、あー、そうですね……、どうしましょう」
アリアが助けを求めるように、後ろのメイドさんたちを見た。
「回収するべきです。どう考えても怪しいです。エルノ様に悪害を与える強い魔力のこもった魔法具かもしれません」
ただの輪ゴムですよ。
「エルノ様、申し訳ありませんが、それを一度渡してくれませんか?」
「……いや」
フルフルと首を振るエルノ。
「……」
静寂が訪れる。
あ、俺?
俺は先程の発言を最後に口を塞がれました。
「っぅぅんっ! ……ん、っ、んぅ……、っ」
「ちょっと黙っててください」
「んん」
ギュッと輪ゴムを握りしめて、メイドさんたちを睨むエルノ。
そんなエルノだったが、次第にその目がうるうると潤み始めた。
途端にメイドさんズが慌て出す。
「あ、それではこうしましょうエルノさま。本当にそれを一度渡して頂いて、魔法の気配が何も感じられなければ、この場でお返ししますから」
「……わかった」
渋々といった様子で、エルノは輪ゴムを渡す。
「……どうやら本当にただのゴムのようですね。しかしながら、こんなゴムは見たことがありません。あなた、一体どこから来たのですか?」
「んんん」
「それは後で聞くとしましょうか」
おい。
「すみませんでしたエルノ様、特に問題なようなので、これはお返しします」
エルノは輪ゴムを受け取って、ギュッと握りしめていた。
◯
現在俺は、巨大な広間に連れられて来ていた。
なんか神聖な感じがするところ。神殿の中だ。
どうやら話が変わって、俺を詰所に連れて行く前に、別の人物に合わせることになったとのことだ。
という訳で、俺の目の前には神聖っぽい爺さんがいた。
「お主か? 自らを勇者と自称するのは」
「うぃす」
「あなたっ、セイール様の前ですよ!」
適当に返事したら怒られた。だったらこの拘束解いてくれませんかね……。
「確かにお主は、この世の人間とは少し違うようじゃ」
「そんなこと分かるんすか、すげぇ」
「だが、だからと言って勇者と断定するわけにはいかぬ。勇者の召喚は失敗したのじゃ」
「だから、召喚の位置がずれたんですよっ」
「しかしのぉ、お主の言葉を信じたいところじゃが、お主の正体がスパイ目的の悪魔ということも考えられるのでの」
この世界悪魔がいるのか。じゃあ天使もいるのかな。エルノたんは天使みたいだったけど。
「どうにかして証明はできませんかね」
「うーむ、証明の方法はあるには、あるのじゃが……」
煮え切らない神聖爺さん。なんか問題でもあるのか?
「仕方ない。アリア、ここにエルノ様をお連れしてくれんかの」
様……? え、この神聖爺さんよりさっきのロリっ子の方が偉いの?
「ま、まさか、エルノ様に……」
「仕方あるまい。もちろん、エルノ様が拒絶なさったら、無理強いするつもりはないが」
「……」
なんかアリアがゴミを見る目で俺を睨んでくるんだけど。俺がマゾだったらよかったのに。
「……承知いたしました」
不承不承と、アリアが頭を下げてどこかに行こうとした。
が、その時。
「すみませんっ、面会中に失礼します!」
大いに慌てた様子で、メイドさんが駆け込んで来た。
「急事か……?」
神聖爺さんが真面目な顔になる。
「は、はい、たった今入って来た情報ですが、街に下級悪魔が現れたのことです!」
なんか大ごとっぽい。全然ついていけない。
「悪魔、じゃと……? どうしてこのタイミングで」
「そのことですが、実は数時間ほど前に、王都の北西区にて、とてつもない神聖力を宿した光が打ち上がったとのことです。おそらくソレを危険視した魔軍が、偵察を寄越したのかと」
「どういうことじゃ……?」
「あ、それ俺」
「「はぁ?」」
アリアともう一人のメイドさんが、何言ってんだこいつと言いたげに俺を見た。
「いや、だから、多分その光打ち上げたのが俺で――」
――え、てことはもしかして俺が原因?
何が起こったのかはよく分からんが、相当やばいっぽい。
……ど、どうしよう。悪魔呼び寄せるとか、勇者にあるまじき。
「それは誠か?」
「え? あー、はいそうっす」
神聖爺さんが、顎に手を当てて何かを考え込む。
「今の現状はどうなっておるのじゃ?」
「ただいま神聖騎士団が出動しましたが、どうやら悪魔に戦闘の意思はなく、ただ、おそらく神聖力の原因の解明をしているようで、街中を飛び回っております」
「……なるほどの。
お主、名前を尋ねてもよいか?」
「俺は、鈴木ユウです」
「ユウか。ユウ殿は、今ここで、その打ち上げた光を出すことは可能か?」
「できますよ? なんなら――」
ドッゴーンッと、壁が盛大に破壊される音が響いたのは、その時だった。
「ったく、初めからここに来たらよかったぜ」
ガラガラと壁が崩れて、外の景色が露わになる。
そこから現れたのは、頭から一本の角を生やす黒い人だった。
でも背中からコウモリ的な翼生えてるし、長い尻尾も生えてるし、人間なのかなアレ。
あっ、あー、なるほど、あれが悪魔ですか。
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