ラフ・アスラ島戦記 ~自衛官は異世界で蛇と共に~

上等兵

21話 「援軍到着、戦闘終了」


 夜、あたりは闇に包まれ何も観えない。しかし奴らは確実にそこにいる。闇の向こう側からビタンと何かが飛び跳ねる音が鳴る。それと同時に今度は低く唸る声が響く。

 「くくくっ、来やがった」

 須賀は気配を感じると。建物の入り口に築いたバリケードの前に向い、不敵な笑みを浮かべて正面に機関銃を構えた。

 そして、音がなる簡単な仕組みの装置の前に敵が近づくと、その音を合図に機関銃の安全装置を外した。それを近くで見ていたアオコは、事前に打ち合わせしていた通り、緊急用の信号銃を掴むと、須賀に教わった通りに操作し、夜空に向かって照明弾を発射した。

 「くくく、気持ち悪い奴等が大量に居るな……これから始末してやる」

 アオコが上げた照明弾の灯りで、体長一メートルを超す大量の大蛙達の群れが闇から明るく照らし出された。

 大蛙達の群れは突然の明かりに驚くと、四つん這いで飛び跳ね、不気味な低い唸り声を出しながら須賀の元へと迫る。

 「はぁはぁ……間に合った、須賀ぁ、良いものを取ってきたぜ」
 
 群れへ向けて機関銃を射撃していると、建物の中にいた久我が大きな筒を持ち、息を切らながら須賀に合流した。

 「おっ! 対戦車砲か、早速奴らに打ち込んでやろう」
 「応っ!」

 対戦車砲は、本来戦車や装甲車へ向けて発射するものだが、二人はそれを生物に向けて発射する事に決めた。そして、慣れた手付きですばやく発射準備を完了さてた。

 須賀が砲を構え、その横から久我が砲弾を装填する。須賀は後方の安全をした確認すると、引き金を引いた。

 圧迫感のある爆発音と凄まじい衝撃が須賀の身体に伝わる。それと同時に目の前にいる群れが数匹、肉片に変わった。

 「よっしゃあ! 次の弾を持って来い!」
 「……すまん、さっきの一発しか無かった」
 「なんだと!? チッ、しょうがねえ、残りは機関銃で食い止める、久我、お前は小銃で俺を援護しろ」

 須賀はそう言うと、機関銃を二人群れ向けて射撃し弾をばら撒いた。

 「畜生、暗くなった。アオコ、もう一度照明弾を上げろ!」
 「わっ、分かった」

 アオコは若干怯えつつ、須賀の言うとおりにした。

 再び照明弾の明かりで慌てふためく大蛙の群れが映し出される。それと同時に凶悪な笑みを浮かべ機関銃を射撃する須賀の顔も映し出されてた。

 ――何なんだ……これ、人間ってこんなに恐ろしいものなのか? そんな凌駕のあんな顔を見たくない。

 アオコは須賀のあまりの変わりように恐怖を抱いて震えた。以前、二人は敵対して争った事があったが、明らかにその時と須賀の雰囲気が違う。

 「――チッ、機関銃の弾が切れた……久我、そっちはどうだ!?」
 「ダメだ、潮時だ、弾がこっちも切れそうだ」
 「畜生、まだ数匹残ってるのに……仕方ねえ、白兵戦の準備だ、着剣しろ」
 「ええっ、無理だよ、俺、銃剣道下手だよ」
 「何? だったらてめぇの小銃と銃剣をよこせ、俺がやってくる!」
 「おい、無茶だよ!」

 須賀は久我から小銃を取り上げると、それに着剣してバリケードから飛び出した。

 「うおおおおっ!!」

 須賀は飛び出した瞬間、視界に入った一匹の大蛙へと目標を定め雄叫びを上げて突進した。

 大蛙は突進する須賀を確認すると低く響く鳴き声を上げて威嚇する。そして戦闘態勢をとったが、一足遅かった。

 次の瞬間、須賀は真っ直ぐと着剣銃を突き出し大蛙の口内を突き刺した。着剣銃は大蛙の口を抜けて、遂には背中を突き抜けた。

 「凌駕、後ろだ!」

 アオコの声が聞こえると須賀はすぐに着剣銃を引き抜いた。そして振り返りざまに正面に構える。すると、今度は別の大蛙が須賀を捕えようして口から長い舌を発射した。

 「フンッ、ヤアアアアアッ!」

 須賀は腹に力のこもった声をだすと目着剣銃剣を薙ぎ払うように動かした。そうすることで迫りくる大蛙の舌を切り裂き、続けて突進して小銃を大蛙の口内へ突き刺した。

 「すげぇ、あいつあっという間に二匹倒しやがった」

 久我は後ろから須賀の戦いぶりを見て呟いた。以前、須賀と話した時に須賀は部隊で銃剣道という自衛隊で盛んに訓練されている武術の訓練隊に居た事という話を思い出した。

 その、訓練隊では一日中木銃と呼ばれる銃を模した武具を使い、稽古や試合を行っていたようだ。

 「……道理で強いわけだな」
 「何をブツブツ言ってるんだ、早く凌駕を援護しに行こう!」
 「あっ、待ってよアオコちゃん、俺達丸腰で出てどうすんだよ、おいっ!」

 アオコは須賀の後を追いかけて行った。その後を仕方なく久我も追いかけた。

 「凌駕、今助けるぞ!」

 須賀が対峙している大蛙に向けてアオコは飛びついた。

 「はぁ!? お前バカか、さっさと逃げろよ!」
 「……そうは行くか!」

 須賀はアオコが戦闘に加わる事に反対して怒鳴ったが、アオコは聞く素振りも見せず、大蛙を締め付けて始末する。

 ――全く、どうしてこいつらは無謀な事をする俺に付き合うんだ、バカだろ……。

 須賀は心の中で悪態をついた。しかし内心、仲間が駆けつけてくれた事が嬉しく感じた。

 「……ヤベェな、囲まれた」
 
 戦闘を行うと、知らず知らずの内にストレスや疲労が蓄積し息が上がる。そして集中力が無くなりいつの間にか包囲されていたという事案が度々起こる。まさに今、三人にそれが起こった。

 包囲された事に気がついた須賀はまずは現状を確認する。重たい小銃で何度も突く動作をした自分の腕は疲労により、小銃を持つのもやっとの状態だ。

 そして、アオコも締め付ける動作を全身の筋肉を使用して行うので、同じく疲労して動けない状態だ。

 久我の方は、最初は拳銃で応戦していたものの、直ぐに弾が無くなり持っていたナイフを振り回して逃げていた。

 「うわぁ! 助けてくれ!」
 「――チッ、面倒くせえ……ヤアアアアアアッ!!」

 須賀は最後の力を振り絞り、久我を追いかけている大蛙に銃剣を突き刺し倒した。しかし、突き刺すと同時に踏ん張りきれず、姿勢を崩して仰向けに倒れてしまい、起き上がる力もなくなった。

 大蛙はその隙を逃さず。須賀を食い殺そうとして近くに集まる。

 ――ダメだ、もう抵抗する力もねぇ、このまま食われちまうか。

 近づいた一匹の大蛙が大口を開けて須賀の頭を飲み込もうとする。この時、須賀は心の中で仲間に侘びた。

 ――すまねぇお前ら、無事に日本へ返す事ができねぇ。

 「――ゲエエエッ!」

 突如、乾いた破裂音が数発鳴った途端、須賀をした食べようとした大蛙が絶叫をあげて絶命した。

 『一分隊、散開して前へ! 二分隊は援護しろ』

 誰かが指揮をする声が須賀の耳に入る。それと同時に、須賀の胸にある無線機が鳴った。

 『須賀三曹、援軍がそちらに向かっているわ、確認できる?』

 無線の声で相手がイーヴァだと分かった。そして自分を助けた援軍はイーヴァが送ってくれたものだと須賀は理解した。

 「……助かった、俺はまだ生きてる」

 須賀は生きている事を確認するかのように地面の土を強く握りしめた。やがてゆっくりと起き上がり、辺りを確認した。

 『状況はどう? 今送った援軍だけで対処できる?』

 援軍は二コ分隊と数人の支援人員だ。彼らは小銃と少ないマガジンしか持っておらず、戦闘を長期に継続するのは困難だ。しかし、先程奇襲攻撃を成功させた事により、大蛙の群れを潰走させた。

 「……大丈夫そうだ、蛙共は現在、慌てて逃げていってる」

 『そう、良かったわ、貴方達が敵をラフ・アスラを倒して敵を惹き付けてくれたおかげで攻撃態勢を整える時間ができたわ、もうすぐ主力がそっちへ向うわ』

 「なるほど、それじゃあ俺達は任務完了したって認識で良いな、あとは後ろに下がるぜ」

 『許可するわ』

 イーヴァとの無線を終えた須賀はヨロヨロとした足取りで後方へ歩いて行く。

 「おいお前、良くやったな、あとは俺達に任せろ」
 「この戦闘が終われば俺が高い酒を奢ってやるぜ、楽しみにしとけよ!」

 見ず知らずの兵士達が須賀を追い抜きざまに次々と労いの言葉をかける。そうして逃げた群れの掃討へと向かった。須賀はそれを呆然と見送った。

 ――俺の戦いは終わった。

 実際にはまだ戦闘は継続中だが、そう錯覚するほどの安心感を須賀は感じた。

 「アオコ、怪我は無いか?」
 「凌駕……もう終わりか? 私達は助かったのか?」
 「あぁ、そうだ、あとは奴らが始末してくれる」
 「……そうか」

 須賀は疲労で倒れて横になるアオコの身体を入念に調べて、怪我が無いことを確認するとホッと胸を撫で下ろした。大蛙に追いかけられていた久我も何とか逃げ延びた。幸いこちらも怪我は無かったようでその後無事に合流した。

 須賀はアオコの肩を担ぎ後方の衛生兵の元まで運んだ。そこで手当を受けながら戦闘が終わるまで待機した――。

 「――そろそろ終わりだな、俺達の勝ちだ」

 その後の戦闘の展開は早かった。須賀が武器庫を死守した事により、武器庫に集まった大蛙達は大きな被害を受け、その後駆けつけた味方の援軍の奇襲とグァアバという群れを指揮するものが居なくなった事により、まともに動けず潰走。

 味方部隊は武器庫を奪取し、全部隊に行き渡る小銃と強力な支援火器を確保、その後、それ等を使用し効率良く大蛙を全部駆除。

 こうして今回、ラフ・アスラ、グァアバのティタノボア駐屯地襲撃事件は幕を閉じた。

 須賀はタバコを一本吸い、戦闘が終わり、壊れた施設の後片付けをする兵士達を眺めた。

 その中で何やら騒がしく何かを囲んでいる兵士達がいるのに気がついた。

 『グァアアアアッ!!』

 「あいつまだ生きてたのか!」

 兵士達の囲いの方から須賀が四肢をリボルバーで撃って動けなくしたグァアバの叫び声が聞こえた。急いでその場所へと走る。

 「ったく、しぶとい野郎だ、さっさとトドメをさしに行くか」

 リボルバーには最後の一発、弾が装填されていた。それを手にしてグァアバを囲む兵士達をかき分けて前に出る。

 「おら! 化物、よくも俺達をした襲いやがったな」
 「畜生、こいつよくも親友を殺したな!」
 「死ね! 死ねええっ!」
 「ギャハハッ! もっと苦しんて死ね!」

 周りを兵士達は仲間を殺された恨みを晴らす為に、動けなくなったグァアバを殴る蹴る。もしくは傷口にナイフを刺すなどして苦しめていた。

 グァアバと須賀は目が会った。グァアバは憎しみのこもった目をして須賀を睨みつける。まるで、これで満足か人間共と訴えかけているようだ。
 
 グァアバのこれまでの所業を鑑みると、このような扱いを受けるのは自業自得だが須賀はその光景を見るに耐えないもののように感じた。

 「おい、何をする気だ、止まれ!」

 須賀は兵士の一人が静止するのを無視してグァアバに近づき、頭部にリボルバーを押し当て引き金を引いた。

 リボルバーの射撃音と同時にグァアバの頭が片方吹き飛び、血と脳味噌が飛び出る。

 「――この拳銃の元の持ち主の敵討ちだ、別に文句はねぇだろ?」
 「お、おう」

 誰も須賀の行いに文句を言わなかった。そうして興味が薄れた兵士立場は周りから去って行った。

 「須賀、見てたぞ……何て言ったらいいのかな、残酷な奴だったけど、最後はなんか可哀想だったな」
 「可哀想? それは俺達が生きてるから思えることだ、こいつに殺されてたら今頃地獄でざまぁ見ろと思ってたよ」
 「そうか……ところで、あの怪我人だけど、ゼリーちゃんのおかげて一命を取り留めたみたいだ、まぁ手足はこれから先は使えないたまろうけど、命があるだけマジだろ」
 「そうか、良かった、ゼリーの奴に何か褒美をやらねぇとな」

 丁度、衛生兵が久我が言った怪我人を担架で運んでいた。担架の上には怪我人の他にゼリーちゃんも乗っかり、久我に気がつくと、ピョンと飛び降りて久我の元へとやって来た。

 「おや、それはあなたが所有するメディカルゼリーなんですね」
 「メディカルゼリー?」

 衛生兵の一人がゼリーちゃんを見て久我に言う。

 「そうですよ、怪我でも病気でもある程度治してくれる優れた生物なんですよ、さっき運んだ負傷兵もその子のおかげて助かりましたよ」
 「へぇ、ゼリーちゃんはやっぱすごいな」
 「あの……良かったらその子内の部隊にくれませんか? メディカルゼリーって絶滅危惧種で殆ど居ないんですよ……駄目ですかね」

 衛生兵が申し出ると、ゼリーちゃんは拒否するかのように触手を久我の身体に貼り付け動かない素振りを見せた。

 「すみません、この通り俺に懐いてるし、俺も手放したく無いんで断ります」
 「そうですか、残念です」
 「けど、役に立つなら今は他の負傷兵の治療を手伝わせますよ、但し条件はゼリーちゃんにご褒美でエサをたくさんやって下さい」
 「もちろんそれで良いですよ! とても助かります」

 ゼリーちゃんもその条件に納得したようで、久我と一緒に衛生兵と共に負傷兵の治療を手伝いに行った。

 須賀がその様子を見送っていると、突如背中に重みを感じた。そして後ろを振り向き、アオコが自分の背中に抱きついているが分かった。

 「どうしたんだ?」
 「……怖いんだ、それでなぜだか知らないけど、凌駕の側にいたいと思ったんだ」
 「そうか、確かにな、俺も今は怖いぜ」
 「本当か? 今までのお前はとてもそうに見えなかったぞ?」
 「戦闘中はがむしゃらに行動してるから何も感じない、だが……終わった後から恐怖を感じる」

 須賀とアオコは暫く、その状態でいた。そして最後にアオコがポツリと呟いた。

 「こんな怖い世界は嫌いだ、帰りたい」

 須賀はタバコを取り出し、一本吸うと、アオコに気づかれぬように同じことを思った。

 ――俺もだ、早くこのクソッタレな世界から帰りてぇよ。
 
 「あっ、須賀三曹……すみませんお取り込み中でした?」
 「――っ、いや、大丈夫だ!」

 メッセ二等兵が須賀を訪ねてやって来た。その時、須賀は恥ずかしい所を見られたと思い、慌ててアオコを振りほどいた。アオコはとても不機嫌になった。

 「イーヴァ司令官がお呼びです、来ていただけますか?」
 「あぁ、分かったすぐ行く……アオコ、ここで待機してろ」
 「……あのメスのところへ行くのか」

 アオコが低い声で威嚇しながら須賀に言う。須賀は背中に嫌な空気を感じつつ急いでメッセに案内するように伝えると、その場にアオコを残して消えて行った。

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