ラフ・アスラ島戦記 ~自衛官は異世界で蛇と共に~

上等兵

14話 「敵襲」


 ――捕虜尋問所。

 須賀達の元へ一人の顔面蒼白の兵士が大慌てで入って来くる。

 「――た、大変です! 敵襲です!」

 兵士がそう伝えると、イーヴァとロー大尉は直ぐに行動に移った。

 「ロー大尉、直ぐに内線を使って、各部隊に緊急事の体制に移行するように伝えて、その後は作戦指揮所まで私を護衛して!」

 「分かりました、コマンダー!」

 「それと、そこのあなた! 外の様子はどうなの、みんな異常事態だと分かっている様子? 敵の規模は?」

 「――は、はい、先程数発しか射撃音がしなかったので恐らくまだ数人しか異常に気づいてないかもしれません、しかし誰かが警報機を鳴らしてくれたお陰で直ぐに駐屯地全体に異常は伝わりそうです……それとなんですけどまだ敵の正体が自分も見ていないのと連絡が来ていないので分からない状態です」

 「――敵の正体がわからない? ……まぁ、いいわ、今は作戦指揮所に行くことを考えましょう、貴方もそこまで私の護衛に加わりなさい」
 
 兵士は直立し、敬礼してイーヴァに応えた。

 ――すげぇ……本当にこの女がこの駐屯地の司令官なんだ、さっきまで階級と身分に相応しく無い行動をとっていたのが信じられねぇ。
 
 須賀はイーヴァが直ぐに人員を掌握して指揮をとっているのを見て驚いた。とても上着を脱いで色仕掛けをしてきたり、須賀に向けて銃をぶっ放した人物と同一人物とは思えなかった。

 ――それにしても敵の正体は不明か……もしかしたカタラ国かしら? だとしたら攻めて来る理由は何?

 イーヴァは正体不明の敵をカタラ国と想定した。そして須賀の事を見た。

 ――この捕虜が本当はカタラ人であるとしたら、それを奪還する為に攻めて来た?

 イーヴァがこう考えたのには理由があった。何故なら実際、今までカタラ国とは停戦していたが、フロンティア国はかなり前から国境付近のとある場所を巡って小競り合いを起こしていた。

 その為、いつか報復の為にカタラ国の軍隊をこの駐屯地へ向けて行動する可能性があるとみて、駐屯地の警戒レベルを上げると共に周辺の森や地域に偵察部隊を派遣して、カタラ軍が攻めて来る兆候がないか探っていたのだ。

 因みに、この派遣された偵察部隊が須賀達を捕まえて、この場所へ連れて来た。

 ――けれど待って、この捕虜は自分の事をニホン人とかジエイタイとか言ってたわ……という事はこの襲撃はカタラ軍が行っているものではない?

 イーヴァは日本人と自衛隊の事は解らなかったが、須賀の格好及び雰囲気で、何となく須賀がカタラ人ではないと感じた。しかも、偵察に派遣した部隊からもカタラ人達が攻めてくる兆候の報告は受けていなかった。

 ――だとしたら今回の襲撃は誰の仕業なの!? あーもう、分からないわ!

 イーヴァは敵を予想して頭を抱えた。敵のことが分からなければ作戦の立てようが無いからだ。

 「――コマンダー、警備班に問い合わせたところ、敵の正体が判明しました……どうやら、『アスラ』達のようです」

 須賀はロー大尉が『アスラ』という単語を口にするのを聞いた。

 「現在、警備班が対処していますが、敵が多すぎて最悪警備班が壊滅する恐れがあると言っています」

 「分かったわ、直ぐに支援部隊を出すように伝えて……それから――」

 イーヴァは次々とロー大尉に命令を出した。そしてロー大尉も内線を使い、各部隊に命令を伝えて行ったが、内線が一つしか無いのでかなり時間が係るようだ。円滑に指揮を取る為に一刻も早く作戦指揮所に行かなくてはならない。

 「――おい、その『アスラ』ってのは何なんだよ、それと状況を教えてくれ」

 「あら? あなた、アスラ森林から来たのにアスラの事を知らないの?」

 須賀が頷くとイーヴァが説明してくれた――。

 ――曰く、『アスラ』とはこの島の先住民であるカタラ人の言葉で『神』を意味するものらしい。そしてその神とは、通常、この島に生息する、人を襲う大型生物の事を指す。

 カタラ人達は昔から、この大型生物達を自分達の手に負えないものとして神として崇め、自分達が襲われないように代々、一定の距離を保って生活してきたのだ――。

 ――話は逸れるが、イーヴァ達の先祖のエルフ達は、この島に辿り着いた際、大型生物達を神とは崇めず、害獣と見なし果敢に駆除していたらしい……それも特別な力を授かって……。

 この話は長い歴史の話になるので後日機会があれば話すとイーヴァは須賀に言った――。

 「――私の説明は分かったかしら、要するに今回、正式名称『特別危険指定害獣』って私達の国では言うんだけど……長ったらしいから先住民の言葉を借りてアスラって呼んでる生物が身の程知らずにも、このエルフ達が守る施設に攻めて来たってこと」

 「身の程知らずって……おいおい、その割には苦労しているみたいだな」

 「……そうね、通常アスラ一匹を駆除する時は最低、三人が必要だわ」

 「三人も? 銃をが有るのにか?」

 「そうよ、奴らは生命力が高いから銃弾を一発命中させただけでは絶対に倒れない、それに身体能力も驚く程高いから、一人で戦おうものなら返り討ちに会うわ、だから最低三人は必要――」

 その後のイーヴァは話を続けると、要は戦力比の話で、アスラ対人間は一対三の数値になる。

 イーヴァはその数値の根拠も須賀に教えた。

 例えばアスラ一匹に対し二人で掛かった場合、一人が最悪襲われいる間にもう一人が攻撃する。そうすると一人は死ぬが、もう一人はアスラの持つ生命力の高さから仕留めきれずに相打ちになる可能性がある。

 しかしそれが三人であると一人は確実に襲われるが、単純にアスラ一匹に二人で攻撃でき、火力が二倍になるので確実に仕留めきれると言うことだ。

 しかし、個体によって身体能力及び生命力が違うので、仮に対処する場合は中隊規模の戦力を投入することをフロンティア軍では奨励していた。

 ――そんなにヤバイ奴らが攻めてきたのか……どうする? 今の俺は捕虜だ……もしかしたらこいつらは俺を囮にしてアスラとやらに対処するかもしれねぇ。

 「――コマンダー、各部隊に最低限の命令の伝達が終わりました、早くここから移動しましょう……ところで、捕虜ですが、万が一移動中にアスラと出会ってしまった場合囮にするのはどうですか?」

 「なんだと!? おい、それはやめろ!」

 「いえ、そんな事はしないわ、捕虜は丁重に扱うべきよ、だから私が作戦指揮所に行くまで捕虜も護衛しなさい、それとロー大尉、今後はそのような非人道的な発言はしないように」

 「分かりました、コマンダー」

 ――捕虜は丁重に扱うべきとか言いながらヒステリーを起こして捕虜・俺に空砲ぶっ放したうえに銃を突きつけてたよな。

 ロー大尉と須賀は同じ事を思った。

 「――うわああっ! 助けてくれ! く、くるなー! ぐはっ……」

 「ゲゴゲコ」

 「おい、何だありゃ!?」

 突然、尋問所の扉を破り一匹の大蛙が侵入してきた。そして大蛙は近くにいた兵士を押し倒し頭に齧り着いた。

 「クソっ、アスラだ、もうこんなところまで侵入していたのか、コマンダー、下がっててください」

 ロー大尉はそう言うと、腰から護身用の拳銃を抜いて射撃する。しかし、何発か弾を当てても、痛がる素振りをするだけで大蛙は倒れなかった。

 「――クソっ、拳銃じゃ威力が足りない……あ、しまった!」

 ロー大尉が悪態をつくと同時に大蛙は口から長い舌を吐き出し、ロー大尉の持っている拳銃を奪い取って飲み込んでしまった――。

 ――この時、須賀は動いた。そうして机の上に置いてある自分の銃と弾倉を掴むと、装填して銃の安全装置を素早く外した。

 その動作を大蛙は見逃すはずは無く、再び舌を吐き出し、須賀の腰を捕まえると自分の方へと引っ張った。

 ――俺を食おうってか? だったら好都合だ。

 須賀は敢えて大蛙の引きつけに逆らわずに自ら大蛙へ向けて駆け出した。

 「ゲゴゲコッ! ゲッ!?」

 「……あばよ、カエル野郎」

 須賀は所謂、銃剣道と呼ばれる武道の突きの動作で銃を真っ直ぐに構えて突進し、銃口を大蛙の開いたままの口に突っ込み連射で空砲を発射した。

 すると、大蛙は声にならない叫びを上げて口からけむりと赤い血を流しながら息絶えた。

 「……すごい、すごいわ! あのアスラを一人で、倒すなんて」

 「コマンダー、落ち着いて下さい、まだ敵が近くにいるかもしれません、警戒してください」

 そう言うと、ロー大尉は恐る恐る、須賀の元へ行った。

 「化物退治ご苦労、今すぐにその手に持っている小銃を置け」

 「あぁ? 誰に向かって言ってるんだ?」

 「お前のことだ!」

 「………チッ」

 須賀は舌打ちをすると言われた通りに、小銃を地面に置いた。しかし後から妙な事を始めた。

 「おい、貴様! 何をやってるんだ、今すぐに化物の死体漁りなんかやめて俺の言う事を聞け、さもないと撃つぞ!」

 ロー大尉は須賀が置いた銃を素早く奪うと、それを構えて須賀を静止させよとした。しかし須賀は言うことを聞かずに、倒したばかりの大蛙の死体の口に腕を突っ込み、何かを探していた。

 「おい、いい加減に――ッ!?」

 「俺の名前は凌駕だ、覚えとけ傷野郎」

 須賀は大蛙の口から粘液塗れのロー大尉の拳銃を取り出した。そしてそれをロー大尉に突きつけたのだった。

 ロー大尉は一瞬怯んだが、直ぐに自分の構えている小銃の引き金を引いた。

 「……なっ!?」

 「あはははっ! 弾切れだ馬鹿野郎、それに弾が入ってても空砲だ、そんなので死ぬわけねぇよ……それで、大尉殿はこれからどうする? こっちは本物だぜ?」

 「……クッ、捕虜の分際でぇ……」

 ロー大尉の悔しがる表情を見て、須賀はほくそ笑んだ。

 ――よし、これでこいつ等を脅せれば、うまくこの混乱に乗じて脱走できる。

 「――今すぐに俺の仲間を開放しろ、じゃないとお前らの命はねぇぞ!」

 須賀は自分が本気で有ることをアピールする為に天井へ向けて発泡した。しかしその後、奇妙な感覚がした。それは拳銃のスライドが戻らない感覚。

 ――あれ? まさか……。

 「――ククク、どうやら貴様も弾切れのようだな」

 ロー大尉はほくそ笑んで弾切れの小銃を握ったまま須賀に近づいた。

 「――おい須賀、大丈夫か? 助けに来たぞ!」

 「凌駕っ! 無事か!?」

 「えっ!? 久我とアオコ? お前らどうやって脱走したんだ!?」

 急遽、この部屋の扉を蹴って、外から久我とアオコがやってきた。しかし、やって来たのは二人だけではなかった。

 「――そこの二等兵、今すぐにこの捕虜に銃口を向けろ!」

 「は、はい!」

 ロー大尉が久我とアオコの後にいたメッセ二等兵に向かって命令した。するとメッセ二等兵は命令通りに須賀達に向かってライフルを指向した。

 「良くやった二等兵、この混乱に乗じて脱走する捕虜二名を追いかけてここに来たんだな、本当に良くやった」

 「――あ、いえ……その、僕は――」

 「――いいんだ、謙遜するな、君のその勇気を讃えて賞詞を与えられるように進言しておこう」

 ロー大尉はそう言って、メッセ二等兵を労うと、今度は両手を上げて降伏の構えを取っている須賀達三人の方へと向かった。そして持っている小銃で、須賀を殴ろうとしたときにイーヴァに止められた。

 「待ちなさい! 危害を加えてはダメ!」

 ロー大尉はイーヴァの声に反応して寸での所で小銃を止めた。それを見届けたイーヴァは今度は須賀の目の前に来て伺った。

 「ねぇ貴方達三人、突然だけどフロンティア軍に協力しない?」

 イーヴァの問に三人とも動揺した。そして先に須賀が口を開いた。

 「……もし断ったら?」

 「二等兵、銃を構えて」

 「――チッ、協力する」

 須賀達はイーヴァの脅しに屈してフロンティア軍に協力する事になった。

 「コマンダー、良いのですか? こんな信用できない奴ら、脅したってきっと裏切りますよ?」

 「大丈夫よ、私が見た所、あの三人は悪い人達じゃないわ」

 「何を根拠にそんな事を――」

 「――女の感よ、それよりも時間が惜しいわ、早くここを移動しましょう、ロー大尉、貴方の持っている小銃は元はあの人達のだから渡して」

 「わかりました」

 ロー大尉は言われた通り、小銃――六四式小銃を須賀に手渡した。

 「――うっ!」

 「貴様、調子に乗るなよ、もしコマンダーに妙な真似をしたら命は無いものと思え、本来貴様等は脱走した罪で射殺されてもおかしくないんだからな」

 六四式小銃を渡される際に須賀はロー大尉からお腹をバレないように殴られて脅された。その後ロー大尉は歩いて行き、大蛙の犠牲になった兵士の遺体からライフルを手にした。

 「凌駕、無事か? ――ったく、何なんだあの凌駕を殴った人間の男は……あとで私がしめてやる」

 「……やめろ、余計な事はすんな、それより俺の身を心配するようになるとは、どういう風の吹き回しだ?」

 「なっ!? 違う! だれがお前なんか……」

 「あのーお二人さんいちゃついてる所悪いけど、早く着いてかないと殺されちゃうよ?」

 久我の忠告を聞いて須賀とアオコはハッとした。よく見るとメッセ二等兵がまだ銃口をこちらに向けたままだった。

 「は、早くコマンダーに着いて行くんだ!」

 「……了解だ二等兵」

 須賀達はメッセ二等兵に促されて捕虜尋問所を後にした。

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