勇者は鉄の剣しか使っていませんでした

顔面ヒロシ

☆11 エピローグ







「そんな逸話があったのですか……」
 フランカの昔話に聞き入っていた兵士は瞼を押さえた。涙もろいところのある自分だが、ここでそんな醜態を晒すことはできない。
 ハーブティーを飲みながら、丸太小屋に押し掛けた兵士はフランカの若かりし頃に同情の念を抱いた。


そこまで相思相愛であったにも関わらず、添い遂げることのできなかった勇者ケントリッドはさぞや無念であったことだろう。
美しきこのエルフがその亡くなった恋人のことを胸に喪に服して生きているのだとすれば、彼女の管理している遺品の剣を取り上げることは人でなしのやることのように思えた。


「ですが、今回私にこの剣を回収に向かわせたのは国王の意向です。
誠に申し訳なく思いますがこのケントリッドが使っていたという鉄の剣は引き渡していただきたい」
 心を鬼にして兵士が表情を見せないように告げると、フランカはため息をついた。


「……分かりました。これもまた、天の定めであるのかもしれませんね。私の長い昔話に付き合っていただけて、嬉しかったですわ」
 かくして、深淵の森を踏破した若き兵士は、美貌のエルフ、フランカ・シードの元から『ただの鉄の剣』を回収することに成功したのだった。








「……ようやくお客様は帰りましたよ」
 丸太小屋の一階でフランカが呟くと、兵士の居なくなった居間に階段を降りてきた黒髪の男性が顔を出した。


「……フランカもずるい女だなあ。あの兵士が持ち帰った剣って中古で買ったただの鉄の剣だろ? 俺の持っていた『フラン』とすり替えた赤の偽物じゃないか」
 フランカと同居している青年は、面白そうな顔をして彼女を見る。そして、続けてこう言った。


「あの兵士も本当のことを知ったら何と思うかね……。
確かに『フラン』は買った時には普通の鉄の剣だったけど、ドラゴンを切った時に竜の血を沢山浴びて魔剣『フラン』に成り果ててたってこと。


そんな危険な武器を他人に易々と譲り渡せるわけないだろ……。
それから、戦場で死んだ勇者ケントリッドは持っていたお守りのクリスタルの結界を頼りに憑依した結果、それを回収した魔王の息子に生まれ変わってフランカと幸せに結婚したってこともね」


 満足そうにため息をついた魔族の青年の手の甲には、今世でも薔薇の花の痣がある。
前世から引き継いだその特徴に振り回されることはもうないけれど、ケントリッドは生まれ変わっても選ばれし者だった。


「ケントリッド」
「何?」
 帰って来てくれて、ありがとう。
フランカの喋った言葉に、魔族の青年は嬉しそうに笑った。







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