勇者は鉄の剣しか使っていませんでした

顔面ヒロシ

☆10







 彼は3年もの間、魔王を倒す旅に出ていました。
それは短いようで長い時間にも感じましたが、彼は旅先で幾つもの手紙を書いて送ってくれました。


「……また、落ち葉が入っているわ」
 もう何枚目になるでしょうか。植物学には明るくありませんが、これはメイフーラの葉でしょうか。綺麗に紅葉に染まっています。
 私は、寂しさを押し隠しながらもくすりと微笑みました。


この手紙もあと何枚届くことでしょう。いつになったら、世界は平和になるのでしょうか。
辺境では人間の村が次々に滅ぼされていると聞きます。
結界師は滅多なことでは育たない為、そういった村や町への防御が手薄となっているのです。
ケントリッドがくれた手紙にも、そのことに対する悔しさが見え隠れしています。


 勿論、私だって辺境の村を守れないことは辛く感じます。聖女とは呼ばれていますが、私一人の実力ではこの王都の結界とケントリッドへ渡したお守りを維持するので精一杯。エリュンダルク全土を救うことはできません。
そのことが少し悲しくて、私はいつもケントリッドへの返事をしたためるのに長い時間を要しました。








 彼が亡くなったのは、聖極月の冬のことです。
その日の早朝、私は自分の作った結界の一つが壊れかかったことに気が付きました。


「……まさか」
 ――ケントリッドの身に、何かが?
 頭に響いてくる頭痛と吐き気に倒れそうになりながらも、彼の異変を遠方の王都で察知した私は、教皇様の部屋に駆け込みました。
教皇様は半信半疑ではありましたが、しばらくして教会に討伐軍が魔王軍と交戦して敗走している知らせが入ります。
そして、ケントリッドはその中で重傷を負っていました。


「……行かせてください! 私を、彼のところに行かせて!」
 教皇様の前で私は無我夢中で叫びました。


「……ここから戦場までは、海を越えねばなりません。貴女の背中に翼でも生えていないことには、もう勇者ケントリッドの落命までは間に合いませんよ」
 恐らく、この知らせを私たちが受け取った今では、彼はもう……。
 教皇様のお言葉に、私は身体を強張らせました。


「嫌、まだ……逝かないで……」
 泣き言ばかりが口から零れていきます。
唇を噛みしめて祭壇に祈りを捧げましたが、討伐軍からの第二報の知らせでケントリッドが亡くなったことを知りました。


 声にならぬ慟哭を上げ、あらゆる世界が終わったのを感じました。


 何度も、何度も否定の言葉を繰り返しましたが、彼が私の元へ帰ってくることはありませんでした。
この国は、ケントリッドを敵国の地に埋葬したのです。
そして、残されたケントリッドの恋人であった私の元に辿りついたのは、彼が使っていた鉄の剣。ただ1本だけだったのです。







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