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外食業で異世界革命っ!

顔面ヒロシ

☆17 女神のはた迷惑な決断

その瞬間、ドグマ少年は間違いなく、世界で一番幸運な人間だった。
子爵位であるカラット家の末の子供として生まれたドグマ・カラットは、かろうじて貴族として生まれたものの、それほど裕福な身の上というわけではなかった。

むしろ、商売で成功している平民の方が、よほど豊かな生活を送ることができただろう。このまま兄が貴族位を襲名した後に放り出されてしまうくらいなら、神殿で神に仕えた方が家にとってもドグマ本人にとってもマシな将来となるのやもしれない……そういった思惑に導かれて、少年は幼子の頃からずっと食神殿で働いているのだ。

 あくまでも、ドグマは子爵家へ神殿との繋がりをもたらす為の駒のようなものだ。だが、ドグマ本人の中での出世欲のような感情は、それとは別に存在することは確かで、今回の一件での失態はそれが原因であった。

「なんだこれは……」

 あの忌々しき女男、マケイン・モスキークから買い取った料理を眺め、ドグマは自分が狼狽たえていることに気が付いた。
これは男爵家の嫡男が作った料理とされているが、恐らくは正しくないだろう。この世とも思えない天上の味がするものを、アイツが作れるだなんて易々と信じられるものではない。
恐らくは、何か非合法的な手段でモスキーク家はこれを手に入れたのだ。そして、その価値に気付くことなくドグマへと今、奉納品を手放している。

「確かに、僕はありったけの持ち金をこの料理の為につぎ込んだ」

 カラット家から渡されていた有り金の殆どを取引に遣ってしまった自分は、明日からよほど倹約しないと生活すらままならないだろう。そのことは十分承知の上で、頬がだらしなくにやけるのを止められない。

「だけど、後悔なんてしていない! 騙される方が悪いんだ! 僕はこれを使って、今の下級神官の地位から成りあがってやる……」

 ドグマは知っていた。数多くの神官が、そうやって奉納品を自分の手柄としてかすめとる悪事が各地の神殿で横行していることを。
自分がそれを行うのは初めてのことだったけれど、ここで魔が差した己を責められる人間なんてどこにもいない。

 ドグマ少年は知っていた。
食神の加護を貰っていても自分に料理の才能なんてどこにもないことを。誰か師に恵まれればまだしも、下級神官の自分に教えてくれる者なんて誰もいない。

このままではじり貧だ。

神殿の下っ端で、カラット家に利用されるだけで終わってもいいのか。どうせなら、一世一代の賭けで、スキルを手に入れた方がずっといいのではないか。

 モスキーク家から栄誉を掠め取ったという自覚はある。胸の奥では、実のところ罪悪感もなくはない。

しかし、その良心の呵責に蓋ふたをして、ドグマは食神の祭壇へと誰にも知られずに歩いていく。早まる鼓動の中、彼は持ってきたピタパンサンドを奉納に捧げた。

 その瞬間のドグマ少年は、世界で一番幸運な人間である……はずだったのだ。
彼の不幸は、ピタサンドが美味しすぎたこと、それに尽きる。



 トレイズ・フィンパッションは、ゆっくりと怠惰に眠っていた瞼を開く。手の中にあるのは、見たこともない珍しい料理。そこに若干の不思議さを覚え、食神は流れるようにピタパンサンドを口に運んだ。

「……まあ!」
 信じられない。

今まで食べたこともなかったような濃厚な味わいに、衝撃を受ける。今まで差し出されていた料理は一体どうしたのかと思うほどに、全部のクオリティが高い。

 なんといっても、こってり、パリパリ、とろとろだ。

知識にない黄色と白のソースと、揚げてある豆の組み合わせがたまらない。焼かれた玉子はふんわりとろっと半熟でコクがあるし、全体的に重層的な味わいがある。


「信じられない……っ なにこれ……!」
 幸福が火花のように弾けて頭の中が酒を飲んだようにまどろむ。

これまで素朴な食事しかしたことがなかった食神にとって、初めてのファストフードとの出会いは痺れるような快感をもたらした。
革命的なパン料理だ。こんなレシピ、見たことも聞いたこともない!

 トレイズが感じ取ったのは、味覚的なものだけでない。料理をした者の真心や気遣い、そういったプラスの想いまで密接に伝わってくる。
無心でエッグビーンズピタパンサンドを食べ進めた彼女は、その料理が無くなってしまったことに強い喪失感を覚えた。

「無理よ、こんなの……」
 理不尽な苛立ちだ。

こんな料理を知ってしまったら、明日からどうやって生活をしたらいいのか分からないじゃないの。そんな怒りすら感じてしまう。

この感動の後に、今までのこの世界の料理なんか食べられるはずがない。文明としての水準の落差に眩暈すらしそうになる。
「どうしたらいいのかしら、この料理をまた食べるには……」

 神官に神託を下すことも考えたが、それでは確実性が欠けてしまう。料理が運ばれてくるまでの間、ずっとこの空間で待っていなくてはならないことを考えると気が狂いそうだ。

 むしろ、もっと直接的なアプローチがしたい。
この料理を作った人間の隣で、もっと話がしたい。聞いてみたい
どんな視点でこのような素晴らしい料理を思いついたのだろう。この料理人の頭には、どのような世界が広がっているのか……。

 どくり、と心臓が鳴る。
魂がざわめき、
激しいほどの恋心のような感情が芽生えていく。

「どんな方なのかしら、この料理を作ってくれた殿方は……」

 それが、男の人間だという確証はない。この気持ちが向けられているのは、下手すれば女性であるのかもしれない。
だけど、会いに行ってみたかった。猛烈に、この狭くて小さな空間が嫌になった。
世界は広い。そのことを、トレイズは身をもって知った。

「そうだわ! いっそ会いに行けばいいのよ!」
 とんでもない決断を、トレイズは下す。
精神体である今の肉体を捨てて、現世に受肉をして降臨することを決めたのだ。そうと決めたら、すぐに決行をしよう。
そんな一時の感情に身を任せ、トレイズ・フィンパッションは桜色の髪を翻す。




「待っていて、私の旦那様!」

この女神、思い込みはわりと激しい性格だった。



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