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外食業で異世界革命っ!

顔面ヒロシ

☆16 神殿に料理を奉納しに行こう


 ウィン・ロウの街には、ジメジメとした雨が降っていた。
羽織越にその雨に打たれながら、マケインはマリラと一緒に歩いて神殿まで向かう。

「母上、本当に良かったんでしょうか……。父上を置いてきてしまって」
「多少の恨うらみ言ごとは覚悟の上です」

「ええ……」

 マリラはきっぱりとした声で、そう言い放った。その返事に、マケインは若干の不安を覚えて地面を見る。
神殿までの道のりは、そこまで活気があるように思えない。露店も少ないし、天気のせいか誰もがみな喜びを失っているように思える。

「母上、どうしてこの街はこんなに暗いのですか?」
「……暗い?」

「何というか……名物の料理とか人気の菓子などはないのでしょうか。妹達にも安くて美味しいものを何か買っていってやりたいです」

 しばらく戸惑うように視線を迷わせたマリラは、マケインに向かってため息をついた。

「この街ではそれ以前の話ね」
「それ以前?」

「帝国との国境沿いのここでは、そういったものを作ろうとする人間がそもそもいないのです。観光客向けの商売をやるにはもっと安全で、人の多い土地を選ぶのが当たり前なのですから」
「じゃあ……ここの人気の品って」

「マケイン、余計なことを考えるのはお止めなさい」
 マリラは呆れたように額に手を当てた。

「ハッキリ言って、あなたの作ったこの……『ぴたさんど』という料理以上に美味しい名物なんて、ウィン・ロウのどこを探しても見つからないと思うわよ」

「マケイン流ハンバーガーテイストエッグビーンズピタパンサンド、です」
「何でもよろしい」
 ぴしゃりとその話題はおしまいだというように、マリラは言う。
何も云えなくなったマケインが視線を送ると、そそくさと街の人間が目の前からいなくなる。降ってくる雨を瓶や布の中に貯めて飲み水を得ようとする者も少なくはない。

(この街、外からは大きく見えたけれど、中の人間は生活が苦しそうだな……)

 そう思いながらマケインは色が深くなった石畳を歩いていく。
石造りの見おぼえのある建物の前まで来たとき、マケインの内にいる細市は途端に呼吸が苦しくなりそうになった。

(あれ、俺、なんだか緊張してきたかも……)
 苦し紛れに作ったエッグビーンズサンドだけど、本当にこんな程度のものを神様に献上しても良かったのだろうか。
やはり、あそこで粘って肉を使わせてもらうように努力すべきだったか、いくら手をかけたといっても、所詮は卵と豆だぞ、俺の馬鹿野郎……!
 真面目な顔をしているマリラに、引き返すように言うべきだろうか。そんなことを悩んでいる間に、義母はさっさとベルを鳴らしてしまった。

「何をぐずぐずしているのです。行きますよ」
 しまいにはそう声を掛けられ、往生際の悪いマケインはぎゅっと拳を握って足を進めるしかなくなった。

「……なんのご用件でしょうか」
 扉が開き、神殿の建物から赤毛の少年が顔を覗かせる。その記憶に残っている顔立ちに、マケインはげっとうめき声を洩らした。

「……ドグマ・カラット」
「…………お前、僕の神殿になんの用事だ」
 いや、ここはお前の神殿じゃないだろう? とか、よりにもよって出てきたのがこいつかよ、とか言いたいことは色々あれど、マケインは我慢をする。

「食神様への、奉納料理を持って参りました」
 マリラが品よくそう云うと、ドグマは鼻で笑った態度をとった。

「貧乏男爵家が、食神様へご奉納だって? あー、たまにいるんだよなあ、こうやって勘違いして手料理を持ってくるド庶民がさあ!」
「は?」
 マケインのこめかみが引き攣る。

「あのさ、食神様が気に入るのは、もっと贅を尽くした立派な料理なんだよな! 貧乏男爵家が用意できるような程度のしれた食材じゃ、結果は目に見えて明らか! よっぽどの料理の腕がない限り、恥を晒さらしに来たようなもの……」
「でしたら、ここでそれを証明して見せましょう」
 マリラは、落ち着き払ってそう微笑えんだ。

「証明?」
 唖然としたマケインの目の前で、マリラが持っていた包みをほどく。

「こちらが、食神様の分とは別に少しだけ用意をしておいた、神殿の皆様の味見用です。そんなに我が家が恥をかくとおっしゃるなら、ここであなたがこの料理を食べてみればいいでしょう」
「僕が、この料理を……?」

「私は、マケインのことを信じています。どんなにあなたの舌が肥えていても、マケインはどこの宮廷料理人にも負けないと信じています!」
 その時、マケインはマリラの視線がわずかに彷徨ったのが分かった。

間違いなく、はったりである。くどいようだが、マリラははったりを使ってこの場を切り抜けようと少しホラを吹いたのである。
マリラには、目の前のこの神官の少年が、日頃それほどいい生活をしていないだろうという読みがあった。少なくとも、宮廷料理人の作る料理なんて食べたことがないはずだ。そうであるなら、うちのマケインにも望みはあるだろうと冷静に考えたのだ。

 目の前のピタパンサンドを眺めていたドグマ少年の腹が、ぐう、と鳴った。
美味しそうな誘惑に負け、ドグマはマケインの作った料理に向かって指を伸ばす。食べ方を知らないようで戸惑っていたが、我慢できずに遂に卵と豆を挟んだピタパンへとかぶりついた。

「…………!」
 ドグマの表情が、ぱっと明るくなった。
一生懸命しかめっ面を保とうとするも、すぐに幸福そうな顔へと変わる。マケインの目の前で、ドグマは頬にソースをつけたままこう言い放った。

「ま、まあまあだな!」

「ああそう……」
「お気に召さないようでしたら、持ち帰りましょうか?」

「待て! 今色々考えているから!」
 そう簡単に人間の性根が良くなるわけがない。そう白けたテンションで思考していたマケインに向かって、ドグマはひそひそ声で話した。

「……分かった。この僕が特別に、ほんとーに特別に、この料理を食神様に奉納してきてやらなくもない……」
「え、持ってきた俺はどうなるんだ?」

「奉納の間に入れるのは本来神官だけなんだ! お前そんなことも知らないのか!」

 マケインがマリラの方を見るも、マリラは何も疑問に感じていないようだった。そうか、そんなものなのか、とマケインは違和感を覚えながらも渋々納得をする。

「だからここから先は、食神殿からの提案だ。金銭を支払うから、お前、この料理をここで残さず全部置いていけ」
「俺のこのピタパンサンドを?」
「一食分につき、対価として銅貨三枚を支払ってやろう」

 日本円にして六百円……素早く頭でそれを計算してはじき出した細市は、ぶるぶると頭を振る。日本だったらこの金で本物のハンバーガーが食べられるからだ。
それを見たドグマが、ムッとして金額を吊り上げる。

「だったら……そうだ、二枚だ。銀貨二枚を支払ってやる。これでどうだ!」
「いいわ、それで受けます!」
 迷っているマケインを置き去りにして、マリラが即答をした。

「ちょ……っ」
「マケイン、あなたこれはありがたいお話なのよ! うちが少し苦しい生活をしているのを知っているでしょう!」

「だからって即決することないじゃないか!」
「ルリイとミリアにもっといい格好をさせてやりたいと思わないの!?」
 マリラの迫力に、マケインがたじろぐ。
彼の脳裏に、出会ったばかりの妹達が綺麗なワンピースを着ている姿がふわっと浮かんだ。
栗色の髪になら、多分色んな服が似合うだろう。髪飾りをさせても可愛いだろうし、きっととても喜んでくれる。

 ああなんだか騙されてもいい気がしてきた。出世とか、名誉とか、そういったものは分からないけれど、可愛い妹を着飾って眺める楽しみを考えれば、なんだか悪い話でないように思えてきた。

「じゃ、じゃあ、それで……」
「そうか! それは良かった」
 ニヤリとドグマが笑い、気づけば目先の欲に負けたマケインは手持ちの料理をみんな食神殿に引き渡し、懐には銀貨六枚が入っていた。
喜んだマリラはその銀貨で宣言通りルリイとミリアの洋服を作る為の生地を選んでいる。それを放心状態で眺めながら、疲れたマケインはどんより曇った空を見上げて思った。


(本当に、これで良かったのだろうか?)

 その答えは、なかなか出てこなかった。

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