外食業で異世界革命っ!

顔面ヒロシ

☆13 買い出しって、結構大変だと思う




「うわあ……すっげー!!」

 予想よりも活気のある市場の様子に、マケインは興奮を隠せなかった。
行き交う人の波には、見たこともない種族が買い物をしたり、店を出したりしている。一見した限りでは人間が一番多いが、その中でも個性的な見た目をしている者もいた。
前世では日本から出たことのなかったマケインにとって、それは正に未知の体験だった。

「マケイン様、何をお探しになるおつもりですか?」
 エイリスが振り返った時、すでにその場にマケインはいない。

「おばちゃん! この豆って..ヒヨコ豆だよな!?」
「何を言ってんだい、これはピーチクだよ」

「いやでも、これは明らかにヒヨコ豆だって! 確かに大きさとかは地球のものとは違うけど……」
 食い気味に露天商の中年女性に話しかけているマケインを見て、エイリスはふくれっ面になる。
ある程度の自由は許されるべきであるといっても、治安が良くないウィン・ロウで主に勝手にウロウロされてはメイドとして困るのだ。

「もう! 何をやっているんですか!」

「見てよエイリス! 色んな種類の豆があるんだ!」

 思わず興味本位で衝動買いしてしまったピーチク豆を持ち、マケインはニマニマしながら道を歩く。ついでに何かに使えるだろうと卵も買いに行った。
安価で味のいい塩も味見をし、マリラにも頼まれていたほどほどの量を見繕う。スパイスは恐らくあの刺激的な料理が日常だとすれば家に常備されていると判断をした。
 ……後は肝心かなめの油だ。できれば品質のいいものが欲しい。
マケインの中にいる細市はそう考えて、エイリスに訊ねた。

「ねえエイリス、植物油ってどこに売っているの?」
「圧搾機のある薬屋で売っていますよ。油は、すっごく高いんです」

「残ってる手持ちで足りるかな」
 三枚しかない銀貨を握りしめ、マケインは不安そうな顔になる。
 エイリスがくすりと笑った。

「大丈夫です、量り売りですから、買える分だけ買えばいいのです。男爵家の名前を出せば、きっと安くしてもらえますよ」
「それって、貴族の威光を着ているみたいでやだな」

「マケイン様は珍しいことを言われますね」
 そんなことを話しながら歩いていると、エイリスがハッとしたように前方を見やった。
 茶色の瞳を見張り、ふわりと柔らかな同色の髪が大きく揺れる。

「あれは……」

 そこにいたのは、いつかに見た神官服を身にまとった、マケインと同じ年頃の少年だった。お世辞にも容姿に優れているとは言えず、赤毛にそばかすの散った頬をした性格の悪そうな雰囲気をしている子供だった。

「……エイリス、誰なのか知っているの」
「あの方は、カラット子爵家の末子であるドグマ様です」
 気のせいか、その名を挙げたエイリスが不安そうにしていた。そのことに違和感を覚え、マケインが訊ねる。

「怯えているようだけど、何か問題でもあるの?」
「あの方は..この近くの神殿に仕えてらっしゃるのですが……」

 そこで、勝気にずんずん歩いていたドグマが道端の行商をしていたお婆さんにぶつかる。
 道に倒れて転んだ老人が視界に入り.、ヒステリックに赤毛の少年は騒ぎ始めた。

「どうして僕が歩いているのを分かって、道を開けないんだよこのくそ婆!! 僕は高貴な貴族だぞ? お前たちのような下賤なものと同じ道を歩くはずがないだろうっ」
 その光景を見て、マケインは全てを察した。
言葉を選びながらも、エイリスが事情を話す。

「その……ドグマ様は少々気性が荒いことで有名な御仁でありまして……」
「うん、続きは言わなくてもいいよ」

「でも、御貴族様の中ではもっと威張り散らす方もいますから……」

 言いたいことはアレを見ていれば十分分かるから。つまりは、平民に対して差別意識を持っている人物だということだ。
同じ貴族の端くれとして、マケインは思わずため息をつく。

「どうしてくれるんだ! 僕の神官服に砂ぼこりがついてしまったじゃないか! この服は神官長様からいただいた大切な服なんだぞ! それをお前のような汚い老婆が汚すなんて……お前の売り上げをみんなよこしてもまだ足りないぐらいだ!」

 気の毒にキャンキャン神官少年から吠え付かれているお婆さんは、恐ろしさに立ち上がることができない。すっかり弱り切っている様子に、道行く人々が遠巻きに見つめていた。

 関わらないようにした方がいいのではないかと悩んでいたマケインだったが、ふと投げ出されたお婆さんのバスケットの中から転がりだした商品に、気になったものがあった。それを見て、わずかにかき集めた良心らしきものを振り絞って騒動の渦中に進み出る。

「……あの、その辺りにしてあげてもらえませんか?」
 なるべく善良な第三者を装いながらも、少し勇気がいる発言だった。

「何だ、お前は……」
と、こちらへ振り返ったドグマがぴくりと眉を上げる。こちらの顔を見て放心状態になったことに違和感を感じながらも、マケインは貴族によくある仰々しい挨拶をした。

「このような場所でカラット家の方とお会いできて光栄です。俺の名前はマケイン。マケイン・モスキークって言います」

「この辺りを治めているモスキーク家の……」
 思い当たる節があったのか、ドグマは小馬鹿にしたように鼻でせせら笑った。

「ああ、あの貧しい辺境男爵家のモスキーク家か」

「まあ、間違ってはいないですね」

 そこで俺がなるべく上品に見えるように微笑むと、相手は息を呑んで顔を赤面させていった。

「……お前、良かったら僕が貰ってやってもいいぞ」
「はい?」
 イマイチ彼の言っている意味が分からない。
 というか、今のは幻聴か?

「あの貧乏男爵家じゃろくな縁談もないだろう。だったら、僕が仕方なく! 妻として貰ってやってもいいと言ってるんだ!」

 自分の赤毛みたいに顔を染めたドグマに言われたそのセリフに、マケインはようやく事情が呑み込めた。
このままだと酷く面倒なことになりそうである。性別を間違われたことに怒りすら覚えた。

「あのさ……俺、これでも男なんだけど」
「嘘だ!」

 嘘じゃねーっつーの!
確かに俺の身体はそれなりに美少女っぽい姿をしていると云えなくもないが、正真正銘の健全な男だ。

「ここで嘘をついてどうなるというんだ!」
 マケインが怒鳴ると、ドグマは叫ぶ。

「お前が男だというのが本当ならば、僕の今さっきの胸の高鳴りを返せ!」
「知らねえよそんなもんっ」

「……ふざけるな! 僕をたばかるのもいい加減にしろ!」
「俺が好きでこんな格好をしてると思ってるのか!?」

 仲良くなれそうもない相手だ。
しばらくケンカ腰に罵りあっていたものの、このやり取りでドグマはようやくマケインの本当の性別を信じたらしい。

「この女男め、次に会ったら覚えておけ!」
 綺麗さっぱりぶつかったご老人のことを忘れた神官少年は、マケインの怒気に負け、じりじりと後退していく。やがて、恨めしそうな野狐のようにいなくなった。

「マケイン様!」
 通りの物陰に隠れていたエイリスが心配そうに駆け寄ってくる。

「もう、なんて危ないことをなさるのですか……」
「まあね、ちょっと欲しいものがあって……」
 そこで、道端に散らばったままになっていた行商人の品をマケインは拾いあげる。
シンプルに赤い銅で作られた装飾品の腕輪と足輪。ちょうど調理に使いたい大きさにぴったりだった。

「エイリス、これを見てよ」

 質の悪い貴族から助けてあげたのだ、一個ぐらいお礼に貰っていっても問題ないだろう。
 太陽の下で輝く品を見て、少年はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。





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