外食業で異世界革命っ!

顔面ヒロシ

☆11 手に入れた目標は大胆不敵







 崖下に転がり落ちて、この先が一気に見えなくなったような感覚。
目隠しを外した後の現実が恐ろしくて、マケインは己の父親の顔を見ることができなかった。
 いたたまれない長い沈黙。
よくない想像ばかりが膨らんでいる息子の髪を、ルドルフは無言でくしゃりとかき混ぜた。


「どうした、我が息子よ。そんなにしょぼっくれるな!」
「父上……」
 この世界で初めての挫折と苦い気持ちに顔を曇らせると、親父はがっはっはと豪快に笑う。


「そんなに気落ちすることはあるまい、食神様の加護だって立派なものではないか」
「でも、俺、みんなの期待を裏切って……」
 家で待っているこの子の家族は、どんな反応を示すだろう。ミリアは絶対馬鹿にするだろうし、エイリスに気遣われるのはそれはそれで堪える。


「そんなものを気にする必要はない。既に賽は投げられたのだ、余り不満を口にすると食神様に嫌われるぞ」
「…………」
 ……とっくに女神には嫌われています、父上。
自分に向かって嫌いだと叫んだトレイズの声を思い出し、マケインはゆるりとため息をつく。返事をすることができなくて口を噤むと、ルドルフが気楽そうにこんなことを喋った。


「いっそのこと、家族みんなで逃げてしまうというのはどうだ」
「……え?」


「お前のご加護は貴族として生きようと思うから劣って見えるのだ。こんな国境の領地を守ったところで、旨味もない。全て放り出してしまえば、気楽に生きていかれるようになるのではないか?」


 頭から冷や水を浴びせられたような心地に。
 思わずマケインは必死に叫んだ。


「そんなことできない!」
 小説やアニメの知識しかなくても、国に与えられた役目を放り出して逃げ出した貴族の末路がどのようなものか想像に難くない。
 きっと子々孫々二度と貴族の地位には戻れないだろうし、見つかったら処刑の可能性だってある。
 確かに、自分だけならそれで幸せになれるかもしれない。
だけど、巻き込まれた妹たちはどんな思いで生きることになるというのだ。


「確かに、俺はこの世界の貴族としては失格だと思う。でも、だからといって逃げたら、妹のミリアは、ルリイは。雇われていたエイリスはどうなるというんですか……」
「では、お前だけ平民になるというのはどうだ」
 先ほどまでの気楽な口調は消え去り、ルドルフは真剣な眼差しでその提案をしてきた。


「私のモスキーク男爵としての権限を使えば、自分の子どもを平民に墜とすことぐらいはできる。そんなに食神の加護が不満であるというのなら、いっそそうした方がいいのではないか?」
「…………」


 少しだけ背筋が寒くなった。
その提案にぐらりと心が動きそうになる。けれど、思考の途中で気が付いた。ここで俺が逃げようとしたら、この父親は今度こそ息子のことを見限ってしまうのではないか?
この世界で、何も分からない無知な子どもの肉体で。親の庇護を失ってしまうというのは決して楽な道ではない。


「……すみませんでした、父上」
 ここは、素直に謝っておこう。
 謝ってどうにかなるものならば、そうした方が得なことを細市の社会人としての前世の経験から、マケインは知っていた。


「分かればいいのだ」
 その言葉に満足したのか。ニヤリと笑ったルドルフは、マケインに向かって言う。


「せっかくご加護があることが分かったのだ、記念で神殿に何か料理を奉納してみるというのもいいかもしれないな」
「神殿に……」
 そこで、俺はようやく女神に云われた言葉を思い出す。
そうだ。旨い料理を奉納すれば、何か特殊なスキルが芽生える可能性があるんだ。
この世界で初めて食べたエイリスの作ったメシの味を思い出し、閃光が走ったような閃きが思い浮かぶ。


「……父上、一つ質問があります」
「なんだ?」
 運命を左右する問いかけをマケインは口にした。


「エイリスの料理って、すごくマズいと思いますか」
「いや、むしろ美味な部類だと思うが」
 この世界の料理の味の水準がエイリスの作ったスープと同じぐらいだとしたら、俺の前世(細市)が覚えている地球の料理ってものすごいオーバーキルなんじゃないか?


 みんながカモミールラテを美味しそうに飲んでいたことから考えるに、異世界人にも美味しいという感覚自体はちゃんと存在しているんだ。ただ、旨い料理の作り方を知らないだけなんだ。
もしも、俺の好きなファストフードとかを作ることができたなら、大勢の人間を喜ばせることができるんじゃないか!?


「父上、(奉納を)やるからには全力でいきましょう」
「お、その気になったか」
 メラメラと燃える瞳になったマケインに、ルドルフは笑う。


 俺は、この世界で料理で革命を起こしてやる!
 落ち込んでいたはずのマケインは、それににまっと笑い返した。






「……革命って、馬鹿じゃないの?」
 家についたマケインを待っていたのは、ミリアの容赦のない言葉の応酬であった。


「貴族なのに、食神のご加護ですって? どれくらい馬鹿ならそんな使えないものを貰ってくることになるのよ、なんでそれで前向きなのか信じられないわ」
 兄のご加護の結果を知り、盛大に機嫌を損ねている妹のセリフがぐさぐさ心に突き刺さっているマケインを気の毒に思ったのだろうか。ルリイがよしよしとその頭を撫ぜてきた。


「気にしちゃダメ」
「いいんだ。役立たず扱いされるのは覚悟してたから」
「な……っ」
 慰めてくるルリイにそう呟くと、ミリアが顔を真っ赤にする。


「兄ちゃの料理がすごいのはみんな知ってるよ。ミリアはそのことを分かってないだけ。素直じゃないだけ」
「な、何よ。別にそんなこと……」
 そこで、少しだけミリアが俯く。
振り返ると、彼女が掠れた声でこう言った。


「ただ、あたしはコイツが馬鹿にされるのが悔しいだけで……」
「……心配してくれてるの?」


「アンタこそ自分のことを心配しなさいよ! このままじゃお父様の後を継ぐことだってできないじゃない……」


 ああ、そっか。食神の加護ってそういうデメリットもあるんだ。
そのことに気付かされて、自分が能天気なことを考えていたことを思い知る。
きっと、このご加護だけでは貴族としての評価は何もつかない。このまま何もしなければ最悪、妹たちの厄介になって実質穀潰しとして生きることになるんだろう。


「ミリアってさ、案外優しいところあるんだな」
「む……っ」


「多分思ってるほど悪いようにはならないよ。そうならないように、俺、頑張るから」
「食神の加護で何を頑張るっていうのよ……」
 細市の記憶を持ったマケインはその小さな言葉に、無言で笑ってみせた。
 俺は貴族社会では出世するのは難しいかもしれないけど、少しぐらいは家計の足しになるように頑張りたい。妹たちにだってもっといい生活をさせてあげたいし、エイリスにだってもっといい給金を払いたい。
そのためにはまず、スキルだ。コイツを手に入れてから今後のことは考えよう。
――さあて、予想外に手に入れたこの人生、あがけるだけあがいてみるとしますか!!









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