外食業で異世界革命っ!

顔面ヒロシ

☆8 才能のない剣術







 案の定、付け焼刃はすぐにバレた。
「どうしたのだ、我が息子よ。これではまるで赤子に戻ったようだぞ」と、親父は不思議そうな顔をしている。


 何も言えずに俺はゼイゼイと荒い息を吸って吐く。喉の奥が鉄臭くなって、ぐったりと呻いた。
「ちょ……そろそろ休憩……」
「動きに無駄が多いから疲れるんだ。こん棒でないのだから、ただ振り回せばいいというものでもない」
 呆れた口調でそう言われ、マケインは冷や汗が全身から噴き出るのを感じた。
 これは……息子の様子がおかしいことに気付かれただろうか?


もしも今のおかしな状態がこの人にバレてしまった場合、俺はどのような扱いを受けるのだろう。モスキーク男爵領を追放されるだけならまだしも、悪魔憑きとされてしまったら何をされてもおかしくはない。
ガタガタ震えながら俯いていた顔を上げると、男爵は腕組みをして納得したように言った。


「なるほど、お前はもしかしたら他の道が向いているのかもしれないな」
「……え?」


「もしかしたら、元から剣術の才能はなかったのやも……」
「俺に簡単に見切りをつけないでください!」
 マケインが思わずそう突っ込むと、キョトンとした顔をされる。悪気はなかったらしい親父からわしわしと頭を撫でられた。


「そうか、やる気があるのはいいことだ」
「やる気があるっていうか……」


「俺がお前の歳の頃は、剣術の稽古がある度に親の目を盗んで逃げ出したもんだ。それに比べれば才能はなくても真面目に修行する姿勢は素晴らしい。たとえ生まれたばかりの雛鳥みたいに才能がなくても、な」
「そんなに才能がないと連呼しないでください……」


 生まれたばかりの雛鳥、か。
そりゃそうだよな。この世界で細市充が意識を取り戻したのは昨日のことだ。そう簡単になんでもホイホイ上手くいったらそれこそラノベの主人公だ。


それにしたって、少し位のチートがあったっていいのに……。神様ってのは無情だ。


「父さまは、今まで我が家を離れてなんのお仕事をされていたのですか?」
「いつもと同じだ。領内の増えた魔物を狩りながら、国境の様子を見てきた」
 親父が、持っていた剣をかざしてニヤリと笑う。少しだけ欠けた歯と金属が太陽に輝いた。


「お前が何を聞きたいのかは分かるぞ? モンスター討伐の土産に肉があるのかを知りたいのだろう? 残念ながら、今回はゾンビばかりだったよ」
「え、魔物の肉も食べられるのですか?」
「何を言っているんだ。いつも喜んで食しているだろう。魔物の肉や臓物は珍味として人気がある。いつもいい肉が狩れた時には、半分以上を金銭に替えて少しだけ土産に持ち帰るのだ」


 単純な性格をしているルドルフは、マケインがぼろを出したり質問攻めにしてもまるで疑う気配がない。そのことに気付いた俺は、気になっていたことを矢継ぎ早に聞いた。


「ねえ、この世界にはどれくらい魔物がいるの」
「どれくらいと聞かれても、詳しい数は分からん。はるか昔の邪神がいた時代は人間を滅ぼしかねない勢いで沢山いたらしいな」


「邪神って何」
「邪神というのは、絶望と破壊を司った悪い悪い神のことだ。言い伝えでは各地に魔物と争いを増やし、民の嘆きを糧にしたらしい。
それを咎めた他の神によって、数えきれないほどの昔に倒されてから、このアムズ・テルには平和が訪れたのだ」


「お父さんは、今が平和な世界だと思うの?」
 この質問に、男爵は沈黙をした。


「お父さん、ではなく父上だ」
「父上、教えてください。今は本当に平和な世界なんですか。そうでないのなら、やはり俺は武神様のご加護を貰わなくてはいけないのではないですか?」


「……確かに、邪神がいなくなってからは魔物が人間を滅ぼす恐れは少なくなった。しかし、人間というものは争いと無縁ではいられないのだよ。
今の王国とにらみ合っている帝国の関係のようにな」
 その一言で、マケインはこの世界は想像よりも優しくないことを知った。
青ざめて俯いた子どもの様子を見て、親父がため息をつく。愛おしそうに、こちらに向かって言った。


「マケインは偉いなあ、幼いのに沢山のことを考えている」
「そんなことないです」


 吹けば飛ぶような頼りない気持ちになっているマケインに、ルドルフが言った。


「確かに、武神や魔神の加護が他の加護よりも優れているという奴らは少なくはない。俺も武神の加護を貰ったからここまでやってくることができた」
 けどな。と、親父は続けた。
「どんな加護であれ、そこには何かしかの神々の意志があるものだ。それを我ら人間如きが神のご示唆に対して文句をいうものではない……と、前にどこかで聞いたことがあるぞ」


「父上、最後の一言で台無しです」
 そのバツの悪そうな顔に我慢しきれずに、マケインは噴き出した。
そうなのか。少なくとも、この家族思いな父親は俺が武神の加護を貰えなかったとしても無意味に虐げるようなそういう人じゃないのだ。
なるべくなら武神や魔神の加護が欲しいのは変わらないけれど、そうじゃなかったらアンラッキーくらいに思えばいい。
少しだけ肩が軽くなったマケインは、ルドルフに向かって言った。


「分かりました、俺、気楽な気持ちで受けてきます」
「いや、頼むから明日は神妙そうな顔をしておいてくれないか。神殿に目をつけられたら我が息子でも庇いきれん」


「でも、武神じゃなくても、そんなに大変なことにはならないんですよね?」
「いや、ご加護によっては貴族社会で生きにくい思いはするのだぞ? その辺りをもう少し考えて、な?」
「よおし、俺、なんだか希望が見えてきました!」


 ――そうだ。そんなにびくびく怯えた方がみっともないじゃないか。
ここは男らしくドーンと構えて行けばいいんだ。


 そんなことを考えて、こちらの話はちっとも耳に入らない息子の様子に、少しだけ頭が痛くなったモスキーク男爵であった。









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