外食業で異世界革命っ!

顔面ヒロシ

☆6 初めて淹れたお茶







 頭の中に残っていた地球の地理の知識がミリアの言葉が真実だと訴えかけてくる。心配そうにこちらを見るルリイやマリラの眼差しに咳払いをすると、マケインは慌てて小鍋で山羊乳を温め始めた。


 本来はミルクをスチームで温めるのだが、この家にはそんな文明の利器は存在しない。しょうがないので、珈琲牛乳みたいな作り方を参考にして淹れようと思う。
『ラッテ』、という単語は本来ミルクのことを示すらしいので、名乗っていけないわけではないだろう。


 ルリイの摘んできたカモミールを洗ってポットに入れ、沸騰させたヤカンのお湯で抽出させる。これだけでもハーブティーとして飲めないことはないのだが、濃く色を出したお茶をカップに注ぎ、60度くらいに温めた山羊乳を二対八の割合で入れていく。


 ふわり、とハーブの香りがキッチンに漂い、観察していた家族が目を丸くして出来たものを見ていた。
「じゃーん! これがなんちゃってカモミールラテだ!」


 ルリイとミリアが呟く。
「わあ、美味しそう……」
「ど、どこが!」
 真っ先に灰色の瞳をキラキラ輝かせたのはルリイだ。じいっとカップの方を凝視しているのはミリア。何か言いたそうにしているのは、マリラとエイリス。


「じゃあ、不気味だけどご相伴に与りましょうか」
 ため息をついたマリラが、テーブルに乗せられたカモミールラテの入ったカップを手に取る。そうして一口味わって、驚いた反応を示す。


「…………!」
「口に合いましたか?」


「マケイン……、あなた、こんなものをどこで覚えて……」


 どうやらその反応に、手ごたえを感じた俺はぐっと拳を握りしめる。あんな料理を日常的に食べているくらいだから味覚の基準がかけ離れているのかと悲観していたけれど、どうやら感性は地球人とも合致するようだ。ガッツポーズをしたいぐらいだが、余り調子に乗るわけにはいかない。


 涼しい顔を取り繕って「大したことではありませんよ」と貴族的に振る舞っていると、お茶を飲んでいたルリイが恍惚とした息を吐いたのが見えた。
「……にいちゃ、おいしい……! こんなの、初めて飲んだよ」


「ふん! 所詮お茶を淹れただけじゃない!」
「これ、ミリアも飲んだ方がいいよ」


 内心でどんな葛藤があるのか知らないが、ミリアは唇を突き出して震えている。それを見たマケインはひどく残念そうな態度をとってみた。


「そうか……ミリアはカモミールラテを飲んでくれないのか。せっかくお前の為に淹れたのになあ」
「あ、あたしのため!?」
 大したことを言ったつもりはないのだが、ミリアは今の俺の発言にひどく動揺したようだった。ツンツン暴言を吐かれると思っていただけに、マケインはキョトンとしてしまう。


「飲まないのなら、わたしがもらうもん」
 手を伸ばそうとしたルリイを見たミリアが、悲鳴を上げてそれを阻止した。「ルール違反よ! これはあたしのものなんだから!」と叫んだミリアがカップを抱え込んだことに、残念そうな表情になる。


「いいなあ……」
 ちびちび味わいながら飲み始めたミリアに、エイリスがすごく羨ましそうにしている。だが、彼女はメイドなので欲しがるわけにいかないのだろう。それが気の毒になった俺は、自分の分だったラテを彼女に下げ渡すことにした。


「ほら、俺のやつをあげるよ」
「え、坊ちゃまいいんですか?」
 そう問いかけながらも、彼女の顔は明るくなっている。もしも尻尾が存在したなら、ちぎれんばかりに振られていることだろう。
年上の女性だというのに、マケインの頬は少々赤くなった。


「ん……ごくっ」
 嬉しそうにカモミールラテを飲んだメイドは、戦慄したように甘美な痺れが走るのを感じた。まったりしているのに爽やかで、ほのかなミルクの甘みも感じて……。今まで自分が飲んだお茶の中で間違いなく一等の味だ。
そのすごさに思わず感激してしまったエイリスは、興奮した口調で叫んだ。
「マケイン様すごいです! まるで食神様の淹れてくださったかのようなお茶の味がいたします!」


「え、ホントに? それは褒めすぎじゃないかなあ」
 照れくささを感じながらマケインは頬を緩める。
過大評価だとは思うが、自分の作ったものが褒められるというのはとても嬉しい。食神の料理というものは食べたことがないけれど、例えるならメジャーリーグのベーブ・ルースと一緒にしてもらったようなものだろう。


「ミリアは美味しいと思うか?」
 少し調子に乗ってマケインが訊ねると。


「あ、あたし!? こここ、こんな程度で馬鹿じゃないの!?」
「なんだと!?」


 そんな子供たちの光景を眺めながら、マリラはふと不安を感じて呟いた。


「……食神様の味……まさか、マケインの加護って」
「どうしたんですか? 奥様」
「いえ……、きっと。気のせいだわ」
 ゆっくり頭を振って、マリラはうっすら微笑んだ。









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