悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆315 諦めない







 一同の中で最も早く式神の破壊方法にたどり着いた東雲は、八手の持っていた予備の日本刀で半ば叩き付けるように幾つものアンドロイドを一太刀で吹き飛ばした。
甲高い音響にも無表情を崩さず隙を見て駆け抜ける。次々と襲い来る敵影を視認した瞬間に炎を操り小規模な爆発を起こした。
先頭を突き進む東雲に近づいたアンドロイドは、その熱波に耐え切れずにエラーを起こしていく。


 その後方にいた柳原は、東雲の逃した敵との乱戦を強いられていた。幾ら拳銃で武装し、高位のアヤカシである彼であっても、これだけの軍勢を相手にするのは無謀でしかないのだ。
必死に拳銃を構え、目の前の敵を撃つ。鉛の玉を起点に氷の異能で攻撃の威力を倍加させ、撃たれた相手はたちまち氷漬けになった。
目の前に油汗が滲む。時間間隔が狂う。余裕なんてどこにもない。あっという間に拳銃は弾切れを起こし、引き金からカチカチと空振りの音がした。


「く……っ!?」
 ヤバイ。これでは死ぬ。
キープアウトの黄色と黒のテープを踏み越えそうになって、奥歯を噛みしめる。そんな柳原へ襲い掛かった式神を、どこからか跳躍した八手が切り伏せた。
 ……着地。後から聞こえる爆発音。しかしながら、物理的なアタッカータイプである八手だけでは人形式神を破壊するには至らない。目の前に転がったアンドロイドが立ち上がる前に、慌てて福寿が内部のマイコンを氷漬けにして壊す。


「怯んでないで、早く弾を替えなさい!」
「わりい、姉貴! 助かったぜ」
 ここで立ち眩みを起こしている暇はない。
軍勢はどこまでも分厚くアヤカシたちを包囲し、粛々とその円陣を小さくしていた。追手に次ぐ追って。休む間を与えない総攻撃。
 はっきり言って、今のこの戦場は地獄だ。
余裕があるのは、東雲や八手といった刀の扱い方を知っている連中だけ。柳原や福寿は完全に足手まといになっている。
このままでは、何のためについてきたのか分からない。
柳原の考えていることは、福寿にも伝わったらしい。以心伝心で頷き、彼ら姉弟は隙を見て一気に爆発的な異能の準備をする。
できる限りのこの場にいる敵を巻き込む大技。
一時的にでもいい。敵の動きを完全に止め、マイコンを破壊するのだ!




「――いくぜ、氷結打破!」


 そう叫び、福寿と柳原は互いに溜め込んだ妖力を解放した。
姉弟の契りを交わした二人のアヤカシによる前も見えなくなるような豪雪のブリザード。氷点下に達した冷気に襲われ、式神の頭脳が停止する。


 次々に連鎖反応のように式神は壊れていく。足元から崩れ落ちたロボットの中で、それでも動こうとしたしぶとい敵は八手が乱暴に吹っ飛ばした痕跡があった。


 既に東雲椿の背中は見えない。八手鋼はその後を追ったようだ。
 鳥羽杉也と白波小春の両名もどこに消えたのか定かではない。


「あーあ、結局オレタチは置いてかれたか」
 しばしの休息。流石に、大技の後の疲労感を覚えながら柳原はため息を吐く。福寿は唇をつり上げて仕方ないと云った風に笑った。








 ハッキリ云って、今の八手は単体で式神を倒す決め手に欠けていた。超強力なカーボン素材で外装が作られたアンドロイドは、物理攻撃は殆ど通らないと見ていい。
それに加え、一撃を入れても敵には痛覚が存在しない。月之宮八重と日之宮奈々子のトレースといってもいい式神は人間の限界を調節した動きでこちらを翻弄する。
 いつの間にか辺りは静かになっていた。
仲間とはぐれ、見失い、この世の果てに一人で取り残されたような感覚になる。
 こういう時はいけない。
戦という美酒を呑み過ぎた後の、酔いが引いていく。


「……いけない」
 ここで立ち止まるわけにはいかない。
 オレはまだ、この戦いに酔っていたい。
 まだまだ物足りない。


――佇んだその空間に、二体の式神が現れる。
 みどりの長い髪。白い肌に、感情を映さない瞳は長い睫毛で縁取られている。豪奢なドレスを着ているその腰はどこまでも細く折れてしまいそう。
 もう一人は、腰までの黒く長い髪。桜色がほんのりとかかった肌。無機質な表情に、唇は微笑んでいる。身長はすらりと高く、細い腰に反比例して胸は豊かに大きい。


 日之宮奈々子と月之宮八重。その両者の式神。生物のリミッターを超えた、フェイクドール。
いつかは戦ってみたいと思っていた。月之宮八重とも、日之宮奈々子とも、思考の片隅でいつか本気で戦ってみたいという欲がどこかにあった。その瞬間がようやくやってきていることに八手はぞくりとした戦慄を感じる。


 八手の存在を知覚して、あり得ない方向に人形の首が回る。チカチカと眼球が瞬く。
 カメラが八手を映したと思った時、すでにその場に人形は立っていなかった。
常人では捉えられない速度でアンドロイドが走る。もはや瞬間移動といった速度で八手を追う。
敵の目玉がチカチカと輝き、八手は本能的に危機を感じて身を引く。すると、先ほどまで八手の首があった場所に銃弾が一つ撃ち込まれていた。
ばらり、と日之宮奈々子を模した式神はマシンガンを装備する。月之宮八重を模した式神は、日本刀を持ち衝撃波のチャージを始めた。


 避けるのは間に合わない。そう悟った八手は、彼自身も迎え撃つことを考える。白い閃光に、式神と赤い鬼の衝撃波がぶつかり合い。やがて押し負けそうになったところで八手は建物の屋根に跳躍して飛び乗った。
建物のガラスが弾けた。粉々になった破片が地面に落ちるより前に、今度は八手から式神に襲い掛かる。


 考えられる限りの最高の剣を振った。相手は機械的にそれを受け、殆ど互角に渡り合った。
 なんて愉快なのだろう、と純白に加速した精神が笑った。
光のような一閃に、月之宮八重の姿をして式神は吹き飛ばされる。しかしながら、後ろに控えていた日之宮の式神が霰のように銃弾を八手に浴びせかけた。
痛みはおよそ感じない。けれど、幾つもの傷から紅い血が噴き出す。


「このような痛覚では、オレを止める理由にはならんぞ」
 八手が嘲笑すると、日之宮奈々子の式神は銃を地面に投げ捨てる。月之宮の式神が先ほどまで持っていた刀を奪い、己の得物とした。


『……どうしてあたしが陰陽師最強なのか教えてあげましょうか』
 式神が、鈴を転がすような声でさえずる。


『あたしはね、……陰陽師としては基本何でもできるの。剣だって、普段は使おうと思わないだけ……』
 屋根の上で、夜風にみどりの髪をなびかせて。式神は哂う。
 ……哂う。
…………哂う。
………………ワラウ。


「……それは、さぞや愉しそうだ」
 地上から、八手に向かって幾つもの明かりが点る。
沢山の機械が集い、陰陽師に操られた式神たちの眼差しがこちらを見ている。
形勢が悪くなったことを知っても、八手の心は高揚したまま。鬼は不敵に口端を上げた。




 数百度を超えた熱波を纏い、東雲は刀を振るった。
いくら月之宮八重に似せられているとしても、妖狐にとってその式神はただの偽物でしかない。むしろ、不愉快になる一方だった。
 こみ上げていく怒りを全て式神にぶつけ、夜の病院を走った。


 こんなことで終わりになるなんて許せやしない。彼女の世界の終わりがこのようなふざけた思惑で決められてしまうなど、そのような理不尽を許していいわけがない。
保護者でも、家族のようでもなく。東雲は、月之宮八重のことが好きだった。
 自覚をしたのは多分、出会う前から。
君がこの世界に生まれてくる前から、恋をしていた。


 幸せなことも、悲しいこともあった。
八重。君に出会うまでに、僕は幾多の出会いと別れを繰り返した。


 今度こそ倖せにする。
そう決めたのは、果たしていつだった?


 ねえ、八重。
僕は、実のところまるで自信なんてない。
昔に交わした約束さえも守れなかったような自分が、君のことを本当に幸せにできるだなんて思えない。
君のくれた優しさに救われて、その笑顔を守りたかった。
それだけの一心でここまで来てしまった。
本当の嘘つきだったのは、もしかしたら僕だったのかもしれない。
大人ぶって、余裕があるようなフリをして。
幾ら歳をとっても、肝心なところでは幼いままで。


……どこに逃げても追いかけるって決めたんだろ。
今度こそ、間違えないって決めたんだ。


正解なんて、どこにもない。
もがいて、悩んで、苦しんで。
そうして、自分の足跡をつけていくしかない。


 だから、走る。
何に邪魔されたって、彼女が目の前から再びいなくなったって。
何度だって僕は探し当てる。
この先の未来を掴み取るって信じていく。


 二人で、歩く。
歩くんだ。だから。


「…………っ」
刀を振るいながら、ツバキは想う。


 諦めるな。
閉じ込められても、未来なんか何もないように感じてたとしても、諦めるな。
どんなに偉そうだと云われても、僕は何度でも言う。


「……諦めるな」
 本当の終わりが来るまで、諦めない。
生きている限り道はあるとか、そんな偽善を言うつもりはない。
そんなことが云えるくらいなら、こんなに格好悪く走ってなんかない。


誰かが見たら馬鹿にするかも。
……バカにするかも、しれないけど。
身もふたもないって笑われると思うけど。


それでも、僕は。未来を望む。
過去を振り返ってばかりいるのはもう止めにする。










「おや、見つかってしまいました」
 走って、辿り着いた終着点。
中庭。病院の最奥で待っていた青年。
 11時20分。
東雲の壊してきた数多くの式神の残骸を見て、月之宮幽司はくぐもった笑いを洩らした。
本当に五千体の敵を倒してここまでくるとは。


「仕方ない、ここまで来た勇者には私がお相手するとしよう」
 最後に残った魔王は翡翠の勾玉を揺らし、そのシルエットを大鎌へと変えた。
 東雲椿は、無言で敵を睨みつけた。







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