悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆313 生まれてきて良かった





 ウィリアムが電子ロックを。松葉が水を操って施錠を解除して閉鎖病棟を抜ける。
 楽観的に外に出てみたはいいものの、予想よりも実際の敵の数は多かった。
特に兄の操っている式神が厄介で、私や奈々子の姿をした戦闘人形型式神に見つかった時は本気で死ぬかと思った。


「――っ」
「いくよ!」
 松葉が水流で足止めをし、ウィリアムが破壊する。
しばらく戦っているうちに、人形の効果的な壊し方が分かってきた。
マイコンで半自動的に制御されているということは、つまりは内部から破壊してやれば動作が止まるのだ。
理屈では簡単なことを言っても、なかなか実行に移すのは大変だったりするんだけど……。


「これで何体目だったかしら」
「三十二、かな」
 冷や汗を拭いながら私たちはため息をつく。だんだんと消耗していく精神に疲労を感じる。


「……それで、希未はどこにいるの」
「えっと、ボクの記憶では八階の角部屋だったはずで……」
 足早に階段を上りながら、松葉は首を倒す。


「大丈夫だよ、確かすぐに殺す予定はなかったはずだから」
「全然安心できないわ」
 早く可哀想な希未を助けてあげないといけない。
例えあの子の正体がアヤカシであったとしても、私には怒りの感情はなくて。その身の安否にひたすらな焦りがある。
絶対に、私を騙していたのは何か事情があるはずだ。もしかしたら、誰かに頼まれていたのかもしれない。決して私達を陥れようとしたわけがない。
 だって、それぐらいに私は希未と一緒にいて倖せだった。
私に目の前の世界の色彩を一つずつ教えてくれたのは、当たり前の幸福を最初に教えてくれたのは彼女だ。
 平凡な日常の愛おしさを。
普通の人間だったら当たり前に手に入った全てをくれた。
彼女は偽物でも幸福を分け与えて、それを何倍にもしてくれた。
こんな私の友達になってくれた。


 だから、私は今真っ先に人質になった希未を探しに動いている。
もしも逃げ出すとしたら、絶対に一緒に帰るという決意を秘めて。そう決めた私に、松葉もウィリアムも納得してくれた。


「……見張りは三人」
 式神が一体と、警備員二名。
少しだけ関節を鳴らし、私は自分のアキレス腱を震わせる。瞬発的に短い距離を移動し、鮮やかな回し蹴りを人間の警備員に叩き込んだ。


「……敵か!?」
 廊下の端まで私の攻撃で敵の身体が吹っ飛んでダウンする。そのまま二人目に流れるような飛び蹴りを与えようとしたものの、受け身でかわされた。
くっ……これで仕留められれば楽だったのに。
だが、相手のガードを足場にして私は地上に着地をする。体勢を立て直し、霊力を拳に込めて殴りかかろうとした。


 幾つもの連続した攻撃。しかしながら、中々通る気がしない。
ここに野分さえあればもっと事情は違っただろう。肉弾戦となると、女である私は非常に分が悪い。
先ほどのように奇襲をするか――もしくは、他の誰かと共闘をするか。
そこまで思考したところで、それまでもの静かだった式神が動いた。まるで私の仕草を全て熟知したように綺麗な動きで攻撃を繰り出してこようとする。その気配に振り返ろうとし、そこで私がこれまで戦っていた警備員が松葉の異能で意識を失った。
 ウィリアムのパンチは余り効果がないようだ。だが、二つ目の異能である氷を操る能力で、私に襲い掛かろうとしていた式神の動きが封じられる。
それでもバキバキととんでもない力で拘束を壊そうとしていた式神の頭脳に、ウィリアムが高電圧の電流を一気に流し込んだ。


「ピ……ガガッ」
「仕留めた!!」
 壊れたようなプスン、という音がして。重力に従って床へとアンドロイドは崩れ落ちる。


「……こうはしていられないわ、早く!」
 急いた気持ちで希未が閉じ込められている部屋のドアを開けようとする。不思議と鍵はかかっていなかったのか容易くドアノブは回転して、穏やかに扉が開いた。
その意味なんて理解しないままに、私は部屋に飛び込む。頭の中には撃たれた親友のことしかなかった。
 暗い室内には、テーブルの上に小さな檻が置いてあった。
誰かに応急処置をされたのか、点々と赤くなった包帯に巻かれた動物の姿が視界に飛び込んでくる。うっすらと透けているその獣の姿に、私は悲鳴を上げそうになった。


「希未! ……希未っ」
 予想はしていたけれど状態は酷い。
私が泣きそうになりながら駆け寄ると、ノロノロとタヌキは瞬きをした。


「…………あれ、八重?」
「希未、大丈夫!? すぐにここから助けるから……っ」


「……どうして、私なんかを助けに来たの?」
「そんなの決まってるじゃない! 友達がこんなことになったら助けに行くのは当たり前でしょう!!」


「だって……私、八重のことずっと騙して」
 鼻をすすりながら、希未はポロポロ涙を零した。
何かを諦めたような瞳。まるで今の自分の有様は天罰とでも言いたそうにしている。


「ごめんね……。ごめんねえ、八重。あたし、あなたのことをずっと騙してたの。ひっく、私、本当は人間でも何でもない。八重の欲しかった人間の友達のフリをして、嘘ばっかりついてた」
「私は気にしてない!」


「嘘だ。そんなはずないよ。これって手酷い裏切りだよ。いくら八重に恩返しをしたかったからって、あんなことしちゃいけなかったんだ。
八重の傍にいればいるほどに、あたしは苦しくなった。これって恩を仇で返す行いだったんじゃないかってすごく怖かった」
 お願い、私を見捨てて。
 希未はそう言った。
私は、その発言にキレそうになった。どうしてそんなことを言われなければならないのか。今だって希未のことを大切に思っていることは変わらないのに。裏切りにあったなんて考えてもいないのに。


「違うよ、希未ちゃん」
 隣にいたウィリアムが小さく笑った。


「月之宮さんはね、手錠が外れて真っ先に心配したのは君のことだったよ。妬けてしまうぐらいに、危険を顧みずに助けに行くことを選んだ。それって、どうしてなのか分かるだろう?
月之宮さんは、君の正体が分かった後も希未ちゃんのことを本当の友達だと思ってるんだ」
 希未の体が震える。毛の一筋一筋が逆立つ。


「私のことを……?」
「そうよ。どんなことがあっても私は希未と親友だって信じているわ。否定なんてしないでちょうだい」
 私の一方通行な気持ちだと思いたくない。
だって、あれだけの時間を一緒に過ごしたはずだ。こんなことで崩れてしまうような関係だなんて思わない。


「私は、友達として希未が大事! 例え手段が嘘だったとしても、あなたに救われたことを誇りに思いたい!」
「あたしが、八重を救ったの……?」


「そうよ。あなたに助けられたから、私はこうしてまだ諦めずに自分をやっていられるの。全ての始まりは希未と出会ったからだって心から思うわ」
 言葉を重ねるほどに、嘘くさくなってしまうかもしれない。
私は元々饒舌なほうではない。けれど、今だけでもいいからこの気持ちを分かって欲しい。
希未は泣き笑いのように微笑んだ。


「八重……、あたし、八重のこと好きだよう」
「私も希未のことが好き。大好き!」


「あたしね、昔、車に轢かれて死にかけていたところを八重に拾われたの。そのまま病院まで連れていってもらって……死んじゃった後も、ずっと会いたかった。いつか恩返しをするんだって頑張った」
「じゃあ、今度は私が恩を返す番よ。苦しい思いをさせてしまってごめんなさい」


「ううん、傷は全然痛くないよ。私、八重のことを思うと心が温かい気持ちになるんだ。八重への愛情から生まれたから、こんなに幸せなんだ。
愛してる。私、この世界に生まれてきて良かった」
 その言葉に今度は私が泣きそうになる。
 少しずつ視界が滲んでいく。
どうにかして希未をこの檻から出さないといけない。眠るように黙り込んだその様子に、私は心臓がすっと冷えた。


「希未? ……希未、しっかりして!」
「気を失っているだけだ。アヤカシならすぐには死なない。落ち着け」
 ウィリアムが眉間にシワを寄せる。檻から出すには鍵がいるようで、私は松葉を呼ぼうとした。
 そこに、誰かの気配がする。
後ろを見ると、外で見張りをしていたはずの松葉が何者かに攻撃を受けて失神をしたところだった。
カツリ、カツリとヒールで床が鳴る。
濃く霧がかった目がこちらを向く。外からの光にみどりの黒髪が翻る。


「あなたたち……ここで一体何をしているの」
 日之宮奈々子。陰陽師最強だったはずの少女。
その彼女は今、手に救急箱と水を持って、私達の前で厳しい顔をして立っていた。









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