悪役令嬢のままでいなさい!
☆295 スキー場にて (3)
リフトから下りてすぐのところで転んでいた白波さんと、それに呆れていた鳥羽の2人と合流をする。
「大丈夫?」
そう声を掛けると、結局スノーボードを選択した鳥羽がため息を吐く。
「どうすれば2枚も板がついているのにリフトで転べるんだよ、白波……。よく考えてみろ? お前は俺の倍は動きやすいはずなんだぞ?」
「運動が苦手な女性を敵に回すような発言ね」
それにしても、鳥羽がスキーができることは聞いていたがまさか土壇場でボードの方を選ぶとは思わなかった。
つくづく器用な奴。
男子は大半がボードに流れたらしい。ちなみに私はスノーボードの経験はないのでスキーだ。
「いっけないんだー、いけないんだー。白波ちゃんを苛めてたって先生に云ってやろー」
「ぁあ?」
「こんなところまで来て喧嘩はやめてよ」
からかう希未に鳥羽が凄み、それを見た私が制止する。険悪な空気になりそうになったところで、ようやく白波さんが生まれたてのペンギンのように追いついてきた。
「ようやく追いつきましたぁ」
「この調子じゃ、お前に合わせているだけで日が暮れるぜ」
そんなことを言いながらも、恋人を見る鳥羽の目はどことなく優しい。足元の器具を弄って両足を固定した鳥羽は、白波さんの先行をきって緩やかなカーブで滑り出した。
「あっ」
口をポカンと開けた白波さんが取り残される。どうしたらいいのか困っている彼女は案の定昨年教わったことを忘れているみたいで、私は付きっ切りで教えることにした。
「いい? 基本はハの字で下りるのよ。……止まりたい時は足をこうやって開くの」
「こ、こうですか?」
「うん、白波ちゃん筋がいいよ!」
私の指導でぎこちなく滑り始めた白波さんを見て、希未が笑いかけた。
身体が滑り方を覚えていたのか、教えてしばらくすると初心者の滑りができるようになった白波さんを見て、ゲレンデの途中で待っていた鳥羽がホッとした顔になった。
「やればできるじゃねえか」
「えへへ……月之宮さんのお蔭です」
そう言いながら笑っていた白波さんの後ろから誰かがぶつかりそうになる。勢いよく滑っていた背の高いボーダーが慌てて急停止する。
「ごめんごめん!」
「……おい、危ねえだろうが!」
ゴーグルを上げた彼の姿には見覚えがある。青紫色の瞳を持った稲わら色の髪をした外国人。
雪焼けをしそうなほどに白い肌。
「やあ、杉也」
「マナーが悪いと思ったら、てめえ、ウィリアムか」
白波さんにぶつかりそうになったことでキレそうになっている鳥羽に、その友人であるウィリアムは口笛を吹く真似をした。
私は、ポンと呆気にとられている親友の肩を叩く。
「良かったわね、希未。お望みどおりに異国の人との出会いよ」
「いや、そもそもなんでコイツがここにいるのさ!」
あ、いけない。そういえばウィリアムが用務員をやっていることはみんなに話してなかったっけ。
完全に警戒心MAXになっている希未に、私はどう説明をしたらいいのか困っていると。遠くからこちらを見かけたのか、三年の東雲先輩がボードを抱えて歩いてくるのが見えた。
「こんなところに集まってどうしたんですか?」
涼やかな瞳が、抜けるように青い。
アヤカシ組はスノーボードを選ぶ法則でもあるのだろうか。白と濃いグレーのスキーウェアを着た絶世の美貌を持つ妖狐の姿に悩殺されそうになりながら、私は赤くなって視線を逸らした。
「いえ、……ベツニナンデモ」
「目を逸らさないでください、八重」
だってカッコよすぎて心臓に悪いんだもの!
これが雪山効果という幻想か。
普段とは違う一面が見えてドキドキしているのがばれてしまうのが決まり悪くて、私はなるべく平静を取り繕う。
そこに、不機嫌な鳥羽が文句を言った。
「コイツが白波にぶつかりそうになったのに、一言も謝らないんだよ」
「え、うん。ごめんね?」
ウィリアムがあっさりとそう口にする。
「……その程度の謝罪で済ませようとするな」
「君、恋人ができてから一層馬鹿になったって云われてない?」
鳥羽の頑なな態度にウィリアムが思わずそう言うと、それを聞いた東雲先輩が堪えきれずに噴き出した。
まさかの展開に一同が振り返ると、妖狐は笑いを堪えきれずに手で口元を隠している。
鳥羽が耳を赤くして叫ぶ。
「笑うな!」
「いや……すみません。つい。
それにしても、どうして用務員のあなたがこの合宿に参加しているのか僕も不思議でなりませんが」
あ、東雲先輩、ウィリアムが学校にいることには気付いてたんだ。
ぶつけられた厳しい言葉に、ウィリアムがウインクをして笑顔になる。
「結局月之宮さんのことが忘れられなくて、俺も有休で勝手に来ちゃった☆」
「そうですか。いっそのこと手足をバラバラにして雪山に埋めて帰りましょうか? そこまですれば再生もできないでしょう?」
凍り付いた空気の中、忌々しそうに東雲先輩が嗤う。
「あと、八重は僕の恋人になる予定の女性ですから」
「予定は未定ってよく云うよね? この性格の悪い男なんか止めて、俺にしとかない? それなりに幸せにするよ? 月之宮さん」
「まずはその減らず口からどうにかしてやりましょうか?」
怖いもの知らずのウィリアムと東雲先輩の応酬に、私はそっと後ずさりをした。先ほどまで凍りそうだった空気は、今度は熱くヒートアップしているように思える。
「逃げるなよ、月之宮」
そこに、鳥羽の言葉が突き刺さる。
呆れ混じりの彼の視線に、お手上げの私は恐る恐る両手を挙げた。
希未が不安そうに呟く。
「ねえ、ウィリアムってさ、東雲先輩と戦ったらどっちの方が強いの?」
「そりゃ、普通だったら勝つのは先輩の方だろ。……だけど、不死身性ではウィリアムの方が上をいくな。怨念の塊のアイツを殺せる存在なんて、俺には想像もつかねえ」
「うわあ、泥沼……」
鳥羽の答えに希未は頭を抱える。
口論を続けている2人を見た天狗は、持っていたスマホでどこかに連絡をとった。やがて、現場に到着した教師の雪男が駆け付ける頃には、今にも一触即発の状態になりかけた彼らがどこかに消えた後だった。
「あーうん、状況は把握したわ。それ、人目に付かないところでガチに殴り合いが始まったところだな」
行方をくらませた妖狐と西洋鬼の話を聞いて、雪男は実に嫌そうに言った。
「それにしても、よくこんなの借りてきたな」
雪男の乗ってきたスノーモビルを見て、鳥羽が感心するように言う。得意げになった柳原先生がニヤリと笑った。
「おう。これでもオレ、スキー場でバイト経験ありますから?」
「へー」
盛り上がっている男性陣に対し、白波さんが不安気に呟く。
「あの、先輩たちのことは探しに行かなくていいの?」
「どうせ東雲さんが勝つに決まってるしなー。合宿の貴重な時間をそんなことで浪費することあるまい」
これって信頼されているのか、なんなのか。
へらりと笑った柳原先生は、そこで腕時計を見てひょうきんな声を出す。
「っと、あと一時間ちょいで昼食の時間になるな。せっかくだし、時間になったらオレと一緒にカレーでも食いますか」
「やった! カレー!」
嬉しそうな希未の喜色の叫びを後に、柳原先生は笑顔でスノーモビルに乗る。
「そうだ。こういう新雪の後には雪崩が起きやすいからくれぐれもコース外には出ていくんじゃないぞ! そこんとこよろしく!」
そんな注意をし、遠ざかっていく先生の姿を見送った私たちはその後一時間をかけてたっぷりとゲレンデで遊ぶことにした。
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