悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆290 口説く西洋鬼







「I found bad girl.(悪い娘みーつけた)」
 そう笑いかけられ、サボりが見つかった私はバツの悪い顔をするしかない。
ウィリアムはやれやれといった表情で、こう気さくな挨拶をしてきた。


「あんまり賛成しないな、授業をこんなところでサボっているなんて。遅れていた月のものでも来たのかい?」
「いえ、そういうわけでは」
 不愉快になり睨みつけると、相手はゲラゲラと笑い声を出した。


「なるほど、これは失礼。お詫びに悩み事でもあるならお聞きしようじゃないか。お嬢さん」
「……結構です」
 そんなことより、仕事に戻らなくてもいいのだろうか。
そう考えていたのが顔に出ていたのだろう。ウィリアムはへらりと笑って手を振った。


「いいんだ。生徒の悩みをきくのも仕事のうちってことだし。いつも真面目に働いているわけだからたまには息抜きしなくちゃね」
「やっぱり息抜きなんじゃない。嘘つき」
「嘘も方便だって」
 そうして、持っていた本の半分をこちらに押し付けてくる。
意図しないことだけど、いつの間にか仕事を手伝わされることになった。なんやかんやとしている間に、社会科資料室まで本を配達し終わるまで付き合い、半目で立ち去ろうとしたところで肩を掴まれる。


「ちょっと! なんで帰ろうとしてるんだ」
「だって、用事ももう終わったみたいだし……」


「まだ肝心の月之宮さんの悩みを相談されてないんだけど!」
「なんで私に構うんですか!」
 邪険にしながら振り返ると、そこには真剣な表情をしたウィリアムが立っている。ムッとした私に、彼はマジメな口調で言った。


「俺、君のことを助けたいんだ」
「助けなくていいです」


「心配なんだよ。あんなところで座り込んでいたら、普通はそうなるだろ。……半神さん?」
 最後の一言を聞いた私は、びくっと飛び上がりそうになった。
 私の顔色を見たウィリアムは、徐々に口端を上げる。


「ははん? さては君、みんなにはそのことを云っていないな? ふーん、そうか。なるほど」
 一気にこちらの血圧が下がる。
焦った私は、ぎこちなく笑みを作った。


「い、いいわ。あったことを話します」
「それがいい」
 腕組みをしてしたり顔をしているウィリアムを連れて、私はずんずんと歩いて行く。社会科資料室の前から別の棟へと移動し、埃っぽい廊下の前の自販機へと来た。
持っていた小銭で温かいココアを買うと、ウィリアムは自分の財布で甘い紅茶を選ぶ。
そうして置いてあった屋内ベンチに腰掛けると、彼は親し気に笑ってみせた。


「本当はずっと聞きたかったんだ。あの後、神子フラグメントもどきは助けられたのかどうか、気になっていたからね」
神子フラグメントもどき……?」
 違和感のある言葉を繰り返すと、彼は頷く。


「俺は長年ヨーロッパやアメリカの辺りに居たからよく知ってるんだけどね。あの子の場合はフラグメントと呼ぶにはひどく中途半端だ。異能に呑まれてる白波小春はフラグメントもどきと呼んだ方がしっくりくる。
向こうでは神子フラグメントの研究なんかもされていてね、昔戦ったことのある連中はもっとクオリティが高かったな」
 心臓が跳ねる。
聞かされた話はどこか不穏な響きを含んでいて、私は口内が急速に乾くのを感じた。


「……白波さんは、半分ほど分離に成功しました」
「ふうん、おめでと」
 素っ気ない言葉。でも、いつになく優しい。


「それで、さっきなんですけど。私の式になる予定だったアヤカシがいたんですけど、断ろうと思ったんです。そうしたら、嫌だと云われてしまって……」
「そうか」
 俯いていた私。ベンチに座ったままでウィリアムは遠くを見た。
そうして、なんとも今日の天気を語る様な気軽さで呟かれる。


「俺も月之宮さんのこと、わりと好きだよ」
 聞き間違えたかと思う。
訝し気に視線を移すと、彼は噴き出した。


「いやいや、信じないで。どちらかといえば好きな部類ってだけだから。俺、君のことなんか三葉虫トリロバイトと同じくらいなんとも思ってないから」
「は……」
「って、否定した方が良かった?」
 訳が分からない。思考停止した私に向かって、彼は悪戯っぽい目を送る。


「あーあ、もっと早く出会っていたら、俺にも望みがあったのかな。こんなに殺伐とした好みの女の子、滅多にいないんだけどねえ」
「からかってるんですか?」


「もう少し時間があったら、俺も真剣になるかも。来年は恋敵もまとめて卒業してくれるわけだし?」
 そう言って、ウィリアムは壁に手をついて私を覗き込んだ。
壁ドンの体勢。逃げ場がなくなった私が息を呑むと、ピンク色に輝く瞳の彼はにっこり笑う。


「だからね、君もそろそろハッキリしたらどう?」
 そんな声が降ってくる。


「俺たち、期待しちゃうじゃん。
そうやって妖狐と曖昧な関係を続けていたらさ、いい加減に俺たちも失恋できないって」
「……今の言葉、本気だったんですか」
 引き気味になりながらも呟くと、ウィリアムはウインクをする。


「うん、五十パーセントぐらいは本気かな?」
 その発言に、思わず笑った。


「結構微妙なんですね」
「……分からない? そういうことにしてやるって云ってんだよ」
 瞬間、ウィリアムの表情がなくなる。
壁についていた手のひらの指が小刻みに震える。






「……愛してるよ。俺を救済してくれた、二人目の神様」


 震える声で、そう言われる。
もしかしたら、いなくなってしまった行燈さんへ向けていた感情が、私に移ったのだろうか。私が女だからそれを恋心と錯覚したのか。そんなことを考えて、いや、こんな邪推をするのはとても彼に失礼なことだと気付く。


 ごめんなさい。
窮しながらもそう返すと、はは、と笑いを零した相手はようやく距離をとった。


「……じゃあね。また」
 こちらの顔を見ずに、ウィリアムはそう言い残して去っていく。
聞こえないくらいに遠くなったところで、私も反対方向に走った。









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