悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆278 オオカミ少年の末路







 ……多分、今ならできる。
一晩開けた私は、朝、自分の顔を洗面所で洗ったときにそう思った。


夜遅くまで拘束してしまったみんなは月之宮家の来客用の家で泊まっていった。その中には勿論、白波さんもいる。


現在の精神ならば、彼女が預かっている神名を私に返してもらうことが上手くいくかもしれない。
そうと決まれば、邪魔が入る前にやってしまおう。決行は早い方がいい。
白波さんを少しでも早く楽にしてあげたい。……普通の人間であるあの子が神名を持っているのは常に重荷を背負わせているようなものだと思うから。


「八重?」
 声をかけられ振り返ると、ぼさぼさの髪でパジャマを着た希未が素足のまま、不安そうな顔で廊下に立っていた。


「おはよう」
「どうしたの、思い詰めた顔をして……」
 そんな表情になっていただろうか。
思わずひくりと頬が引きつる。希未はそれを見て複雑そうに私の頬へ自分の指先で触れた。


「あのさ、八重は白波ちゃんのことを親友だと思ってるんだよね?」
「ええ」


「じゃあ、もしかして私はもうお役御免なのかな」
 希未は、どこか寂しそうに言った。
その言葉に驚きを露わにすると、彼女は明るい茶髪を弄りながら真剣な目でこちらを見つめてくる。


「何を馬鹿なことを……」
「なんだか不安になっちゃって。八重にはもう白波ちゃんがいる。私がいなくなったとしても、大事に思ってくれる人間がいる。
それってすごく嬉しいことなはずなのに、なんでだろう……」
 不恰好に笑われ、私は思わず希未を引き留めようとした。
それなのに、指先が動かない。余りにも親友の言葉が切なそうで、呼吸が止まった。


「私って、ずるいよね。白波ちゃんに、ヤキモチを焼いてるんだ。自分に自信がないことを、あの子のせいにしてるの」
「ずるくないよ!」


「そうかな……」
 ようやく私の腕が動くようになった。
希未の冷たい手のひらを掴むと、彼女は気丈に笑う。


「なんてね。私、変なこと云っちゃったね」
「希未……」


「あのね、八重。私の幸せは、八重が倖せになることだよ。
貴女だけがちっぽけな私の唯一なんだ」
 希未は気持ちを誤魔化すように笑った。
それを聞いた私は、どんな反応をしたらいいのか困惑をしてしまう。
『ヤキモチを焼いている』と言っていたけれど、今のセリフには何かもっと別の思いが込められているように思えて、私は戸惑った。


「ねえ、嘘つきってどう思う?」
「え?」
 唐突に、希未は話題を変えた。
私が瞬きを返すと、彼女は強い意志のこもった瞳をこちらに向ける。


「どうって云われても……」
「……オオカミ少年の嘘ってさ、最後には誰も信じなくなっちゃうの。最初のころはみんなが心配してくれるのに、裏切り者として末路を辿るの。そんな奴のことなんて、普通は仲間だとは思えないよね」


「そうかしら」
「そうだよ」
 どういった返答をすれば正解だったのだろう。
自分を納得させるようにこう話した希未は、くるりと身を翻して可愛らしく笑った。


「がおー、」
 そのあどけない笑顔に、私は思わず呆れて言った。


「オオカミ少年って、オオカミ男の前身ってわけではないと思うけど」
 というか希未の場合はオオカミ少女?


「今の時代は獣人娘という萌え要素もあるんだよ。異世界ファンタジーだよ。似合うでしょ? がおがお」
「……あっそう」
 体よく誤魔化されたような気がする。
顔色を窺ってみたけれど、希未は元気よくオオカミの真似をしてぴょんぴょん廊下を跳ねた。
そこに、落ち込んでいた時の名残はない。


「……せっかく心配したのに」
「ん? 何か云った?」
 希未は、私の髪をぐしゃぐしゃにしてくる。
折角梳かしたての髪型が台無しにされたことに気が付いて、私は怒って逃げようとした親友を捕まえようとする。
身軽な希未はそう容易く捕獲されない。野生動物のように、裸足で廊下を笑いながら駆けていった。







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