悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆258 馬子にも衣装







 ホールの入り口にいたのは柳原先生だった。
普段なら身に着けないような白いシャツにネクタイをして、出入りする生徒を見守っている。検問役にされたのだろう。


風紀を乱すような恰好をしている生徒はここで止められる。何故ならこのクリスマスパーティーは生徒が社会人になった後の予行練習を兼ねているようなものだからで、今日だけはドレスコードが定められているのだ。
それだけではない。この行事では親睦を深めあい将来に役立つような人脈を広げるのも重要な目的となっている。
……まあ、相手が嫌がった場合はただの迷惑行為と見なされるのだけど。


「よお、東雲さんに月之宮」
 柳原先生から朗らかに挨拶をされたので、こちらもドレスの裾をつまんでお辞儀を返した。ほどほどに仕事をしているらしい雪男は口端を上げる。


「月之宮は見違えるように綺麗だな。いや、普段から美人ではあるんだが、今日は一層見栄えがするぞ」
「それって褒め言葉として受け取ってもいいのでしょうか?」
 なんだか余計な言葉も挟まっていたように聞こえたけれど。
苦笑をしながら東雲先輩の方を見ると、彼も忍び笑いを滲ませている。これは柳原先生流の賛辞と解釈して結構だろう。


「先生もよく似合っていらっしゃいますよ」
「馬子にも衣装ってな。ひひ」
 後は先生の長い前髪をよけるなりすればもっとカッコよくなるのだろうが、本人にその気はないらしい。
その髪型といいどこか文句をつける点があるとすれば、正装を着た柳原先生がどこかホストのように映るところだろうか。


「遠野さんはどうしたんですか?」
 そう訊ねると、柳原先生は鬱になったような顔色になった。


「……姉貴が連れて行った。虫除けになるわとか何とか云ってはいたが、どこまで信用していいものやら」
「……それはご愁傷さまです」
 ある意味この学校で一番女の子への欲に忠実な雪女と一緒に行動しているというのは、果たしてどこまで安全と言えるのか……。
柳原先生の気持ちが慮れて気の毒に思っていると、東雲先輩が口を開く。


「お前もご苦労なことだな」
「ええまあ! 教員は年がら年中仕事のようなもんでしてね!」
 皮肉っぽく叫ぶと、柳原先生は私たちを追い返すような仕草を見せる。いつまでもこの入り口で止まっているわけにもいかず、会釈をして立ち去ることにした。


「さあ、行きましょうか。八重」
「お疲れさまです! 行ってきますね、先生」
 開かれた入り口には、大きなストーブが設置されている。ようやく屋内に入ると暖気が一気に押し寄せてきて、私はホッと人心地をついた。
全館暖房の校舎の中でも、今夜はひときわ温かい室温に設定されているに違いない。ドレスを着る女学生が風邪を引かないように配慮されていることが受け取れて、私はその心遣いがとても有難かった。
色とりどりのドレスを着た女子、基本的に黒をまとっている男子の楽しそうな人間の群衆が私たちの到着に気付く。


 視線を集めている。生徒会長の艶やかな立ち姿に頬を染める女の子は枚挙に暇なく、私にとってそのことはちょっと面白くない。
そりゃ東雲先輩がモテることはかなり前から知っていたことだし、今更こんな風に嫉妬の念を抱くのは心が狭いと我ながら思う。
けれどそれとこれは話が別というか、私だけが彼の魅力に気付いていればいいのにとか。
 複雑な内心を誤魔化すようにそっと微笑むと、東雲先輩は不快そうに辺りの男子生徒たちをじろりと睨みつけた。


 ……あれ? もしかしてこれって誰かをけん制してる?


うーん、思い違いよね? 確かに衆目はこっちを向いているとは思うけれど、殆どは東雲先輩のことを見ているだけでしょう?


「どうしたの、先輩?」
「いえ、なんでも」
 誤魔化すように東雲先輩は笑う。
そうして私の頭を優しくポンポンと叩いてきた。


「ただ、八重はやはり男子に人気があるのだなあと実感をしていまして。このままではやっかみで殺されてしまいそうだ」
「そんなことないわ! 仮にそうだとしても家の財産目当てな人間ばかりよ!」
 どんなにつまらない絵でも、値札が立派であればそれは大家の作品に見えてしまうものだ。私自身に価値があるのではなく、月之宮財閥の令嬢だから人の好意や悪意を集めやすいだけ。カリスマ性なんてどこにもない。そのことを力強く主張していると、東雲先輩は困り顔で言った。


「僕が云っているのはそういう意味ではないのですが……」
 ……他にどのような意味があるというの?


「詳しく解説してもいいのですが、恐らくは君に伝わらないでしょう?」
 よく分からないことを言う人。
不思議に思いながらも聴こえてくる音楽に耳を傾けていると、すぐに誰かがこちらに向かって駆けよってきた。


「月之宮さん!」
 素敵に薄桃のドレスを着こなした白波さんが駆け足で走ってくる。ヒールのついた靴が足から外れると同時に、私のことを抱きしめてきた。


「おい白波、靴を落として……」
 文句を言いながらも歩いてここまでやって来た鳥羽は、私の方を見てポカンと口を開けた。気まずい思いになった私は挑戦的に言う。


「……何よ?」
「……いや、別に……」
 そんなに変な格好に見えるっていうの?
これでもスタイリストが腕によりをかけてコーディネートしてくれたのに……。
少し自信がなくなって視線を落とすと、白波さんがえくぼを作って大きな声で言った。


「今日の月之宮さん、とってもとっても綺麗です! ねえ、杉也君っ」
「……まあ、いいんじゃねえの?」
 2人の言葉に、私は目を瞬かせる。


「……そう?」
「どちらかといえばそのドレスは札束が歩いているようにも見えるけどなー」
 口の悪い鳥羽がそんなことを告げたものだから、目くじらを立てた東雲先輩の拳が振り下ろされた。ガツンと強打された痛みで天狗は悶絶している。


「なんてことを云うの!」
 白波さんにも怒られている。


「女の子のオシャレに文句を云うなんて鳥羽君ったら最低!」
 おーい、不用意な一言で彼女からの評価が下がっていますよー。
しかしながら、今の鳥羽は言い訳をできる状態ではない。未だ頭を押さえてもだえ苦しんでいた。しゃがみ込んでいるところを東雲先輩が蹴飛ばしている。


「あの、もうその辺で……」


 そんな私たちのことを見つけた希未がひょっこら顔を出す。


「――ん、鳥羽ったらどうしたの?」
「えーっとね、口は禍の元を体現しているわ」
 私は合掌しながら言った。……しばらく待てば復活するだろう。多分。







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