悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆254 割れ鍋に綴じ蓋







 東雲先輩が同行しながら、私は八手先輩を連れて月之宮邸へと帰参することになった。
ひとまず仮契約なので松葉の時とは違って口約束みたいなものなのだけど、家の人間に話は通しておかなければなるまい。ホウレンソウは大事なのだ。


一回だけならまだしも二回目ともなると、今度はどんな言い訳をしたらいいものか悩ましいものがある。前回と同じく月之宮教の幹部候補で押し通すしかないだろうか。
私の迎えにやって来た山崎さんにこれまでの経緯を説明すると、彼は頭を抱えて何やら絶望的な顔をしてくれた。


「お嬢様……いくらなんでも突然そのようなことを決められては困ります」
「仕方ないじゃない、乗り掛かった舟よ」
 あんな約束をしていた以上は、断りようもない話なのだ。
理由を説明すること三十分、私の態度に深々とため息をついた山崎さんは、渋々私と東雲先輩と八手先輩を同じ軽自動車に乗せて走り出した。


身長の高い2人が一緒に乗ると、やけにこの軽がせまっ苦しく感じる。そもそも、この車は大所帯で使うようにはできていないのだ。
ふかふかに特注した座席に腰掛け、私は久しぶりに胃の痛みを覚えた。
しくしくしく……帰ったらいい薬を出してもらおう。
妖狐の苛立たしさとは打って変わって、どうやら八手先輩は珍しくも極めて上機嫌な様子だった。いつも通りの無表情とはいっても、一目で分かるほどに。


 それは喜ばしいことではありますが、そんなに面白い場所ではないんですよ。月之宮は。
しょっちゅう派手な強敵が現れるわけではないですし(むしろ今までのエンカウント率が異常なのだ)、治安維持だなんて本当に地味な仕事ばかりなんですからね! 理解できています?
心の中ではこんなことを考えながらも、私には直にこの言葉を叩き付ける自信がない。もしもうっかり怒らせてしまったらと思うと、言いたい事も喉の奥に貼りついてしまうのだから。


……このまま連れて帰ったら、松葉はどんな反応をするのかしら。
私の不穏な予感は的中した。ただ今式妖怪として使われているカワウソは、身の毛がよだつような騒ぎで八手先輩のことを嫌がったのだ。


「あらあら、お久しぶりね。東雲君」
 おっとりした物腰で微笑んだ私の母に、東雲先輩は優雅に会釈をする。どうやら彼は気に入られているようで、そのことについてはホッとした。
……ほら、だって結婚の約束をしているぐらいだし? うちの親とは仲良くしてくれるに越したことはないっていうか、ね?
それに引き換え、ブリザードが吹き荒れているのは松葉の方だ。
まず真っ先に東雲先輩が居るのを見てすごい顔になり、その後に八手先輩の説明を聞いたところで形相が変わった。
怒ってるとか怒ってないとかそういう次元ではない。とてつもなくキレているのだ。


「……さっさと自分のねぐらに帰りなよ、この場所にお前の仕事なんか一つもないんだから」
 努めて冷静に振る舞おうとしているようなのだけど、松葉の声は震え、頭の先まで真っ赤になっている。


「オレと月之宮の間で既に交渉は成立している。瀬川に指図される謂れはない」
「はあ!? ボクと八重さまの愛の巣に何侵入しようとしてんだよ! この不法侵入者! さっさと消えろ!!」
「その表し方が適切だとは到底思えない。お前は月之宮の式であるだけだ。この件について主君に口を挟む権利はどこにもないだろう」
 八手先輩の淡々としたセリフに、口論していた松葉は唸り声を出した。
どうやら形勢は鬼の方に軍配が上がろうとしている。どちらに助け船を出そうかオロオロしていた私を、松葉はぐっと引き寄せる。


「八重さまはボクだけの八重さまなんだ! ずっとボクだけのご主人様だったのに……」
 尻すぼみになりながらも、強気にカワウソは鬼の方を睨みつける。
 ……あ、松葉の腕、前よりもたくましくなってる。
知らないうちに身長も高くなり、腕や脚も長く育っていたらしい。気が付かないでいたけど、彼はこんなにも大きくなっていたのだ。
そのことに頭が囚われていた私は、不意に松葉の腕から引きはがされる。振り返ると、そこには目を細めた東雲先輩が立っていた。


「八重。いくら主従の仲といえど距離が近すぎます」
 ……確かにそれもそうですね。
無言で肯定すると、彼は抱き上げていた私のことを地面にそっと下した。


「東雲! お前はこれでいいのかよ!」
 松葉がキリキリとした声で叫んだ。問われた妖狐は複雑そうな表情で呟く。


「……いいわけないでしょう」
 あれ? 東雲先輩もまだ反対派?


「ですが、八重が約束してしまったことです。僕の口を挟める余地がありません。……もしも可能であればここで消し炭にしてしまいたいほどに邪魔だとは思いますが」
 東雲先輩、東雲先輩、周囲の温度が上がってる!
母の目の前で炎でも出されたらどうしようかと思ったけど、辛うじてそれは防がれた。けれど、皮肉っぽいその笑顔が正直かなり怖い。


「くそっ」
 松葉が悪態をつく。
その態度に、私は思わず囁いた。


「……でも、松葉? 八手先輩が来れば、きっとあなたの仕事も楽になると思うわよ? 家はそのまま住んでもらって構わないし……、先輩にはマンションにでも入ってもらうから」
「……そういう問題じゃないよ」
 歯ぎしりをした松葉が、視線を落とす。


「……結局、八重さまは………………」
 そのまま黙り込んだ松葉は大股に歩き去っていく。困り顔の私が東雲先輩の方を見ると、彼は鼻を鳴らして言った。


「アレはしばらく放置しておけば大丈夫ですよ」
 そうかな……。そうだとは思えないんだけど。
不安に思いながらも立ち尽くしていると、母が歌うように言った。


「ケセラセラ、よ。八重ちゃん」
「ええー、それでいいのかなぁ」
 本来ならもっと松葉とはじっくり話して同意を得たかったんだけど。
あんなに嫌がってるのに、勝手に式を増やしてもいいのかな……、まあ、お試し期間だからあんまり問題が多発したら契約解消すればいいんだけど。


「割れ鍋に綴じ蓋っていうでしょ。八重ちゃんが蓋になればいいのよ。もしかしたら、案外上手くいくかもしれないじゃない。お母さんは、別に反対しないわよ」
 いや、その言葉は確かそんな意味じゃなかったはず。
本来の用語は、無理やり割れた鍋をそこらの蓋で閉じて使うわけじゃないと記憶していたんですが!
突っ込みどころがありながらも妙に説得力のあるセリフを言った母は、のんびりした笑顔を浮かべた。


「さあ、良かったらお茶でも飲んでいって。東雲君と八重ちゃんの仲はどれぐらい進展したのかしら?」
「……なっ」
 何を言ってるのよ、お母さん!
みるみるうちに顔が赤くなった私と、照れくさそうに笑った東雲先輩の様子を見て、母は面白そうな笑顔を浮かべたのだった。







コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品