悪役令嬢のままでいなさい!
☆249 相談者と一蹴する天狗
全ての事情を聞いた天狗は、開口一番私のことを一蹴してくれた。
頭が痛そうに、深々とため息をつき。瞼は閉じて、いや伏せながら馬鹿にするような瞳の色をしている。
そうして、一言。
「お前、学年次席のわりに馬鹿すぎねえ?」
「しょ、しょうがないじゃない!」
あんまりな感想にこちらが眉間にシワを寄せると、白波さんが私の代わりに怒りだした。
「なんて酷いことを云うんですか! 月之宮さんが馬鹿だったら、私はどうしたらいいんですか!」
「ああ、確かに白波の前では言いすぎたな。墓穴掘りの名人とでも云った方が良かったか」
もう一度、再度のため息交じりの言葉に、白波さんはホッとしたように笑う。いやあの、怒るんだったらむしろ今の言葉に怒った方がいいと思うんだよ? 小春さん。
「忘れたことにしてすっぽかしちゃうのはどう?」
「無理だろ。俺たちのようなアヤカシは、執着しているものに対しては妥協しねえんだ。一度や二度忘れられたところで、手段が変わってくるだけだっての」
希未の安易な言葉に、鳥羽は言う。
そこに浮かんだ渋面に、自分がどんだけマズい立場にいるかが実感を伴ってきて、私の口内はカラカラに乾いてきた。
2人は顔色のなくなってきた私を置いて会話を続ける。
「じゃあ、東雲先輩に伝えるとか」と希未。
「それはまだ早い」と鳥羽。
「なんで?」
「考えてもみろ、八手先輩と東雲先輩が真っ向からぶつかったら、どちらかが倒れるまで止まらない可能性があるぞ。折角退院してきたのに、またあの鬼を病院送りにするつもりかよ?」
「あー、それは確かに可哀想だよね。冤罪になったら哀れかも」
「まあ、八手先輩の行動に信用がおけるかというと、それはまた別問題なんだけどな」
鳥羽のセリフに思い返しても、八手先輩に人間界の常識というものが通用するか甚だ怪しかった。もしも強引な手段にでられたら、私ひとりでストッパーになるか自信がない。
「あの……、鳥羽君がついていくんじゃダメなのかな」
白波さんがおずおずと喋った。
彼女は、善意で自分の彼氏を人身御供に送り込もうとしている。
「後々のことを考えると、俺は関わりたくない話だぜ。むしろ相談されなかったことにしたいくらいだ。そもそも常識的に考えて、仮に栗村の意見が正しくて告白の場だとしてだ。同性ならともかく第三者の男の友人が付いてくるってのもどうなんだよ、気まずいことこの上ない」
げんなりとした具合に、人身御供にされそうになった鳥羽はこう返事をした。中性的な容貌が嫌そうに歪む。
その投げやりな態度に私は思わずムッとしてしまった。
だって、仮にも友人だというのにその言葉は辛辣すぎないだろうか。あちらは覚えていないとはいえ、散々な苦渋を鳥羽によって味わった仲だというのに!
もしもこの先、私が何らかの窮地に陥ったとしても、コイツは見なかったフリをして1人だけ傍観者をきどるんじゃないかと思ってしまう。
「それはそれは、悪うございました、だ」
私は皮肉たっぷりに拗ねた。
「あーあ、八重が拗ねちゃった」
希未がケラケラと笑いだす。今のやりとりのどこに笑う要素などあるというのか、理解に苦しむ態度だ。
「月之宮さん、私はどんなことがあっても月之宮さんの味方だよ!」
「ええ、それはもう嫌というほど身に染みているわ」
悪夢のような戦いの中で、白波さんの自己犠牲の顛末を覚えているこちらとしては、その一言の重さが全然違うのだ。事件が起こった際には有言実行しかねないことを知っているだけに、引きつった笑みが自然と頬に浮かんだ。
「そうだ、1人が怖いなら私と栗村さんが一緒に行ってあげる! いつもお世話になってばかりだし、こんな時じゃないと助けになれな……」
「はい、却下――」
嫌そうな顔を通り越した形相になった鳥羽が、がしっと私の腕を掴んでそう言った白波さんを勢いよく引きはがした。
「うわーん、なんで!?」
「白波、以前に八手先輩と話している途中で貧血でぶっ倒れたの覚えてねーだろ。よっぽどのことでない限り、俺はお前を戦地には連れていかねーよ」
「鳥羽君、私には何にもできないと思ってるんでしょう!?」
あからさまに目線を逸らした鳥羽に、白波さんがむうっと頬を膨らます。少し後ろめたそうな彼女は、無意識に目を逸らしながらも気丈に告げた。
「借りている力だけど、植物を育てるのは上手くなったんだよ! このままゆくゆくは育てた植物で戦うことだって――」
「何の野望を持ってるんだよ、おい」
いや、鳥羽。白波さんの目は本気だよ。真剣に植物の異能で魔法少女さながらに正義の為に戦うつもりなんだよ……。
引き気味の反応を示した白波さんの彼氏は、不意に心配そうな顔つきになる。
「……ん? お前、まさかまだ異能を使うことを諦めてなかったのか? 暴走してた頃よりは少しはコントロールできるようになってきたってことかよ……?」
鳥羽の発言に、私もハッとした。
「そうよ、確か異能を行使することには危険性も伴うんじゃなかったの? それなのに、隠れて練習するなんて……」
「そんなこと云ってましたっけ?」
私たちの心配にも関わらず、白波さんのキョトンとした表情に鳥羽が半眼になった。
「おー、まー、えー、は……っ どこまで大事なことをホイホイ忘れたら気が済むんだ……っ」
「いひゃい、いひゃいです! 鳥羽君!」
餅のようにぐにぐにと白波さんの柔らかいほっぺを引っ張ってお仕置きしている鳥羽に、希未が宥めにかかる。
「まあまあ、鳥羽。話を戻そうよ。八手先輩の問題はどうするのさ」
「そんなもん自分でどうにかしろ!」
「誰かアヤカシの1人に同行してもらうんじゃいけないの? カワウソとかを連れていくとかさー」
「あんな奴、カカシの方が役に立つぜ。鬼が相手だと瞬殺だろ。それに忘れているようだが瀬川はあれでも男だ。挑発的な性格といい、冷静な話し合いに向いているとは思えねえな」
「だって、女のアヤカシなんてこの学校には1人も――」
そこまで話したところで、鳥羽と希未は何かに気が付いた顔になった。
彼は、いい閃きを得た表情で指を鳴らす。
「1人、いるじゃねーか! 恋愛経験豊富で八手先輩を説得できそうな、この学校にいる女性のアヤカシがよお!!」
「え、まさか……」
私が嫌な予感に身を引く。それに対し、希未は満足そうな頷きを返した。
「いいじゃん! 福寿に協力してもらおうよ、八重!」
「そんな、危険な相手が2人に増えるだけじゃない! あの言動を忘れたの!?」
「相談できるだけでもしてみようよ、もしかしたら何か突破口が開けるかもしれないし」
ぐいぐい腕を引っ張られ、抵抗できぬままに私は保健室へと連れていかれることになったのだった。
白波さんも当然の顔をして付いてきたので、言い出しっぺの鳥羽も重い腰を上げて同行することになった。
こんな酷いことを思いつくなんて、いつか必ず祟ってやるぅ!
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