悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆238 喧嘩の継続





 希未とは、まだ仲直りをしていない。
眠気を堪えて登校して、クラスの中に入ると真っ先に話しかけてくる存在と喧嘩をしているというのは、それなりに感じるものがなくはない。
けれど、この件に関しては私から謝るというのは、正直どうかと思うのだ。


 いくら友情だの親愛だのがあるとはいえ、私さえ安全なら白波さんのことは見捨ててもいいという発想は、人間として生理的に許しがたい。
いや、私が生粋の人類であるかの問題ではなく、人としてどうかということだ。


 この際云わせてもらおう。希未は、前々から思っていたが性格がちょっと破天荒すぎるのだ。周囲に文句を言わせない魅力があることは分かってはいるけど、それに胡坐をかきすぎではないか?
私も私で、少し友人代表として甘やかしすぎたかもしれない。
問題のある行動をした時には、毅然とした態度で抗議する姿勢を見せないと……。
そんなことを考えて鞄から教科書を取り出していると、そこに今朝も可憐な白波さんがパタパタと近寄ってきた。


「月之宮さん、おはよう」
「おはようございます、白波さん」
 私が好々爺のように目を細めると、彼女はくるっと体を回転させて髪型を見せてきた。もはや定番となっているハーフアップに結い上げられたカラメル色のヘアーに、半月型の金属製の髪留めがついている。


「すごいでしょ、これ百均なんだよ!」
「まあ」
 てっきりもっとする物だと思った。
一見した限りでは千円以上の品に見える。


「今はお小遣いの節約期間だから、新しい髪飾りは百均で探したの! なんてったって、十二月はクリスマスがあるもの!」
「ああ、なるほど」
 健気な白波さんは、クリスマスのプレゼントを買う為に倹約に勤しむことに決めたらしい。そのことを聞いた私は、小声で彼女の耳に囁いた。


「鳥羽とデートでもする予定があるの?」
「……ううん、それはまだ……」
 あのヘタレ!
未だ誘いをかけられずにしょんぼりしてしまった白波さんを見て、私は心の中で天狗を罵る。その考えの内で、多少の疑問が沸き、彼女に訊ねてみた。


「あの、ね? 白波さん。水を差すようで悪いのだけど、あなたは……その、あの事件のことで鳥羽については何とも思っていないの?」
「ほえ?」
「だから、アイツが怖いとか、怒りとか……そういう負の感情は持っていないのかしら?」
 言葉にしている私の方がおかしいように映るかもしれないが、本当に不思議なのだ。いくら忘れっぽいのが特性だとしても、白波さんの心には本当に恨みつらみが積もらないものなのだろうか?


「持っていませんよ?」
「……なんで?」
「だって私、あの事についての怒りはもう殆ど覚えていないんです。月之宮さんは一昨日に見た夢をいつまでも覚えていられる?」
 にこりと笑った白波さんに、私は言葉を失う。


「ね、無理でしょう?」
 彼女にとっての非日常は、夢遊病の体験をしたようなものなのか。それとも、悪夢はさっさと忘れてしまいたいのか。
違う、これはそういった意味ではない。喉元過ぎれば熱さを忘れるというよりは、彼が犯した罪をひっくるめて許しとして受け入れようとしているのだろう。
慈悲の女神然としたそのセリフに、


「……あなたは、今の鳥羽を愛しているというの?」
私が途方に暮れた声を出すと、白波さんは美しく口角を上げてしずかに微笑んだ。
 朝の陽ざしに照らされて、その一瞬がやけにまばゆく感じた。こうした瞬間、瞬間を重ねて写真に残せればどんなに綺麗だろうと思うけど、きっとそういったものではこの瞬きの笑顔は表現しきれやしない。


 悔しい。
私だって、鳥羽に負けないぐらいに白波さんのことを大切に思ってる。
恋とかそういうのとは違うけど、友達として愛したいよ。
アンタになんか、あげたくないよ。……鳥羽。
視線を上げると、教室にちょうど彼が入ってくるところだった。黒髪のポニーテールを流して、使い捨てのマスクを着けている。


 少しだけ、身長が伸びた。
今までは同じ高さの目線だったけど、いつの間にかアイツの方が高くなっていた。
唇を噛んで、軽く睨みつけると相手はニヤリと笑う。
心地よい距離感。
近づいたり、離れたり、殺し合って、かけがえのないものを失って。その結果生まれた私と鳥羽の付かず離れずの関係は、この距離で落ち着いていた。


「鳥羽君、風邪でも引いた?」
「いや、別に……」
 大した理由はないのだろう。おもむろにマスクを外した鳥羽が、瞬きをして白波さんに笑いかけた。


「ところで、白波。お前、今日の英語の和訳で当たるだろ? ここに完璧な俺の予習ノートがありますが、どうなさいますか?」
 からかうようなニュアンスで言われて、白波さんがびくりと跳ねる。


「わ、忘れてたーっ!」
「3秒で写せ。ほら」
 むう。鳥羽のノートなんか借りなくても、いつでも私の訳を見せてあげるのに。複雑な思いを抱きながら和気あいあいとした2人の光景を眺めていると、教室の後ろの方からじっとりとした視線を感じて振り向いた。
 明るい茶髪のツインテール。丸顔のスカートの短い女子。前髪は短く切られ、恨めがましい眼差しと私の目がバッチリ合う。
こちらを見つめてくる希未の姿に、警戒心を剥きだしにして私がフン、と顔を逸らすと、その視線を断ち切るようにソッポを向く。
それを見た鳥羽が、もの言いたげな表情になるも深くため息をついた。







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