悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆214 文化祭 (7)







 色々な場所で時間を潰した後、ナイトステージが行われる校庭に向かった。屋台の片付けをした他の生徒などが集まっている中、機材の調整をしている鳥羽に遭遇する。


「……悪いけど、月之宮。白波を預かってくれ」
 昼間の彼女の護衛をずっと行ってくれていた鳥羽からそんなことを言われ、私はその頼みを快諾した。演劇の衣装から着替えた白波さんはまだ化粧が残っており、いつもの数割増しで可愛らしかった。


「頑張ってね、鳥羽君!」
 健気なことを言われた鳥羽は、視線を逸らしながら頷く。
その愛想のない姿勢に希未がニヤニヤからかった。


「あれえ? 折角彼女が応援してくれているのに、そんなドライな態度でいいわけ? もっとハグとかキスとか熱烈にしちゃってくれて構わないよ?」
「……そういう気分じゃねーんだよ」


「え!? 鳥羽ったらまさか今から枯れちゃってんの!? こんなに可愛い白波ちゃんにムラムラこないとか、腎虚にでもなっちゃってない!? 大丈夫?」
「こんな場所で腎虚とかでけー声で云ってんじゃねえし。お前は痴女か」
 ハッと失笑した鳥羽は、いつもよりも冷たい雰囲気だった。日頃の親しみやすさがどこかに消えて、人間を蔑むような眼差しで眺めていた。
何か彼の見た目に違和感がある。なんだろう……足りないものがあるような?
焦げ茶色の瞳から温かさを感じないことに、私は背筋が寒くなる。彼はこれからのライブで緊張しているからこのような振る舞いをしているのだろうか?


恋人の白波さんに対しても、観察するような目つきで鳥羽は薄笑いを浮かべていたように見えたのは……私の気のせいだろうか?


「やあ、鳥羽氏。今日はよろしく頼むよ」
と挨拶をしてきたのは、軽音楽部の三人組だった。


「お前ら、とちるんじゃねーぞ」
「大丈夫さ、これでも楽器には触りなれてるから。それに、先日君がいきなり変更してきた最後の曲は僕らは演奏しないだろ?」
「やれやれ、いきなり何を云いだすかと思ったんだナ」
「迷惑千万なのを君の意見を尊重してやった我々に感謝することだな!」


 彼らの喋っている内容に、東雲先輩が目を丸くする。
「まさか、この瀬戸際になって曲目を変更したんですか?」


「そうとも。鳥羽氏の意向でな!」
 ギター担当のもやしっ子男子が頷き、シンセサイザー担当のリーダー男子が苦笑する。


「どんな心境の変化か知らないが、昨日の晩にいきなり連絡が入ってきたのだ。慌てて新しく音源の用意をしなくちゃいけなくなって焦ったよ」
「なんでそんなことをしたの? 鳥羽」
 私が訝しく思って訊ねると、相手はなんとも煮え切らない態度だ。冷ややかな眼差しをこちらに向け、淡泊に言う。


「……これを最後にしようと思ったからだ」
「最後? 何を最後にするのよ、鳥羽?」
 私の質問に、天狗は答えない。無言で黙殺すると、「そろそろ行こうぜ」と軽音部のメンバーに声を掛けていなくなろうとする。


 希未が唇を尖らせて呟いた。
「よく分からないやっちゃな~……」


 白波さんも不安そうな顔をする。
「鳥羽君大丈夫でしょうか……」
「後は野となれ山となれとしか云えないよ。これで失敗したらマジで笑えるけどね」
 既にからかう気満々の希未が悪魔的な笑い方をした。


「東雲先輩は、ボーカロイドって知ってます?」
「……何の話ですか?」
 案の定というべきか、東雲先輩は地球人が宇宙語に直面した時のような反応を示した。








 ステージ用のライトを浴びて、さっぱり化粧を落として普通の制服に戻った那須先輩が登場する。アドリブでもう一人の実行委員と漫才をしながら、ナイトステージの開催を告げた。
この学校への寄付金で招待された有名な芸能人が檀上に現れると、みんなは顔を輝かせる。流石プロの歌手は見た目も洗練されているし、お笑いタレントも貫禄が違う。


 彼らを呼ぶ為に一体いくらかかったのか。そんな無粋なことを突っ込む者は誰もいない。この芸能人の前座を務めるのが慶水高校の生徒たちのパフォーマンスというわけだ。


最初の生徒はみんなでゴスペルを熱唱し、次の子は和太鼓を叩いた。三番目にようやく現れたのが、鳥羽と軽音部のボーカロイドバンドだ。
ステージに上がった黒髪ポニーテールの輪郭の整った中世的な美少年に、呼ばれたはずの芸能人が面食らった表情になる。会場はざわめき、マイクに向かって鳥羽は落ち着いた物腰で喋りだした。


「えー、俺たちは、この学校の二年生のバンドです。結成してからこの日まで、一生懸命練習してきました」
 希未が呟く。
固いって、鳥羽……。と。
白波さんは緊張して汗ばんだ手を祈るように組んでいるし、東雲先輩は冷静に事態を見物している。


「色々話したいこともありますが、時間もないのでこの歌と演奏で語りたいと思います。……聞いてください」
 挨拶が終わったのと同時に、ギターがかき鳴らされる。シンセサイザーには指が走り、ドラムと素早くセッションが始まった。ベースを抱えた鳥羽が、一心不乱に演奏をしながら歌いだす。その有名なボーカロイドの曲に、観客が喜びの悲鳴を上げた。
 一言で云うならカッコいい。
痺れるほどにクールな演奏だった。
鳥羽の真剣な横顔に、本命だったはずのプロの歌手が霞んで見える。美しいアヤカシの歌声に、会場の誰もが酔いしれた。


「すごい……」
 白波さんがため息をつく。
一曲目はあっという間に終わってしまう。二曲目に突入しても、誰も席を立たない。手拍子が自然と沸き起こり、本格的なライブに参加しているみたいだ。


「次の曲で最後になります」と、鳥羽が言った。熱狂している観客に、静かに語りかける。
「この曲は、急きょ俺が変更した曲目なので、ボーカルだけで歌いたいと思います……聴いてください」
 スピーカーから、前奏が流れ出す。
そのイントロを聴いて、これが何の曲なのかすぐに分かった。


「透明エレジー!」
 私が驚きを感じている中、鳥羽は息を吸い込んで熱く歌い始めた。その熱唱に、どこか自分の気持ちを投影しているように見えたのは錯覚なのだろうか。
どうして鳥羽はこの曲を選んだのだろう。


「あれ……」
 なんで私は泣いているの?
自分でも不可解な涙に当惑していると、東雲先輩が面白くなさそうに笑った。


「感動しましたか?」
「分からないわ、胸の奥が熱くて……」
 何故か、悲しくてたまらないの。すごく、すごく。
汗びっしょりで演奏を終えた鳥羽も、遠目に何かを悲しんでいたように見えた。切々とした歌声を聴いた私は、何かが忍び寄りつつあることを感じたのだった。






 鳥羽たちの演奏が終わって、奮い立った歌手による音楽が始まった時、
「月之宮さん、私、ステージの裏に行ってきます」と白波さんが笑顔で言った。
会場では生徒たちがダンスをしており、立食式につまめるものも用意されていて、この後には花火もある。


「私も一緒に行くわ」と返事をすると、東雲先輩が肩を竦めた。


「行くならコイツも連れていきなさい。2人だけでは男子から声を掛けられるかもしれないから」
 そう言った先輩が希未の背を押す。


「えー、私は虫除けですか」
 口では不満そうなことを言っても、希未は少し誇らしそうにしている。手に持っていたフライドチキンを大胆に噛み千切った。


「月之宮さんを借りていってもいいんですか?」
 白波さんの遠慮がちな言葉に、東雲先輩は呆れた顔になる。


「君は僕のことをなんだと思っているんです? 束縛魔だとでも?」
「……ええっと、そういうわけじゃ……」
 たじろいだ白波さんの手を、フライドチキンの骨を捨てた希未がとる。「そうと決まったら早くいこっ!」と勢いよく彼女らはタタッと走り出してしまった。


 置いてきぼりを喰らった私は、唖然としてその場に立ち尽くす。慌てて東雲先輩に一礼して後を追うと、人ごみをかき分けた。
ドリンクを持っていた男子にぶつかりそうになり、危なっかしくも走り出す。ステージの裏の方に向かって移動していると、キャロル先輩と踊っている那須先輩を見つけた。


「あれ? どうしたの?」
 そんな言葉を那須先輩から貰い、私は鳥羽に会いにいった白波さんを追いかけていることを話す。それを聞いたキャロル先輩が裏口の方を指さした。


「それなら、あっちから入れやがりますわよ」
「ありがとうございます!」
 面倒見のいいキャロル先輩にお礼を言うと、彼女は照れくさそうに笑う。那須先輩と密着して踊りながら、人ごみの中へと消えていった。


教えてもらった方向から立派なステージの裏手に回ると、何か口論をしているような音が聞こえた。誰が揉めているのだろう、そんな思いになりながらもこっそり覗くと、白波さんの肩を抱いた希未と冷酷な顔をした鳥羽が言い争いをしているところだった。


「なんてことを云うのよ!」
 希未の叫んだ声に、鳥羽は苛立ったように目を細める。


「……だから、俺はもう白波のお守りはウンザリだって云ったんだ。お前らと慣れあう気もないし、もう忍耐の限界だって云ってるんだよ。分かんねーのか」
「だって、鳥羽はあんなに白波ちゃんのことが好きだったのに……」


「もう好きじゃない」
 ドクン、ドクンと心臓が鳴っている。
息を潜めて自体の経緯を見守っていると、鳥羽の蔑みのこもった発言を聞いてしまった。


「大体、こんなバカ女と付き合っていたこと自体が間違いだったんだ。俺は今後一切人間のことなんか好きじゃないし、好きになるつもりもない」
「アンタ……自分が何を云ってるか分かってるの」


「何度でも云ってやるよ、俺は白波と別れたいってな。今までの俺はフラグメントの匂いに惹かれていただけで、コイツのことを好きだったわけじゃない……」
 そこまで言ったところで、鳥羽の頬が希未によって張り倒された。ビンタを喰らった鳥羽の視線が動くと、希未は烈火のように怒っているのが分かる。
「さいってー」
そう吐き捨てた。


 泣きそうになっている白波さんの目から、涙が零れ落ちる。私は違和感の正体に気が付いた。今の鳥羽の首には、お揃いで買ったパワーストーンのペンダントがかかっていないことに。
 ポケットからその石を取り出した鳥羽が、軽蔑するような眼差しで白波さんの足元にそれを投げ捨てた。ショックを受けた白波さんが慌てて拾おうとしゃがみ込むと、それを歯牙にもかけずにベースを持って立ち去ろうとする。


速足で歩く鳥羽と物陰にいた私がすれ違ったけれど、アイツは何も言わなかった。彼は人間を視界に入れる気もなかったのだ。
急いで私が白波さんのところに駆けよると、彼女は捨てられたペンダントを胸にかき抱いて泣いているところだった。


「月之宮さん……」
 泣き声で、彼女は不恰好に笑う。


「私、振られちゃいました……」
 たまらずに抱きしめると、白波さんはひっくひっくと泣きじゃくり始める。その日一晩中、花火が夜空から消えるまで、私と希未はずっと彼女の元にいた。
鳥羽は、しばらく経っても帰ってこなかった。
白波さんを捨てた彼は文化祭の終わった学校からも姿を消してしまったのだ。







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