悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆211 文化祭 (4)







 一通り屋内の展示を見終わった私たちが外に出ると、そこには生徒たちがやっている屋台がずらりと並んでいた。たこ焼き、クレープ、焼きそば……綿あめまである。
一学年の屋台を見つけたけれど、そこには松葉がいない。姿が見えないことに安堵したような寂しいような気持ちになっていると、


「……月之宮か」
 ビニールシートに座りながら、アクセサリーの露店めいたものを勝手に出している夕霧君を見つけた。柳原先生と遠野さんも一緒だ。


「お、東雲さんとデートでもしていたのかい?」
 先生の能天気な言葉に私は愛想笑いを返す。東雲先輩が素っ気なく言った。


「そっちもどうせそんなところじゃないのか」
「いや、そんな浮ついたことはしてないって。何故かオレがオカルト研究会の様子を見に来たら、何故か偶然遠野も一緒に付いてきただけだから」


「言い訳がましいことだな」


 あくまで高校教員の柳原先生からすると、そういうスタンスは崩せないらしい。アクセサリーを真剣に眺めている遠野さんが、ピンクのローズクオーツのついたストラップを手に取った。


「……陛下、私はこれがいい」
「まいどあり」
 夕霧君が丁寧に袋に包む。


よくよく見てみると、売れ行きは好調のようだ。私の作った出来損ないまで数が減っているのを発見してしまった。


「ねえ、なんでこんなにアクセサリーが売れているの?」と私が聞くと、
「知らん」と夕霧君はぼんやり言った。


 私の隣の東雲先輩までもが訝しい表情になる。
「確かに不思議ですね、生徒のハンドメイド品など売れ残ってもよさそうなものですが……」


 事情を知らない柳原先生が肩を竦めると、嬉しそうな遠野さんが口を開いた。
「……今、生徒の間で魔王陛下謹製の魔術がかかったお守りが売られていると密かに話題になっている。陛下の呪い……じゃなくておまじないのご利益を信じる馬鹿は一定数いるから」


「悪評が転じて千客万来になっているというわけか」
「ちなみに、噂の発生源はどうやら栗村さん」


「あの子はどんなステマをやってるんですか」
 突っ込みを入れた東雲先輩がやれやれとため息をつく。
私の脳内にセレブ気分で扇で仰がれながらふんぞり返る希未の姿が思い浮かび、微妙な心境となった。


「遠野さんや、今の理屈でいくと、そんな得体の知れないストラップなんかを買っていいのかね? お前さんも馬鹿の1人になってるじゃないか」


「……大丈夫。私と先生はこれでしっかりバッチリ呪いという名の祝福を受けた仲になった」
「なにその関係!? 嫌な言い方だな!」
 引き気味になっている先生に対し、ちゃっかり者の遠野さんはうっとりと黒く笑う。……これってできるだけ早くストラップが壊れた方が2人の為なのではないだろうか。
 彼女にとっての良縁が歪んでしまいそう。
 その時、私たちの他にもお客さんがやって来たので、私と東雲先輩は彼らと別れて後ろに下がった。争奪戦のように買われていくアクセサリーに、感心の吐息を洩らす。


「……意外に需要があるものなんですね」
「……まあ、八重の作った本物はオマケの方ですが」
 そう言いながら噴き出した東雲先輩を、私はじろりと睨む。
少しだけプライドが傷ついたので黙って歩き出すと、笑いを堪えていた妖狐は看板を持って客引きをしている三年生を見つけた。


「八重、あそこに……」
 視線を向けると、そこにいたのはフリフリのレースが沢山ついたメイド服のお姉さんたちだった。彼女らはここにいる生徒会長を見つけると黄色い悲鳴を上げた。
熱心に誘ってくるファンクラブの女子に、東雲先輩が寒気のするような笑顔を返す。


「あら、会長!」
「会長、あたしたちと一緒に……」


「ありがとう。でも、今は大事な子を連れていますから」
 淡々としたその返事だけでも、先輩の色気に三年生の女子の1人が悩殺されて倒れそうになる。……というか、なった。気絶した彼女に、辺りは騒がしくなる。
たまらなく悔しくなった私は、つい憎まれ口をきいてしまった。


「……先輩ってモテるんですね」
 知っていた事実だけど、こうして目の当りにするとイライラが募る。
隣で熱く焼けた栗のようになっていると、意外そうな東雲先輩が振り返った。


「どうしました? 八重」
「別に……」
 ただ、こんなに恋人希望者がいるのなら、無理をして私を口説かなくてもいいんじゃないかと思っただけ。素直じゃない陰陽師の私より、数多の女性と愉しんでいれば、そっちの方が彼にとって幸せなのではないかと……。
口にはできないそんなことを考えていると、東雲先輩が不意打ちで私の髪を撫ぜた。


「……まさか、ヤキモチですか?」
「な……っ」
 カーーーーッと一気に自分の顔が赤く染まった。それを見た妖狐がゆっくりと綻ぶ。お姉さん方から彼に押し付けられたチケットを指で挟むと、


「喫茶店の割引チケットを貰ったことですし、行ってみますか?」と何も気づかなかったフリをして言われた。
 悔しさと恥ずかしさの混在している私が無言で頷くと、先輩はニヤリと笑う。
「余談ですが、僕は八重以外の女性にはさして魅力を感じません。わざわざ相手をしたいとは思えませんね」
「……もういいです」


 これ以上何か言われたら、ここで燃え尽きてしまいそうだから。根を上げた私は、先輩の顔を見ないままに手を繋ぎ直した。







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